すんなり帰れるだなんて、思ってなかったけどね・・・。
ガチンッ!
金属の鈍く高い音が横から吹き荒れる風を引き連れて、目の前をよぎった。目の前を覆っていた赤く鋭い目が黄色い物体に連れ去られると、ボクのまつ毛が風に揺れる。
それがシトラスだと理解する頃には、2人の姿は闇の向こう側へ消えていき、代わりに開いたボクの視界の中には……
ボトッ
静まり返る空気と、一つだけ力なく倒れる体。
視界の右端に映っていた体が突然、硬直し後ろに転げたのだ。
何が起きたのかと混乱する全員の視界が一斉に、一点へと注がれた。
「ひぃっ!?」
隣のお兄さんが、悲鳴をあげて全員の時間が動き出す。
頭が無い。
首から上が破裂したかのように無くなっているその体は、そこにあったであろう首元から少量の血が垂れ流れている。
首から上がないから、顔で個人を認識することができないけど……あそこにいて、あの装備をつけていたのは……やっぱり一番若いあのお兄さんだった。
……明らかな強制イベント。
あれはフラグじゃなくて、台詞だ。
グリエンタールが改変するシナリオは、敵にどこかから見つかった瞬間……彼の命を代価に書き換えられたのだろう。
そうでもなければ、彼女がボク達に声を掛ける理由などなかったのだから……。
空を見上げると、黒髪と白髪を綺麗に靡かせながら大きな得物を振り回す影と、黄色いシトラスの影とが鈍い音をまき散らしながら交わって離れる。いつの間にか出てきていたルージュとシエルが、ボクの後ろを警戒しながら、シトラスの戦闘の行方を見守っていた。
助けに入らないのではない。
助けに入れないのだ。
拮抗している戦闘中に、途中から足並みを合わせてそのどちらかを援助するという行為は、結果がどちらに傾くかがわからない。ルージュ達ならできそうなことでも、結局のところ見守って一息つける段階を見計らったほうが確実。さらに相手が一人とも限らないこの状況で、ルージュ達がボクのそばを離れられないのは想像に難しくはないだろう。
突然現れた得体のしれない人物にパニックを起こしそうになっているお兄さんたちも、どうにか自制できているのか。その場から無暗に逃げようとはしなかった。
顔は明らかに恐怖に歪んではいるものの、叫ぶことはない。
正直ボクだってお兄さんたちと大して変わらないんだけどね。
グリエンタールの咄嗟の改変と、シトラスの護衛が間に合わなければ最低でも重症は免れなかっただろうし、明らかに敵である相手の強襲で、しかもこんな場所で重症を負ったともなれば、最悪このまま死んでしまってもおかしくないわけだし。
お兄さんたちはこの3日間、どれだけあのモンスター達に怖い思いをさせられてきたのだろうか。
今この場に集まっているのが8人……一人死んじゃったけど……と言う数は、スパイとして潜入する数としたらちょっと多いのかもしれない。それでも戦争している最中なのとか、ハルト将軍の言っていたことを思い出せばもっとたくさんの人がいたはずなんだよね。
その仲間は、仲間たちは……死んだのだ。
自分達の目の前で。
仲間を犠牲にして、やっと逃げれたと安心した瞬間に、突然の強襲。
心が折れたっておかしくないはずなのに。
お互いかすり傷程度で凌ぎ合い、2つの交わりあっていた線が一定の距離を空けたところで戦闘音が止んだ。自分の体くらいもありそうな大きな鎌を軽々と右腕に絡めて持ちながら、自分の手足のように簡単に扱って見せる白と黒の影。シトラスが無手で体を離すことなく戦っていたのに、あんな長物で凌ぎ切れること自体が信じられない話なんだけど。
楽しそうに、嬉しそうに、ゆっくりと恐怖を煽るように顔全体を歪めながら笑う。
「あはっ。思っていたよりも楽しいじゃなぁい」
歪んだ口角が、人とは思えないほど吊り上がる。
美人が台無しだ。
ガチン!!
「!?」
そんなことを考えていると、突然視界の中の景色が変わった。
少し離れた場所にいたはずの不気味な女の子が、気づけばいつの間にか目の前にて、また見開いた赤い瞳がボクの視界を覆った。
鎌を掴む太くなったシトラスの手と、胸を貫くルージュの腕。
そして、何事も無いかのように平然としている女の子。
うん。これはまずい。
ボクの動体視力じゃ、全く見えない。
ふらり、と。
一瞬姿が歪んだかと思うと、暗闇の向こう側にまた彼女の姿が現れる。
胸に空いていたはずの穴は何事も無かったかのように綺麗で、衣服にすら皴の一つもない。
ルージュ達の視線が何の感情も無く、そちらを振り向いて捉える。
モンスターというにはあまりに人間的で、さっきまでボク達を追ってきていた人型のモンスターは、人の形はしていても、意思の疎通はおろか、生気を感じられるような生き物でもなかったのに。
この女の子は表情が人よりも豊かで、子供と呼ぶほどではないにせよ戦場に出てくるには若すぎる。ボクが言うのもなんだけど、ボクと同じくらいの歳で戦場に立っている女の子なんて見たことない。
まともに彼女と戦闘ができるのは、この場でルージュ達3人だけ。
ボクとお兄さんたちは戦闘にすら参加できないどころか、ルージュ達からしてしまえばボクが殺されてしまってもゲームオーバーなわけだ。
いくら次元魔法で物理的な障害から身を護ることができるとは言え、相手がどんな魔法やスキルを使ってくるのかすらわからないのだ。ボクが自分を次元牢獄で囲ってしまえば、逆に逃げ場を失うことにもなりかねない。
かといって、このまま危険を晒してまでこの場に居続ければ、ルージュ達の身も危ういことになってしまいかねないのだ。
折角モンスターだらけの首都をようやくの思いで脱出したお兄さんたちもボクと同じ思いなのだろう。今は頭を混乱させている場合でも、交戦する場合でも、心を一つにして立ち向かう場合でもない。
ただボク達は
生きてこの場を逃がれる方法だけを考えるしかないのだから。




