商人ギルドのお仕事は手広いのです。
『通行禁止』
やっとたどり着いた国境関所の一つ。大きく掲げられた看板が掛かっている扉を抜け、関所の敷地内へ。夜だからか扉は閉まりきりになっていて、門の位置に人が居る気配も無い。
扉の周りには進路を塞ぐように門が作ってあり、その周りを鉄柵がずらっと巡っている。鉄柵は横に広く作られており、両端はひときわ大きな岩。既に道のない岩場まで広がっている為、横から抜けようとするのは容易じゃないだろうけど、そもそもこの国境を関所を通さずにすり抜けたい人なんてそうそういないだろうから、ここまでする必要あるのかどうかわからない気もする。
「おじゃましま~す……」
って言いながら入った所で、音も消してるんだから誰にも聞こえないんだけど。
ちなみにここが、戦場となっている平野から一番近い関所。なんで崖みたいな岩場をわざわざ上ってきたのに、そのまま国境を越えずに関所を通るのかなんて、ここが目的地の一つであるからに他ならないわけよ。静かで、壊された形跡も無く、部屋の中には灯りが点いているのが見える。
本来ならこの関所の先ではもう戦争してるんだろうから、人がいない方が正解なんだけどね。
キィ……
鉄柵を乗り越え、金属でできている大きめの扉を少し開けると音が鳴る。
最低限、馬車くらいは通れるようになっている大きさなのは、物流の事も考えてのことなんだろうけど……。今まさに戦争しているように、もともとロトとフリージアは仲も悪く貿易協定も無ければ関税も大きい。こんな険しい山道をわざわざ商人が荷物抱えてやり取りしたところで、儲けどころかとんでもない赤字になっちゃうわけだから通るわけもない。
ロトとフリージアの国境自体は数キロメートルくらいしかないのに、関所が合計で3つ。とは言え国境自体を大きく険しい山が隔てているわけで、ここ以外の2つの関所は道もないような山の上にあるらしい。関所というよりは、監視塔と言ったほうが正解なのかも。一般的に通行も禁止されているような場所で、こんな整備もされてない道とも呼べないような道が続いているだけのココが一番ましで唯一の道なんだとか。
とは言え、いくらロト・フリージア間を行き来したいのであれば、直通としてはこの道しかないとは言え、他の国を跨いでいけばいくらでも安全で楽なルートがあるわけで。こんな道通る必要がないんだよね。
それこそ荷物を運ぶような商人さんであれば、関税がある程度免除される特権だってあるわけで、こんな場所まで荷物を運んでくる用事なんて、この関所に向けたものしかないわけだ。
それを裏付けるかのように、大きな鉄の扉は開け閉めするたびに音がするほど錆び付いていて、変わりにその扉の横にある小さな入口の方が使われている形跡があった。
関所は山小屋のような建物とは言え結構敷地面積は広く、平屋建てになっている。
少し小高くなっている場所に物見小屋も作られていて、人が顔を覗かせていた。
『あ……人だ』
戦時中でこの地域って明らかに今フリージア側に侵されているはずだから、本当なら誰もいないはずなんだけどね。扉が動いて僅かとは言え音が鳴ったにも関わらず不思議にも思わないあたり、あまり戦時中である緊張感も感じられない。
ボクが今侵入してるのは関所の入口にあたる扉なんだけど、入ってすぐにただ何も無い空間が広がっている。多分ここは検問所通過の順番待ちをする場所なんだろうけど、本当にこんな辺境の関所にこんなだだっ広い場所が必要なのかは疑問だよね。まぁ土地はあるんだからいいんだろうけど。
つまり扉自体はちょっと開けたところで小屋から直接見えるわけでもなければ、鍵がかかっているわけでもない。金属とは言え重い扉というわけでもないから、風が吹き付けて揺れているあたり、少しくらい音を立てても怪しまれることはないのかもしれない。……案の定、扉が開く音が少ししたところで中から人が出てくる気配もなかった。
見渡す限り木造建築の小屋と、それに不釣合いに見える無骨な鉄の柵。
国境とは言え険しい山道に出来ている関所。
まさか砦としての機能なんてあるわけ無くて、単純に人の通行を管理する為だけに造られている様な建物だから、そこまでしっかりとした造りでもないし、敷地内に入ってしまえば本当にちょっと広めの山小屋って感じ。
唯一の通行路である検問所だけはしっかりした鉄柵になっているだけで、小屋自体はすべて木で作られている。まぁ正直、通りたいだけならこんなだだっ広くて整備されていない山道なんて、身一つであればわざわざこんな関所通らなくても、どっか脇道から抜けちゃえるだろうけどね。
戦争で行軍することを考えれば、フリージア側の軍がロト側に通っていくのに邪魔程度にはなるのだから、壊されることを想定されて作られているんだろう。
ここに何をしに来たのかの第一は、ここがどうなっているのか見に来たってわけ。まともな道はここしかなくて、さらには平野への最短距離であるここを通ったのがわかれば、フリージアカルセオラリアの連合軍がどうやってロトに気づかれる前にロト国側へ布陣できたのかってことの予測もつけやすい。
……逆に、関所がここまで静かなら、それはそれでどうやったのかって予測も立てやすいのかもしれないけどね。
物見小屋に立っている人を横目に、広場のど真ん中を突っ切る。そのままそっと検問所の中へ入っていくと、中には常駐している兵隊さんが3人いた。
うん。なんでわざわざ人のいる場所を通るのかって?
そりゃここにまだ人がいる異常性を確認するため。関所自体がここまで綺麗に残っているのなら、それも依頼として確かめたいことの一つになるのは当然だろうしね。
依頼でもなければ、ボクが自分の身一つで国境を抜けるだけなら、こんな関所にわざわざ足を運ぶ必要なんて最初からないのよね。最初からわざわざ山道を通らず、道なき道を上ってきてるんだから、山を登るのであれば関所の脇を抜けるのなんて容易いし、そもそももっと簡単にカルセオラリアに行きたいだけであれば、山脈なんか迂回して国境回ってフリージア避けて、直接カルセオラリアに入っちゃった方がどれだけ楽か。
それなのに、ボクがここまで来るのには理由があった。
そもそもロトは、どうやってフリージアカルセオラリア連合軍が、ロトに気づかれる前に山脈を超えられたのか、そのルートがいまだ絞られていない。
フリージアとロトが敵対国なのは何年も前からなんだけど、その戦闘規模は今回のような戦争にまで発展することが一度もなかったのよ。
そりゃ、こんな険しい岩ばった山道を鎧着て軍事物資運んで行軍なんかできっこないし、したところで勝負にもならないような小規模な小競り合いで終わっちゃうのが関の山。
実際過去に、何度かフリージア側がロトに攻め入ろうとしたとことがあったらしいんだけど、フリージアが山越え行軍中に、ロトが自国内にあたる山脈を降りた先の平野で布陣を完成させ待ち構えてたら、勝敗だとか以前に戦争なんて始まりようもなかったってわけらしい。
検問所の鉄柵付近にある物見櫓から、辺りを見張るようで暇そうに突っ立っている人が一人と、その真下にある小屋の中で、2人の男性が座ってなにやら談笑をしているようだ。
見張りの一人だけはちゃんとフルプレートを着用していて、つまらなさそうに小屋の中で話をしている2人を横目でちらちらと見ながらも視線は山の麓側を覗いているように見える。見えている方向はフリージア側だから、ボクは後ろ姿くらいしか見えないんだけどね。
小屋の中にいる2人はフルプレートまでは着こんでいないものの、軍服のような制服を着ていて壁にはフルプレートが2セット掛かっているあたり、3人の交代制なんだろう。
ここに伝令が走ることはない。
既に連合軍はこの山を抜けていて、ロトからしてみれば相手軍の真後ろにあたるから。
本来であればここは既に壊されていて、連合軍の規模からしてここにいる人が生きている可能性は限りなく低いわけだから、わざわざ相手の軍の真後ろに伝令を走らせるわけがない。
ここにいる3人はきっと知らないのだろう。
戦争が始まっていることを。
彼らが幸運だったのは、勤務制じゃなく長期間の滞在任務だったこと。
もしここが数か月単位での交代制でなく、道の険しさから短期間での上り下りはあり得ないとは言え、数日単位の交代制だったとしても、山を下りたら殺されてしまうだろうから。
「こんにちわ」
「「誰だ!!!」」
ガタンッ
と椅子が転げる音と、男性2人の大声が木霊する。
大声に気が付いたようで、物見やぐらにいたフルプレートの兵隊さんも降りてきた。
「ストップ。ストーーーっプ。はいこれ」
そういいながらすぐ取り出せるようにしておいた伝令書を目の前に掲げると、見覚えがあったのかすぐに2人の肩の力が抜けるのがわかった。
「ぐ、軍の伝令……か? はは、なら普通に入ってきてくれよ……」
少し笑いつつもその場を誰も動こうとしないのは、ボクが怪しいからに他ならないからだろうけど、それに加えて小屋の中に忍び込んだせいだろう。
まぁボクとしては、ここにいる人がどっち側の人なのか確かめる必要があったから忍び込むしかなかっただけなんだけど、向こうからしたら真夜中に軍部の人間が忍び込んできたなんて言えば、抜き打ち検査みたいなことを覚悟しちゃうよね。めんごめんご。
「ハルト将軍からね。はいっ」
誰からの手紙かを伝えながら、投げて渡す。
「将軍!?」
びっくりしながら慌てて受け取ると、3人で手紙を覗き始めた。
「……お、おい。これはどういう……あれ?」
もちろん、手紙の内容に答えるのはボクの仕事の埒外だからね。
混乱してるであろう3人を放置したまま小屋を抜け、国の向こう側へ。
一応クリアの魔法がちゃんと機能してることも確認できたし。
「よいしょっと」
なんとなく初めて入る国の第一歩目って、特別に感じない?
一歩向こう側と特段なんの変わりもないんだけど。
「早く逃げるんだよー」
きた時と同じ大きな扉を開けて外に出る。
同じような音がしたけど、もう気にする必要もない。
「ふわぁ……」
フリージア側は、関所の扉を抜けるとすぐに麓が見渡せるくらい、急勾配な山道になっていた。
それだけにすぐ麓に町の夜景が見える。
景色というのは、それ単体を切り取ってさえしまえば綺麗なもので……。これから戦争が激化していけば、この町が戦禍に飲み込まれるだろう事など、忘れさせてくれるようだった。




