交わっても朱に染まらないでね?
「うぷっ……」
おえっ。
あまりの臭いの酷さに、喉をすっぱいものがこみ上げて来る。
脳裏によぎる旧モノブーロ村跡地。
うぅ……まさかこんな所で吐くわけにもいかない……。
誰かがやってた秘技『一点見つめ!』で乗り切るんだよっ!
ふ~~ふ~~ふ~~すぅ……。
効果・吐き気が治まるまで頑張れる。気がする。
欠点・動けない。視界も動かせない。本当に辛いと結局どうにもならない。
もうなんか最近急激な運動で吐きすぎちゃってて、吐き癖でもついちゃったんじゃないかってくらい、簡単にこみ上げてきちゃうようになってきたんですけど……。普通の生活をしてた15年の間でこんな事なかったのに。
「主様……」
フリージアの村や街をいくつも抜け、ルージュの先導の元カルセオラリアへ一直線に。道中、申し訳程度にしか明かりがの灯っていない街を探索するたびに、人のコミュニティとして形成された街であるにも関わらず、明らかにその建物の数と住んでいるモンスターの比率がおかしいのを何度も確認しながら街を抜けていく。
事前に得ている情報やグリエンタールの表示を信じてはいるものの、人にしか見えないモンスターたちの表情はどこの街でも皆暗く、そのほとんどが一つの家に集まっていた。
国境と呼べるような目印は一切見当たらないフリージアとカルセオラリアを、然程特別感も感じないまま通り抜けしばらく走ると、嗅いだ記憶のある匂いが流れてき始めた。
この何とも言えない気持ち悪い臭い。
人が受け付けない嫌な空気。
思わず吐き気に囚われ足を止めると、ルージュが影渡りで来てくれたのだろう。後ろから抱き留められた。
「る、ルージュ……。ごめん。だ、大丈夫だから……」
虚勢を張るつもりも、張れるつもりも最初からないにせよ、ボクに仕えてくれている子達にこんな姿見られたくはないんだけどね……。
何かが起きている事なんて、嫌でもわかる。いやな予感もひしひしと感じる。
首都に近づくにつれ、雰囲気がどんどんおかしくなって行くのを肌に感じながら、カルセオラリア首都、フローデン・ハーグにまでたどり着いた。
いくら身体強化をしているとは言え、一晩のうちに険しい山を渡り、平地だとは言え整備のされていないような道もないような場所を数十キロ走り込んだ所で大した疲れも感じなくなってきていることに喜びを感じる間もなく、首都の空気にのまれてしまった。
これは一体どうなっているんだろう……。
一つの国の首都の入口にたどり着いたはずだというのに、いくら夜で“人”が居ないんだとは言え、生活する明かりどころか街中に点いているはずの魔導具の外灯による明かりすらもほとんどない。首都ですらもここまで来た町々のように、まるで街そのものが廃墟であるかのように暗かった。
暗いだけならまだしも、いくらモンスターとは言え生きているのだ。人としての営みを必要としなくとも、生活しているであろう空気感というものが少なからずあっていいはずなのに、それすら感じられない。
正直、これだったら国境から越えてこれまで走り抜けてきた町々のほうが遥かに生物としての生活感のようなものは漏れていたんだけど……。
この街に近づくにつれ、やけに漂ってくる異臭と、霧のように立ち込める汚染されているような嫌な空気。本来ならこの世界じゃ、マナのおかげでほとんど空気が汚染されることが無く浄化されているはずなのに、それでも視界が淀む程に空気が濁って見える。
「うげぇ。こんなのフラグなんて立てるまでもなく、この先いいことないのなんてわかるんですけどぉ……」
いやな予感どころの話じゃない。実際行ってしまえば後悔することなんて百も承知で、静かな生活音の全くしない首都へ足を踏み入れる。
交通もない。
流通もない。
あるのは人気が無いのに、数日前までは使われていたであろう建物。
いくら深夜とは言え、まだ真っ暗闇な草原にブラックウルフが寝ていた方が生活感があるというもの。例えるなら、“新品の廃墟”って感じだ。
異臭で鼻はもげそうだし、幽霊が脅かしてきそうな薄気味の悪さで精神は発狂しそうだし……。そこへ胃にこみ上げてくる胃酸の味がボクに三重苦の継続ダメージを与えてくる。
「うぶっ!!」
あ……。無理。
無理無理。こんなの耐えられるわけないでしょ……。
ふと大通りにでた瞬間視界に飛び込んできた光景に、一気に胃液が逆流してくるのを感じ吐き出してしまった。気分も悪くなるし、あんまり吐いたりなんかしたくないのに。……それ以前に、こんな事でどこかからバレたりするのは、本当にやめて欲しい。
いくら姿や気配だとか、音なんかが消せたとしても、視界からくる精神攻撃は防ぎようがないのよ。こんなしょーもない理由で首都にきてすぐに潜入がバレちゃうとか、ほんと、やめて欲しい。切実に。フラグではない。
「な、何なの? これ……。」
「人だったもの……とでもいいましょうか。モンスターに成れなかった成れの果てでございます」
「モンスターに……成る?」
「ええ」
《ご主人様戻ったのー!》
『あ、シトラス? おかえり』
《ぼくも戻りました》
『シエルもおかえり』
シエルとシトラスの声が頭に鳴り響く。
どうやら直接ボクの影の中へ帰ってきたらしい。
突然シトラスの大きな声が聞こえてもびっくりしたりしないのは、直接精神に聞こえるからなのかな? 自分の声に驚くことはないのに似てる気がするんだけど、自分でも驚かないことに驚きよね。
「主様。ここからは魔覚も遮断しておいた方がよろしいでしょう」
「魔覚?」
あ。そういえば色魔法を取得した時に、この世界には第6感とも言える魔素を感じ取る事ができる感覚がある事を知ったんだっけ。
そういえばクリアの魔法で音や姿は当り前のように遮断してはいたけど、魔覚ってやつを遮断するような事は試してもいなかったっけ。
ん? ……あれ? もしかして、それが出来てれば今日のクエストってシュヴァルツ・クラウンウルフに見つかる事もなく、もっと簡単にクリアできたんじゃないの……?
あれ……?
ま、まぁ過ぎた事は仕方ないよね?
今後の教訓にすればいいってことなんですよ。
とは言え、今まではグリエンタールさんの補助機能があって色んな魔法構造やら魔法術式を組み立てたりすることはできてたかもしれないけど、感覚すらも大して掴んでいないような器官を遮断しろっていわれても、やれと言われてすぐ出来るほどボクも天才じゃないんだよねぇ……。
「こちらでよろしいかと」
ルージュが、ボクの髪飾りにしている王冠型の魔結晶に触れる。
少し光って魔法が登録された。
あ、はい。ですよね~……。
ボクの周りには天才どころじゃない人達がうじゃうじゃしているわけで……。ボクが何でも出来る必要はないようです。いいことなんだけどね!
そりゃ感覚のつかみ方という初歩の初歩みたいな部分から教えて貰って、感覚さえ掴めば魔法構造だって構築できるだろうけど、今回はそんな事言って長居できるような場所でもないからね。ありがたく使わせてもらうんだけど……そんなことよりも、ボクの魔宝珠って血約してるのにルージュが扱う事が出来るんだね……。初めて知りました!
「私の魔素は純粋に全て主様のものを用いておりますから。そうでもなければ、モンスターパレードの際、砦防衛線の時のように主様の魔法をサポートなどできませんので。我々のような契約精霊は基本、主様の魔力を原動力としていますれば、魔力の波動が一緒になりますので主様の魔法に干渉できるようになります」
「……そ、そうなんだ」
ってことは、精霊にはそれぞれ自分の魔法を作るための魔水晶が体内にあるわけで、ルージュ達がボクの魔法に干渉できるんだとすると、ボクもルージュ達の根幹そのものに干渉できちゃうってことにならないのかな?
「ええ。そもそも全てを預けているのですから。それも当然かと」
「ええ!?」
別にボクはルージュ達と通信したいなって思いながら話さない限り、自分の考えている事が全部筒抜けでルージュ達に伝わるわけじゃないんだよ?
なのに、ルージュすらもシル達みたいにボクの思っている事に対して、さも平然と聞いたかのように回答してくるんですけど。なんかシルと色々関わったせいで賢王の一族に毒されておりませんかね?
心配だよ!
主にボクの筒抜けの思考がだけどねっ!!!




