出会い。
「みぃつけたぁ……」
誰もいないはずの林の暗がりの向こうから女の子の声が突然聞こえる。
わざわざボク達に存在を教える様に聞かせた暗い声に全員が硬直し、恐る恐る視線だけが暗がりを向いていく。
ここにいるのは、ボクとお兄さん達8人に、シトラスの10人だけ。
街にいた人はモンスターになってしまっていたはずだし、街から命からがら逃げ延びてきていた生存者だとしても、モンスター化の異変が起きたのは3日も前の話だ。こんな所にまだ残っている理由もないし、それならグリエンタールさんが先に見つけているはずなのに。
そう。ボクはここへ来るまでにグリエンタールでマップスキルを開いて確認しながら逃げて来たんだよ……? 休憩するにせよ相談するにせよ、追ってくるモンスターを撒いて、尚且つモンスターがいないことを確認しながら逃げてきたんだから……。
まるで闇の中から突然聞こえたかのような声だったのにも関わらず、全員が同じ方向を向いていることで幻聴じゃなかったことを教えてくれている。最初からそこにずっといたかのような。暗闇の中からボク達以外の気配を確かに感じさせている。
きっと皆、思考を巡らせた末にでた結論が一緒だったのだろう。お兄さん達の視線が一斉に声が聞こえた方向とは逆の位置にいるシトラスの方へ向くが、それを見た全員が慌てて首を逆方向に変えて目を凝らした。どう考えても聞こえた声はシトラスのそれとは全然違うし、何より聞こえてきた方向がシトラスのいる位置とは間逆の暗闇からなのだ。当然わかりきっていただろう希望は、シトラスの臨戦態勢で儚くも現実へとたたき起こされたわけだ。
自分達があまりに無防備だったことに慌て構えようとするが、何せお兄さん達にはもう戦う術が残されておらず、結局のところ全員が同じ方向に身体を向ける形となって落ち着いた。落ち着いたというか、緊張で硬直したって言うのが正しいんだろうけど。
何も見えない真っ暗闇。
殺気のようなものは感じない。
……でも、友好的な雰囲気というわけでもなさそうだ。
張り詰める空気感の中、ボクの頭の中は怒りでいっぱいになっていた。
いやさ、あのね?
なんて言うのかね?
いくらフラグが立ったんだとは言え、例えば
「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」
みたいな死亡フラグだって、言った瞬間に死んだりとかしないんだよ?
大抵、その後戦争に行ってから帰らぬ人になってしまうっていう死亡フラグであって……。
「俺、この戦争が終わったらけっこ……ぐはぁ!」
なんてなってるとこ見たことないから!!
……見たことないから!!
なんでこんな辺境の地で立ったフラグが即回収されるんですかねぇ?
おかしいでしょ!?
しかも、今回のフラグはどう考えても特大イベントだ。
グリエンタールがマップに表示できない。
ルージュ達が先に相手を感知できない。
むしろシトラスの臨戦態勢は、暗にボクへの逃走を促してるわけで。
もちろん、グリエンタールのこれまでの性質を考えると、起きた事象をあえて演出としてフラグに仕立て上げてくれているのかもしれないけどさ。
何が一番問題なのかって……
ゲームであって問題ないフラグでも、現実じゃ絶対に起きちゃいけないフラグが一つだけあるんだよね……。
うん。強制敗北イベントだ。
「誰?」
誰も声を出せずに見つめていてもしょうがない。
尋ねてみる。
聞いても答えてくれるかなぁ?
くれないよなぁ……。
「こ~んにちわっ」
登場の仕方がさっきのシトラスと一緒。
闇夜からひょこっとでてきた影が月明かりに照らされて浮かび上がる。
銀髪と黒髪が左右に分かれ、前髪に青と赤のラインが特徴的な珍しい髪型。
染めてるんじゃ……無いよね?
綺麗に頭の真ん中から、艶めいた黒と白の髪の毛が左右に流れている。
綺麗なストレートの髪で、左を流れる黒髪はそのまま流して、右の白髪はアップにしてまとめて耳の上で纏めている。綺麗で高級そうな髪飾りが彩を添えていて、ただでさえ綺麗な髪の毛をキラキラと演出していた。
見た目はボクと同じくらいの女の子。
光るような赤い大きな目がくっきりとしていて綺麗な顔立ちをしているし、肌が青白いあたりさっきまで追いかけてきていたモンスターを彷彿させるような出で立ちをしている。ここでこんな登場の仕方をしておいて、さっきまでのモンスターと分けて考えるのは無理と言うものだろう。
ただ、可愛い……と言ってしまうと少し語弊があるかもしれないけど、装備が綺麗で女の子らしい。朱色で、見たこともないブレザーのような皮の防具。
普段着にも見えなくもないけど、さすがにあれを普段着にするにはちょっと……ごわごわしてて動きづらそうだから防具なんだよね? たぶん。
単なる服だとしても可愛いかも。ちょっと……というか、かなり前世寄りのデザインで、下半身は防御とか度外視してるショートパンツに太ももまである朱色のブーツ。
絶対領域が出ているあたりも……ね。
なんか賢王デザインのファッションスタイルを彷彿させるような。グルーネに旅行にでもきたことがあるのかもしれない。こっちの世界には見られないような防具類を着用しているのが目に飛び込んでくる。
ボクとシトラスの真向かいからその女の子が出てきて、その間にお兄さん達が円陣を組むように座っているから、お兄さんの視線がこっちに一瞬また戻ってくるのが否応にもわかってしまう。
「あなたは、誰?」
もう一度尋ねてみるも、当たり前のように返事はない。
「あら? 貴女って……人間?」
……お前もかよ!
同族にしないでよ!!
「ふ~~ん……」
何も答えてくれない相手を、わざわざボクだけが相手するのも馬鹿馬鹿しい。
睨み返してあげるけど、軽く受け流されてしまった。
友好的な雰囲気など欠片も無い。まぁ、気配消してスパイやってるボク達の前に出てくる時点で味方なわけないんだけど。
「きゃはっ……まっ、いいわ! もしかしなくても貴方達って、ロトの人達でしょ? せぇ~っかく今日まで色々準備して、あいつらにバレないように隠してきたのにぃ~……こぉんな簡単にこの国の状況を外に持ち出されてもぉ……、それはそれであまりよろしくはないのよねぇ」
話し方のわざとらしさに、なんとなく懐かしさを感じるのはデジャブの一種だろうか? そう話す女の子の肩に、女の子の大きさには不釣合いで無骨な大きな鎌が現れた。
いつの間にか。あまりにも自然に。軽々しく。
風景と同化しているのではないかのように、そこにあることすらも疑うように現れる大きな鎌。刃先が肩から伸び、地面手前までもある。
「だからぁ~」
女の子が狂気のような顔でにやっと笑うと
パンッ!
という軽い破裂音と共に、ボクの右半身に
びちゃ。
と水が飛ぶような音と共に何かが飛んできた。
「うっ!」
というお兄さんの声がどこかから聞こえ、視界から女の子が消える。
咄嗟に設置盾を張るも間に合わなかったのか。
ボクの目の前で
狂気じみて赤く染まった顔と目が合った。




