ボクって実は、優柔不断だったり?
賢王が立て直す以前のグルーネは、今みたいに魔法国家として確立していたわけでも無ければ大きな産業があったわけでもない。どこにでもあったような小国で、主な産業は農業だけ。その頃軍事大国として領土を拡大していたロトから攻め入られて属国となるのは時間の問題だと思われていた。
単純にそうならなかったのはロトとフリージアの仲が元々悪く、ロトからしてみれば真後ろには未開拓地が広がっているのに右も左もなんて相手してられなかったってだけで、大した理由もない。
フリージアとの確執が薄れたりしようものなら、すぐさま滅びゆく道が見えてしまっている国の貴族が、保身を図り始めるのは自然な流れだったのかもしれない。南側は海、東には不毛の大地と軍事大国、北は未開の地に西には大きな山脈。未開拓地を切り拓く軍事力もなければ、珍しい産出物もない。結局のところ賢王が立て直す以前のグルーネはもう取返しの付かないところまできてしまっていたのだ。
今回シルが集めていた貴族は、グルーネの貴族ではあるものの、ロト側に寄っている貴族ってことをいいたいわけだ。賢王の一族とは対立する派閥だけど、今のグルーネには賢王の一族とか言うトンデモネイティブチート集団が有能すぎて、表向き対立なんかできようもないことなんて、ボクが隣で見ていて一番よくわかる。あの一族こそが本物のチート遺伝子なのよ。子孫が軒並み群を抜いて優秀って……ほんと、どんな遺伝子よ。
「でも、これがどうしてあの人達のダメージになるの?」
理解できたわけじゃなけど、この指輪がロトにとってなんか重要なもの? くらいには認識し得たわけだけど、これをボクが持っていたことがあの人達へのダメージになって、それがロトとフリージア・カルセオラリア間の戦争がグルーネとしても無視できなくなった今の状況で、どう有利に働くのか。その理由がわからない。
「簡単に言ってしまえばロトという国に認められた証……みたいなものだもの。それを個人として頂いちゃった貴女の事を、ロトに取り入ろうとしてきている方達が無視できるわけないじゃない。主に悪い意味で……ですけれど」
「で、でも……他に持っている人もいるんでしょ?」
「少なくともグルーネにはいないわよ。叔父様が持っているアレはグルーネという友好国に対してだもの。でもそれって国と国との間で成立している友誼であって、貴女の場合、個人に渡された物なのよ。意味が全く違うわ」
「意味……?」
「ええ。ですけど……ご本人から説明されていないのであれば、それを私が説明することでは無いのよね。……さ、学園に帰りましょ。午後も授業があるんだから」
「ええ?! ちょ、結局ボク何もわかってないんだけど!?」
朝、寮から来た時のように、身軽なままのシルが、ボクの意見なんかお構いなしに部屋の扉を開けて廊下を歩いていく。シルが自分で言うべきじゃないというからには、これ以上聞いても教えてはくれないのだろう。
転移するような急ぎでもないので、ボクもシルの隣を歩いた。
この時間に向かうとすればあそこかな?
「あっ! こんにちわ。シル様、レティちゃん」
「あら、イオネもこれから?」
最近は3人が集まる事ってそこまで多くなかったから、顔を上げた瞬間のイオネちゃんの笑みに思わず癒されてしまいます! なんかこうやって微笑んでくれる事ってすごく嬉しいよね。友達っていいなぁって思う瞬間。
流石に戦争ともなれば最近のシルは大忙しで、学業どころではない。とは言っても、流石に対人・対国家間である戦争の責任を16歳の女の子に任せる程、国も落ちぶれているわけでも無いわけで。忙しいといっても王都を離れるわけでも無いのなら、空いた時間にこうやって学園や講義に顔を出すくらいはできるわけだ。
さっきみたいにグルーネの中枢である貴族の全てがシルヴィア・エル・ラインハートという少女を認めているわけではない。そりゃおじさん達にだってプライドがあるのだ。今まで長年努力して培ってきた知識や経験を、まだ年端もゆかない超天才少女に追い抜かされれば、そりゃ頭では理解できたとしても心を納得させるには、どうしてもそれを納得させてくれるだけの理由が必要なのだ。まぁそもそも頭で理解するのにだって相応の理由が必要なのも、その通りなんだけど。
ボクがシルに協力するのは自分から進んでやっていることとは言え、モンスターパレードから色々と国を揺るがすような大事件が立て続けに起きているせいなのか、ボクとシルが2人で話をしていると、どうしても戦闘であったり戦争であったり、年頃の女の子がするような話からかけ離れてしまう。
でも、ここにイオネちゃんが入ってきてくれるだけで空気が一変するのだ。
もちろん、イオネちゃんには聞かれちゃいけないような話があるからって言う理由もあるんだろうけど、3人の時にあまり深刻な話をすることはなく、やっぱり学園の中の話に花が咲く。
「それで……レティちゃんは、その後どうなの?」
「……え? その後って?」
講義の近況とか、これぞ女子! って内容の話をしていると、突然話題が変わった。一瞬本当にわからなくて、ふとシルと顔を合わせると口角が上がっている。
「そういえばそうよね」とか言ってそうな顔をしながら眉を上げるのを見て、やっとボクも何を聞かれているのかを理解した。っていうか理解してしまった……。
「あ、いや……えっと……その……」
前回みたいに、あからさまに避けていたわけじゃないんだよ? だって色々と忙しかったのは本当だもん。でも、さっきまで隣にはいたんだよね。
それをシルに呼ばれた会議だからって、さっさと会議がお開きになった瞬間、シルに付いて部屋を出たのは、変に引き止められない為だったっていう本心があったのは確かなわけで。
「そうですか……」
何も進展がない事を悟ったイオネちゃんが、少し下を向いてしまう。
ボクと王子に進展が無くても、イオネちゃんが落ち込むことじゃないよね!?
「あ、うん……。でも、どうして?」
イオネちゃんからこの話題を振られるのは、割と珍しいんだよね。
「その……最近学園はこの話題で持ちきりなんですよ」
ええ~……
学園に通っているほぼ全生徒が貴族家の子供とは言え、グルーネが戦争時警戒が発令されているだけではほとんど日常と変わらない。って言うか、日常が変わっているのがボクの周りにいる数人だけで、他の生徒はお祭りこそ延期にはなってしまったものの、日常を暮らしているのだ。
「それで、最近シル様はもちろんですけど、レティちゃんも忙しそうにしてるから、よく皆に聞かれるんですよ。私、よく2人といるから何か知ってるんじゃないか? って」
「え!? そうなの!? それはなんていうか……ごめんね?」
「う、ううん……それはいいの。でも、その……聞いておいてって、言われてて……ね……?」
そう言いながらイオネちゃんの視線がちらっと周りに移る。
それに気づいて周りを見渡すと……
うへ……。
皆の視線がこっちを向いている事に初めて気が付いた。
慌てて視線を戻すと、イオネちゃんが作り笑いと目が合った。
どうやら色々と余計な苦労を掛けてしまっていたらしい。
「って言われても、本当に何も進展がないんだよ!?」
「さっきまで一緒でしたけどね」
「そうなんだ!」
「ちょっとシル!?」
シルがわざとらしく大きな声で喋るものだから、聞き耳を立てている他の生徒に聞こえたらしい。期待の視線と冷ややかな視線がごっちゃになってボクを睨みつけてくる。
何も無かったら無かったでこの状況って、ボクはどうすればいいのさ!!




