怖い物は怖いんだよ?
そりゃね?
こういう登場の仕方を選択した時点で、ある程度敵意を向けられることくらいは覚悟してたはしてたんだよ?
だって、敵しかいないどころか、割と戦闘にすらならないような力量差のモンスターがうじゃうじゃいるような街で、逃げだそうだなんて時に、見ず知らずのボクが「助けにきましたよー!」なんて出て行ったところで信用されるわけないじゃん? この人達の任務として、その瞬間に全員がバラバラになって逃げようとする可能性は割と高いわけで、そうなってしまったら守れるものも守れないのだ。
だから、話し合いの場を作って信用して貰いたかっただけだったんだけど。
話さえできれば、ボクにはハルトさんに貰った命令書があるんだから敵対心くらいは解いてくれるわけだし。
だけどね? あ、いや、うん。それにもちろんモンスターの群れがまたすぐに向かってきてもいるんだけどね……。
そんな事より、この人達がボクを攻撃しようとしたせいでシトラスが暴走しそうなんだよね……。お願いだから待ってねシトラス。救助対象を殺しちゃったら意味無いんだからね?
「死んでいたことにすればいいの」
わぁ。すごい事を言い出したよこの子。
確かにどうせこのあとロトへ戻るわけでもないんだから、報酬としてお金とか貰えるわけじゃないし、このクエストが失敗した所でボク個人が受ける不利益はなんらないと言ってしまっても過言じゃないのは確か。むしろ無償でここまで来て見て、ここで感じる危険度を考えれば、こんな依頼ボクが受ける範疇を超えてるし。ここまできたらこの人たちから情報だけ引き出してボクは今すぐ逃げ出しちゃうくらいが正解なんじゃないかとか思ってはいるけどね?
ただ、ロトがここで入手できる情報が無くなってしまい、結果戦争に負けるだなんてことが起きてしまえば、次にグルーネへ侵攻してくるであろうことなんて容易に想像できちゃうわけで。
このままこの人達を放っておいたら、国外に逃げる前に全滅しちゃうだろう。まともな装備も、もう手元にはなく、スピードもモンスターの方が早くて、さらには国外まで距離が結構あるどころか上り坂。
“追われている”というものは、ものすごく体力を使うのだ。
ボクが一晩のうちに走破できたとは言え、満身創痍のこの人たちが自分より早いモンスターの、それも一匹や二匹じゃない様な相手から逃げられるような道のりではない。
考えるまでもなく、救助する事ができればロトにだって恩を売る事もできるし、この情報のあるなしでロトが戦争に対して少しでも有利になってくれる事は、グルーネに対しても利益になる話なのだから。
「ま、まぁ……ボクだってモンスター扱いされて、ちょっと死んでもいいんじゃない? とか思っちゃったりもしたけどね? ほら。情報だけでも聞いてからにしよ?」
「……了解なの」
……はっ! 死んでもいいじゃなかった!
ちゃ、ちゃんと命も助けてあげないとね。
ボクのこと、モンスターの親玉だとか口走ってるやつもいるけど。
しばくぞこら。
「……あんねぇ。ハルト将軍からの依頼なんだけど」
捕まっているのであろう今の状況に、精一杯の抵抗をしようと警戒の態勢を解かない8人にそう告げると、全員が警戒の顔を更に歪め、訝しげな表情に変わった。
表情が変わると言う事自体が、この人達がロトの潜入工作員であるって事で間違いはなさそうなんだけどね。
「ねぇ聞いてる? ねぇってば」
「あ……」
「ま、待て!」
警戒を解こうとした1人の肩を、後ろにいた同僚が掴んで止める。
どうやらまだボクの事を疑っているらしい。
「ほら、爪見てよ爪」
「……」
「赤く無いでしょ!?」
「……」
まぁ、そりゃ敵対する相手の爪が全員赤くて長いってわかってるわけじゃないもんね。これだけじゃ証明にならないけど、襲い掛かってきそうなのに次元牢獄を解くわけにもいかない。
「じゃ、シトラス」
「はいなの」
そういって暗がりからボール大の丸いモノがボクと集団の間に投げつけられた。
ごろごろと転がって次元牢獄にぶつかり、何かに阻まれた丸いモノが跳ね返る。
「ひっ……」
目の前にいた一人が思わず悲鳴を口にした。
さっきまでこの人達を追っていたモンスターの首。
人間のそれと殆ど変わらないものが、真っ赤な血を撒き散らしながらボールの様に足元に転がってくれば、そりゃ怖いでしょ。
ボクだって転がすのを知ってたのに怖いんだからな!!
青白い肌に付着する血液の赤がすごく強調されて恐怖を更に煽ってくる。
少し開いた口からは牙のようなものが覗えた。……なんとなく気付いてはいたけど、吸血鬼? ヴァンパイアと呼ばれるモンスター種だろうか。
もちろんモンスターのお勉強だって少しくらいはしていて、ヴァンパイアみたいな種族がこの世界にもいることは把握しているんだよ?
確かにヴァンパイアは敵を襲って自分の手駒にすることも出来るんだけど……。
それにしたって一つの国全土を覆うまでの人間を一気に支配できるような能力じゃなかったはずだし、増えるにしたってここまで馬鹿げた繁殖力なんか無いはずなんだよね。
むしろヴァンパイアっていうのは決まって繁殖力がとても低かったはず。
ここまでの能力や繁殖力があったのなら、とっくの昔に人類なんか絶滅してるよ。
まぁ人類が絶滅したらヴァンパイアの方もメインの餌が無くなって衰退する道しかなくなるだろうから、絶滅まではさせないだろうけどさ……。
もしそんなことになったら、人類は家畜ってことになるのかな?
こわっ。
ボクが一般冒険者になる為にお勉強した教本では、ヴァンパイアって言うモンスター種はそこまで脅威指数が高い種族に分類されていなかったんだよね。
もちろんヴァンパイアにも下級種から上級種まで進化種が確認されてはいるんだけど、確か最高で確認されている危険度は“S”程度だったはず。
Sランクのモンスターをその程度扱いするっていうのも、なんだか先生に毒されているようで自分の感覚に絶望を抑えきれないんだけど、大体シュヴァルツ・クラウンウルフと同等の脅威度って事。
しかもヴァンパイアには知能が認められていて、その脅威指数も含まれた危険度がSなのであれば、身体的な強さで言えばシュヴァルツ・クラウンウルフよりも下って事になるし、知能が認められるモンスターだと、一定環境のコミュニティの形成や連携してくる脅威も含まれたりもする。
ちなみにシュヴァルツ・クラウンウルフには、もっと上位の個体が確認されていることから、ヴァンパイアって上位ウルフ種よりも格下って位置づけなんだよね。
もちろん現在確認されているって言う範囲の話だから、未開拓地の更に奥地にはもっと強力なヴァンパイアの上位種がいたとしてもおかしくはないんだけど。
それでもヴァンパイアが自分の手駒を増やすのには、かなり厳しい制約が必要で、短時間でこんな大規模な能力を使えるなんてとても信じられるような話じゃない。
まぁ、現実が目の間に広がっているんだから、ただ信じたくないだけなのかもしれないけどね。でも、このタイミングでこの状況でしょ? 明らかに作為的なんだから、その信じたくない上位種がいるって事を受け止めなければ、待ち受けるのはきっと……。
「話を……聞こう」
なんて。
変な事を考えていた沈黙をどう捉えたのか、集団の真ん中から、1人の男性が前へ出てきた。
他の全員が何の反論もしないことから、この集団の中では一番位の高い人なのかなっていうところが覗える。
「逃がしてあげる。ただし、情報は包み隠さずここで全て貰う。そういう契約をしている。将軍と。はいこれ確認してね」
分かりやすく端的に。
一応信用してもらえるようにと、ハルト将軍に書いてもらった印の入った書面を目の前に翳すと、どうやら少しは信用してくれたらしい。皆の警戒が緩んでいくのが判る。
「確認してもいいか?」
「もちろん」
次元牢獄の一面だけ消して投げ飛ばし、すぐに張りなおした。
気配も何もないのだから、誰にも気付かれなかったようだ。
警戒心はある程度解いてはくれたものの、それがこの集団の総意であるとは限らないわけで、とりあえず警戒しておくに越したことはないからね。
とは言え、何かしてこようものならシトラスかルージュが出てきちゃうだろうけど。
今まで出口の見えなかった壁をすり抜けてくる書簡。向こうからしたら、ボクだけが自在に見えない壁を抜けられるように見えていることだろう。まぁその通りなんだけど、ここではこの見えない壁がボクのコントロール下にある事が伝わればそれでいいのだ。
「……」
交渉にでてきた男性が書簡を確認すると、押してあった印が赤い光を放つ。
この世界では印に魔力を込めたりする事で証明を取る事ができるんだよね。
便利でしょ?
どうやら本物だと確認できたらしい男性が顔を上げると、視線が、ちらっと転がってる頭に向いて戻ってきた。ボクにそれができるだけの戦闘能力がある事は信用してもらえたのかな?
「確認した。情報はこの場を凌げたらでいいか? ただ……」
「ただ?」
「ここ数ヶ月の調査内容ならまだしも、ハルト様の命令書にある『ここ数日の変化について』は、申し訳ないが、そこまで有益と呼べるような情報がな……我々も集められているとは言い難いんだ」
リーダーの男性がそんな事を口走ると、他の仲間達が一斉に顔を向けた。
折角助かるかもしれないチャンスで、こちらに交渉材料が無いと口にしてしまえば、もしかしたら助けてもらえなくなるかもしれないのだ。皆びっくりしているのも当たり前だよね。
「へぇ。素直なんだね」
そもそも、ボクとしては欲しい情報が出てくるならルージュ達にもう一度調べてきてもらった方が、遥かに精度のいい情報が手に入るだろうから、そこまで期待もしてないんだよね。何か“当たり”があればしてやったり程度で。
「後で情報を開示した後にお前等に始末されたんじゃ、我々が任務を果たせなくなる」
どうやらこのリーダーのお兄さんが警戒しているのは……ボクというよりもシトラスの方らしい。ボクの後方で、闇夜に少し紛れる様に存在しているシトラスを視線からはずそうともしないあたり、どうやらこの人がこの集団の中では頭一つ抜けて戦闘力もあるみたい。
シトラスが見た目とは隔絶した強さがあることを感じ取れているようだし、シトラスのまだ僅かに漏れ出ている敵意にも気づいているのだろう。
ボクなんかよりシトラスの方が遥かに強いからね。
もちろん身体的な強さだけで比べれば、だけれど。
「ま、いいよ。それでも」
元々そこまで大した情報がでてくるなんて、期待してないわけだし。
「すまない。助かる」




