ボクは清純派だからね!?
「……なんだぁ? シロ子。もしかして身に覚えでもあんのかぁ?」
「あらあら。悪い事したくなっちゃうお年頃なのよね?」
……ち、違うんだよ!
ボクだって国の危機で切羽詰ってしかたなくだったんだからね!? べべ、別にしたくてしたわけじゃ……ないと……思う……きもしないでもない。
そもそもロト国内をそのまま通り過ぎれば姿を現す必要なんてなかっただとか、そもそも手はずはちゃんと整っていたんだから、ちゃんと入国手続きを取ればよかっただけだとか、色々と自分に落ち度があるのが認められるので声に出して否定することはできないんですけど……。
「別に今更お前が悪い人間だとは思わんよ」
ローレッジさんとチノンさんに続いてヒュージさんもこちらを振り返ると、3人でボクの前に出来ていたバリケードが完全に解けてしまっている。そりゃボクに非があることが分かったなら、庇ってくれる道理もないわけで。
「うぅ……」
もちろん逃げようと思えばできるだろうけど、今逃げちゃうと、ここにる皆にも迷惑が掛かってしまうかもしれないし、どうやって調べたのか知らないけど、もう既に身元が割れちゃってるんだよねぇ。ここから逃げた所で単なる問題の先送りでしかなさそうだし、ともかく迷惑を掛ける先が増えてしまうことが怖い。シルに迷惑かけることになれば大問題だし、親なんかには絶対に言えないよぉ……。
ここは素直に捕まっておくのが正解だと思うんだよ。
「ハルトなら悪いようにはならん。心配するな」
諦めて兵隊さん達の前に出ようとすると、ヒュージさんが耳元でぼそっと、そう囁いてくれる。
付き合い自体は1日程度で少ないとは言え、ここのクランの実績や人柄からして、この人達が言うのであればきっとマトモな人なんだろうとは思うんだけど、違法な事をしたのは自分で、しかもここはグルーネ国内ならまだしもロトという外国。そしてさらに連行される先が軍事施設とくればもうね……。
恐怖しかないよね。
まぁ自業自得なんですけど。
兵隊さん達がボクの身柄を確保すると、ぞろぞろとまた1階へ降りていく。
思っていたよりも厳重な魔導具の手錠を掛けられてしまった割に扱いは丁寧なのは、一緒にいたクランの人達のおかげかな?
手錠なんてされてみればストレスしか感じないし。
重いし痛いし。腕が自由に動かせないって、思ってたよりすごい精神的にくるんだね。これじゃパッと見、ボク重罪人だよ? ……まぁ戦時密入国なんて相当な重罪なんですけどね!!!
あの時、無理なことはするなって心配してくれてたシルの顔が浮かんでくる。
あれってもしかして、余計なこともしないようにって意味も暗にあったんじゃなかろうでしょか? ……否定できないところがまた辛い。
結局鎧を着た軍人がぞろぞろと冒険者ギルドを出ていくと、何事かと見守っていた冒険者の人達の視線がその原因であろうボクに向けてものすごく突き刺さってきております……。
むぅ。文句を言えるような立場じゃないのはわかってるけど、こんな狭い通路にこんな派手な甲冑着て連行なんかされてるせいで、甲冑と甲冑の間に挟まれて地味に痛いんですけど。もうちょっとスペースをあけて欲しいんですけど。逃げられまいという意識からなのか、逆に密着してきやがるんだよ、こいつら!
これはセクハラじゃないんですかねっ!?
むぎゅう。
もちろん冒険者ギルドの外には、冒険者以外の人達も集まっていて、何事かと野次馬の人だかりができている。そりゃね……この数の兵隊さんが冒険者ギルドに押し寄せれば、何かしらの事件だと思うは当たり前ですよね。それが女の子一つ連れて出てきたとなれば、そりゃあもう? 噂好きな奥様方の恰好の的ですとも。
ええ、ええ。あることないことひそひそ話も盛り上がっているようでして。
ってなんで奥様方が“あること”の方を知ってるんですかね!?
そこから街の中央にあった石創りの大きなお城のような建物の中へ通されるまで、奇異の目に晒され続けるはめに。……もう少しなんていうかさ、こう……布を頭に被せたりしてプライバシーって言う物を尊重したりしてくれないのかな?
自分で言うのもなんだけど、ボクってとっても覚えやすい外見をしている分、こういうシチュエーションで皆の前に晒されると、皆の心の中にずっと残っちゃうんじゃないかって心配なんですけど。
自分の巻いた種が原因とはいえ、厚生の余地あるうら若き乙女にこの仕打ちはあんまりだと思います!!
連れてこられたのは大きな街の中央。
あからさまに軍事施設ですよってわかるように作られているのか、厳重な警戒に見た目ですでに痛そうな棘の生えた鎖が建物をぐるっと囲っている。建物自体は無骨な石造りの大きな建物の中で、戦時中なのもあるのか、厳戒態勢で警備されている重そうな鉄の格子を抜け暗闇の中へと連行されていく。
中に入ればそこは楽園でした!
なんて現実は実際おこりもしてくれないもので。
ほこりばっていてじめじめとした暗い石作りの通路がまっすぐ続いていて、一定間隔で設置されている窓から差し込む光だけが点々と通路を照らしている。窓の反対側には、窓よりも少ない数しかない魔導具が設置されているものの、今がお昼の時間だからか光が灯っていない。
同じ景色の通路を進み続け、扉が開いている部屋を通り過ぎるときにちらっと部屋の中を覗いてみると、蝋に灯る炎の光がゆらゆらと揺れていた。……めちゃくちゃ雰囲気あるなここ!! 絶対幽霊とか出そうなんですけど!?
同じ通路を進んでは、これまた同じ大きな鉄の扉と鉄の格子を幾度も括りぬけ、地下のじめじめした牢屋にでも連れて行かれるのかと思いきや、どんどん上に登らされていく。
ヒュージさんに大丈夫だとはいわれたけれど、手錠をはめられたまま何の案内もなく、ただ黙々と上に上にって連れて行かれてると、まさか屋上から突き落とされたりするんじゃないかとか心配になってくるんだよ……。
連行しにきた同じ甲冑を着ている軍の人達は、軍事施設の格子をくぐるごとに一定人数がどんどん減っていき、今では既に2人しか隣にはいない。
けど、いかにもな甲冑を着ていて表情も見えない軍人さんが、一言も発せず、ただただ暗い道を突き進んでるこんな雰囲気で、不安や疑問を口にできるはずもなく……。
そんな不安を抱えながらただ黙々と歩いていくと、屋上に出る一歩手前の部屋で案内してくれていた兵隊さんが立ち止まった。
こんこん。
「ハルト将軍。お連れいたしました」
「よし。いいぞ。下がれ」
部屋の外で兵隊さんが中の人に話しかけると、扉が開きもしないうちに下がれといわれて兵隊さんがびっくりしている。
「え? いえ……しかし……」
どうしたらいいのかわからない兵隊さんがあわあわしていると、扉が中から開いた。ボクを見つけると、にかっと豪快に笑う眼帯をした強面のおじさんが笑顔を作る。この人がハルト将軍さんかな?
あれ……? この人どこかで……?
「だぁ~いじょうぶだよ! 犯罪者つったって違法入国した女の子一人だぞ?」
「は、はぁ……」
いやいや、ボクとしてはこんなおじさんと部屋で二人っきりにされちゃたまったもんじゃないから、下がってくれなくてもいいんだけど……とは言え、ここに連れてきてくれた人も男の人なんだし、結局そこまで状況が変わるわけでもないか。
「わかりました……失礼いたします」
そういうと、相当珍しいことだったのか、今までキビキビとしていた態度とは一変して迷いのある足つきで来た道を引き返していった。
それを見送っていると、ハルトさんが扉を開けて待っていてくれる。どうやら中へ入れと言っているらしい。
「よう、妖精族の嬢ちゃん。覚えてるか?」
扉近くにある赤い大きなソファーに腰を掛けるように促され対面に向かい合わされると、開口一番そう話しかけられた。半笑いのにやけ顔。どっかで見たことあるかと思ってたらやっと思い出した!
そうだ。おばちゃんの食堂にいたナンパおじさんだ。
「あっ! あの食堂にいた痴漢のおじさん!!」
「痴漢じゃねぇ! 何もしてねぇだろうが!」
「この人痴漢です!」
「おい!!」
こんなアウェーで冤罪でっち上げた所で、誰も相手になんかしてくれないんですけど。あ、そもそもこの部屋には2人きりなので、相手にしてくれる人なんて誰一人いないんですけどね?
「ボク、これからどうなるの? 牢屋にとか入れられて酷い事されちゃったり?」
はぁ……。ただでさえ生活通路がこんなに薄暗くてじめじめしているのに、地下にあるであろう牢屋になんか入れられたら……? もっともっと真っ暗で、じめじめどころか、じとじとしたような部屋に違いない。隣の牢屋からは奇声が毎晩聞こえてきたりして、たまに連れられてくる極悪人の人達は、ボクの身体をみてそれはもう興奮なんかされちゃったり? ハルトさんみたいな痴漢のおじさん達が押し寄せてきて、きっとグフフでデヘヘな事をされちゃうに違いないんだよ……。
そんな事になったら今度はトラウマどころじゃ済みそうに無いし、ここら辺で逃げておくのがもしかして正解なんじゃないのでしょうか……。
「おい……お前の期待しているようなことは起きないから安心しろ」
「き、期待なんかしてませんっ!!!」
本当だよ!?




