山って大きいんだよ?
「っ!?」
瞬間。
自分の中から途轍もない力が放出され、光が天に上る。
まるで夜が明けたかのような光が辺りを照らしだし、突然の光にその場にいたボクとティオナさんが顔をしかめ手を掲げた。
まぁボクは既に手を掲げさせられてるから、顔をしかめるしかないんだけどね!
ルージュから咄嗟の助言が無ければこの程度じゃなかったことを考えると、桜魔法を使っちゃったときの事を思い出す。一気に魔力が抜けていく感覚。あれは原初の魔法ってやつで魔法構造を介しないせいでストッパーが外れていたのが原因だったのを考えると、これもある種のそういう抜け道と言うか、そういう類のバグを使った魔法構造なのかもしれない。
とは言え魔法構造を介した魔法であれば、制御の仕方もわかるんだから原初の魔法の時みたいに魔力を使い切るほどでもない。びっくりはしたけど、自分の意思かが介在してくれるのであればあの時みたいに魔法自体を恐れるほどでもないかな。
ううん……。それにしても眩しいな。この魔法。
掲げた掌の先からまるでかめ〇め破よろしく天に向かって降り注ぐ光。
かめは〇破みたいに真っすぐなレーザービームじゃなくて、炎の構造が含まれているせいか、光から炎が噴き出すように散っている。
隕石が空から落ちてきたときって、大気で燃えた隕石が炎を纏うように落ちてくるじゃない? それが空からじゃなくて、地上から空へ。真逆に昇っていくようなイメージが近いかもしれない。
まぁ空へ昇って行ってるのは、ボクが空へ向けてるからなだけなんだけど。
あぁ……ティオナさんごめんね。文句はこのお兄さんに……あ。もう拳が向かってるね。
えっ……? そこは避けるところじゃないでしょ……。
食らっとくのが男ってもんでしょ!?
ヴィンフリーデさんは……案外というか、すごく平気そうですね。ま、まぁこないだ一緒にいた時とかもね。ヴィンフリーデさん自身が結構ぴかぴか光ってたし、こういうの慣れっこなんでしょうか。
元凶のお兄さんは……当然のごとく、こうなる事を察していたようで。いつの間にやらどこかから取り出した目隠しで目を覆っている。っていうか目を覆っててティオナさんのパンチ避けるって何よ。
このお兄さんもこのお兄さんですごいんだけど、あれってティオナさんを煽るためにわざとやってるのかな? ティオナさんの拳が何度か空を切るけど、ほとんど避ける動作すらないのがまたすごい。
まぁ魔法構造を登録した段階で、どんな結果になるかなんて予測はついていたものの、皆寝静まっている時間帯なわけですよ。光炎系統魔法で音がほとんどない魔法だったのは、そういう時間を考えての配慮だったのか、それとも王城区からすごい光が飛ぶことがどんな騒動を呼ぶか計算されていないあたり、何も考えられていなかったのか……。
あれ。
むしろ後者の方が心配過ぎて何も考えてなかった説の方が強い気がする。
……大丈夫だよね?
ボクまた、怒られたり……しないよね?
慌てて魔法を止めておきます。
「ちょっと! ハウト! あんたなんてことさせてんのよ!! まだ目がチカチカするじゃないの!」
「……わりぃわりぃ。こりゃぁ……ちと俺も予想外……」
そんなことを言いながら目隠しを外すと、ちょっと苦笑いしてる顔を覗かせた。
「目隠ししてた俺もチカチカすんもん」
「……あんたねぇ……!!」
ボクと目が合うと二人で見つめ合ってしまう。
……なんのロマンスも生まれそうにはないけど。
がしっ
その一瞬の隙を突いたのか、青筋立てたティオナさんの手についに捕まってしまったようだ。頭蓋骨がミリミリ音してるように聞こえるけど、そこは聞こえないふりをするのが利口ってものでしょ?
「あ゙いでっ! おいフリスおまっ骨が! 潰れっ」
それにしても、ああいう魔法構造を組み立てると魔力制御が暴走して出力の調整が狂うのかな? ……うん。すごく気になる。
まぁまぁと宥めるヴィンフリーデさんを横目に現実から目をそらしてるのか、現実に目を向けてるのかよくわからない状況に混乱していると……
「ティオナ、そろそろ許してあげたら?」
というヴィンフリーデさんの声に驚いて、思わず顔を上げてしまった。
……え?
ヴィンフリーデさんの声が可愛い。
いつも軍人っぽいしゃべり方してて、規律がすべて! みたいな人なのに。
って言うか、ヴィンフリーデさん、ボクと今日会ってからしゃべるの初めてじゃない? いや、元々ヴィンフリーデさんの声は可愛い方だと思うけど、いつもしゃべるトーンが軍人っぽいってことは、どっちかって言うとかっこいいって言うか低いって言うか。そういう感じなんだけど……。
あれ、もしかして、こっちが地声なのかな?
ぷりぷり怒っているティオナさんがハウトと呼ばれた男の人の後頭部を放しながらも、冷めやらない怒りをヴィンフリーデさんが諫めている。それも、いつもみたいにキリッとした感じで対応するんじゃなくて、なんか女の子っぽい感じ。
なんか違和感しか感じないんだけど、う~ん。
緊張……してるのかな?
「あ~はいはい! もうわかったから。で? あんたはその憧れのハウト様にご挨拶はしないでいいわけ?」
ティオナさんがそう言いながら両手を上げると、ギロッと睨みつけるヴィンフリーデさんの顔がボクから一瞬見えた。もちろんハウトさん? からは真逆の位置になっていて見えないんだけど。
ヴィンフリーデさんが突然
くるっと振り向き片膝をついて敬礼の姿勢をとる。
「フォーマルハウト様。この度は遠征、お疲れさまでした。ご帰還喜ばしく……」
敬礼の姿勢で少し俯き加減の顔に、瞑る瞳。
こういうのが様になる辺り、やっぱりヴィンフリーデさんだよね。
「元気にしてたか?」
ヴィンフリーデさんの言葉を遮るようにお兄さんが声をかけると、ぱっと花が咲いたかのように明るくなった顔を上げた。
「はい!」
こんなヴィンフリーデさんを見るのは初めてだ。
緊張っていうか、やっぱり……
恋なの!?
恋なのね?!
「ああ、一応これでも師匠と弟子なのよ。ヴィンフリーデにそういう感情がないとは言わないけれど……この子、そういうのに疎いから。わかるでしょ?」
「あ、そうなんですか」
まぁヴィンフリーデさんとの付き合いはまだまだ短いけど、なんとなくわかる気はするよね。ちなみにそういうティオナさんは既婚者なんだから、まぁボクやヴィンフリーデさんよりは先を行ってるんだよ。
「ま、案外自覚するのは早いかもしれないけどね」
ヴィンフリーデさんが自覚したらどうなっちゃうんだろう?
すっごく楽しみでしょうがない気もするんだけど、そんなことよりとある主人の鬼畜少女にこんなことがバレたら一生ネタにされるんじゃないでしょうか?
し、心配の方が先にたつんですけど……。
「それと、どうやら俺の能力不足で上限までは測れていないらしいな。……もしかしてあれも試せるな……後は……」
一通り師匠と弟子の会話が終わったのか、くるっと話題が戻ってハウトさんがボクに興味を示す。こういう所でさっと引くあたり、ヴィンフリーデさんっぽくてちょっと笑ってしまった。
とは言え、ボクに話しかけているようではなく、ぶつぶつと小言を言いながら自分の世界に入っているらしい。
「で? 何がしたかったわけ? こんな真夜中にあんな極大魔法なんか撃たせて。もし騒ぎにでもなったら怒られるのは姫様なんですけど? わかってるのかしら?」
そんな自分の世界に閉じこもっているハウトさんに、遠慮しないティオナさんが耳を引っ張って現実の世界へ引き戻した。
「あ、ああ……大丈夫だよ。あんな現実味のない魔法、どこかで星が落ちたんだと思われるだけさ。それよりも、言った通りだろう?」
「何が?」
「あの魔力の、どこに体を作る必要があるのかって事」
「……」
星が落ちるって、それはそれで一大事だと思うんだけど……まぁ実際星が落ちるわけじゃないから、どこかが被害を受けるわけじゃないし……いいのかな……?
身体を作ることに関しては、最初に先生と話した通り、結局動けない魔法士と動ける魔法士なら、動けるほうがいいでしょ? って話になったんだよ。ボクもそう思うし、今もそれは変わらない。
「じゃあ君は、どうして魔法を動かさなかったんだい?」
「え? そりゃ、あんな魔法どこかにあたっちゃったら……。弁償とか賠償とか、お金とられちゃうし。怒られちゃうから……」
「そう。君の魔法っていうのはそういう次元の魔法なんだよ。俺やヴィンフリーデとは性質が違う。普通さっきの魔法の一つや二つ出鱈目に撃ったところで、城壁に焦げ目一つつくもんじゃねぇんだがな。なら、お前さんはお嬢の隣、戦列の一番後ろでお嬢と同じくらい重宝され護られるべき力。俺達全員が死んでも守るべき価値が君にはあるってこと」
「……はぁ」
でもそれって、大規模戦闘での話であって、フラ先生がボクを動ける魔法士にしようとしてるのには冒険者になりたいなっていうボクの希望をある程度汲んでくれているからでもあるんだよね。
そういう理由もあるならやっぱり、動ける方がいいよね?
「じゃあ、君は今の魔法構造をどう思った?」
よくわからない顔をしていたのか、納得していない顔をしていたのか。
理解していないのをハウトさんが理解してくれたようで、質問の仕方を変えてくれたようだ。
「え? っと……ん~……“なんで成立するんだろう?”ですかね?」
「君、魔法構造を構築できるんだろう?」
「え? あ、はい。まぁ……」
魔法構造を提示されて、読めるとこは見てたけど、構築できるところまでは話してないんだけど……なんでわかったんだろ。
「それなら、君が最初にすべきは魔法構造の熟知と応用であって、それが定着してから君のスタイルに合った体作りをしなきゃ。順番が違うよ。順番が、ね」
あ。なるほど。
ハウトさんの言いたいことがなんとなく、分かった気がする。




