そ、そんな有名な人だったの?
「私はこのまま実家に帰って準備をしてくるわ。学園の講義もしばらくは出られないから、イオネにもよろしく言っておいてくれるかしら?」
「あれ? ボクは一緒にいかなくていいの?」
「ハウトはまだ王都にいるはずよ。しばらくはあの人に世話になるといいわ」
「あ、後衛部隊だっけ? どこにいるの?」
「プトレマイオスのアジトかしら? 見つからなかったらフラさんを探してみなさいな。すぐに見つかるわよ」
「先生を?」
「ええ。気づいているでしょうけど、フォーマルハウトはフラさんの一番上のお兄さんよ。プトレマイオスのアルタイル様ね」
ああ、なるほど。そりゃ似てるわけだ。
赤色でぼさっとした髪質も言われてみればそっくりで、会議でのしゃべり方とかも公爵家直属の軍隊さんと言うよりは冒険者っぽかったもんね。
にしても、フラ先生のことは“さん”付けなのに、そのお兄さんは呼び捨てなのね。まぁフォーマルハウトさんはラインハート家の会議っぽいのに出てくるほどだったし、何かしら繋がりがあるってことなのかな。
「しばらくお別れね」
「姫様もレティーシア殿も……人と争うべきではない。できればしばらくの後に、お会いしたくはないのですが……」
「あはは……ティオナさんとヴィンフリーデさんも。お気をつけて」
明るい雰囲気のティオナさんとは真逆に、ちょっと困った顔のヴィンフリーデさんが別れ際に暗く影を落とす。モンスターパレードの時とは違って、今度は相手が人。
相手がモンスターだからって命を狩ることに何も感じないなんてことは無いけど、それでも狩らなきゃいけない相手として日常的に相手をしているモンスターと人間とでは、係る責任やストレスが比較にならない程重い。
シルの場合なら彼女の一言で敵味方の何万と言う人が死に、ボクの場合だと自分の手で誰かを殺さないといけない業を背負うわけで……。あんまり自分でも考えたくないってのが本音だよね。
……う~ん。にしたって、この世界にはモンスターっていう人類共通の敵がいるのにもかかわらず、なんで人が人と争ってるんだろうね……。ボクはそれが不思議でしょうがないよ。
早朝も明け、日が昇ってきた。
この季節だと時間は朝の6時台だろうか。
少し肌寒い中、寮へ戻ることもないので一直線に先生の研究室へ向かった。相変わらず早朝でもお構いなく研究室には光がついていて、中から人の気配がいくつも感じられた。
がらがら
「おはようございまーす」
「ああ、おはようレティーシアちゃん」
何時もの様に兵科の研究室から入り、先生がいつもいる部屋へと足を運ぶ。
「あ、フラ先生ならまだ来てないよ?」
「え? 珍しいですね。今日って冒険者業の日でしたっけ?」
「いいや、今日は月曜だから本当なら先生もいるはずなんだけど……ほら。ロトの戦争とかいろいろあるから忙しいんじゃないかな? 確か先生のお兄さんも帰ってきてるって話だったし」
ボクはまだ正式にフラ先生の研究室に所属しているわけじゃないんだけど、知り合って半年。冒険者ギルドとのいざこざがあってから積極的に先輩たちとパーティ組んでクエストなんかをこなしてるうちに、ボクもすっかり研究室の先輩とは仲良くなれたと思う。こんな日常を続けてきていたから、ボクが特殊魔法課の講義以外で顔を出した時には、先輩達も大抵用事は把握してくれているようでありがたかった。
最初の頃にも感じてたけど、ここの研究室の先輩達って、贔屓目無しにしても気が利くしイケメンだし。かなり女子にもてるタイプの人が多いんだよね。
「あ~ハウトさんですよね。実は今日先生に会いに来たのも、ハウトさんの居場所……」
「はぁ!? フォーマルハウト様がご帰還してらっしゃるのか!?」
「ハウト様だって!?」
「……へ?」
突然研究室で訓練していた先輩達も手を止め、一斉に体がボクの方に向いた。
一様に全員が驚いた顔をしていることに、今度はボクが驚いてしまった。
「いや、俺が聞いてたお兄さんはフレディ様の方だよ!! そりゃもちろんフレディ様だって素晴らしい方なんだけど、まさかハウト様が国に帰ってくるなんてっ!!」
「お、おい……。もしかして先生んとこ行ったら会えんじゃねぇか?」
「おま……そりゃ……名案じゃね?」
突然先輩達に囲まれるような形になるけど、ボクのトラウマが出てくることはないようだ。おじさんじゃないからなのか、それともみんなの事を信用してるからなのか。自分でもほっとする……んだけど、今はそれどころの話じゃないんだった。
「あの……ハウトさんて、先輩は皆、知ってるの?」
「「「当たり前じゃないか!」」」
急に全員の目が輝きだした。
「冒険者としても貴族としても名高いヴィシュトンテイル公爵家を以って過去最強と謳われる伝説の英雄! それがフォーマルハウト様だよ!? 過去のモンパレや戦争での功績は数知れず、現状グルーネ国で唯一未開拓地域の開拓や交渉を任され! その任務がゆえにほとんどグルーネには戻ってこれず国外にいることの方が圧倒的に多いにもかかわらず、未だに武功の数々が人知れず伝わってくる!! 生きる英雄フォーマルハウト様だよ!?」
「賢王の一族で言や、そりゃ最近じゃシルヴィア様も相当な才女としてその地位を確立されていらっしゃるけど、武人としてならグルーネ最強を挙げたらあの人を知らない人はいない! と言うかグルーネ国内どころか、むしろ国外の方が名声が高いくらいの人だよ!? なんて言ったってロトがグルーネ侵攻を完全に諦めたのはあの人が居たからって噂もあるくらいだし!!」
「って言うかレティーシアちゃん、フォーマルハウト様を知らないの!?」
おおう……。
男子って本気で興奮すると息継ぎするのも忘れるのか、すごいまくし立てるようにしゃべるよね。ちなみに何を言われたのか1割も理解できなかったんだけど……。
「あ、いえ、今朝お会いしたので知ってはいるんですが……」
ダン!
ドシン……!!
ガン!!
突然身を乗り出して目を輝かせていた先輩たちが一斉に止まった。
時が止まったかのように体を硬直させたせいで、ダンベルを持ち上げていた先輩の手からダンベルが落ち、足をクッションに床に落ちた。
……めちゃくちゃ痛そうなのに、顔はボクを無表情で見つめたまま動かない。
な、なにこれ。
気持ち悪っ!




