最上位ってことは、他にも方法はあるってことなのかな?
「……あれ?」
シュヴァルツ・クラウンウルフの折れた首を槍を使って捌いてみせる。外皮はここまでに刃物を通しにくいくせに、自重と自己加速の衝撃で首の骨は折れるあたり、本来クラウンウルフ種の討伐方法っていうのはこういう方法が正しいのかもしれない。
わざわざ槍を貸してほしいと言わずに、ボクに直接解体をしてくれって言ってくるのは、この槍が相当な逸品だと思ってくれているからだろう。そうなのであれば、何よりも大切な装備を易々とそこまで知ってるわけでもない人に貸してくれるわけがないからね。……ま、これいくらでも作れるんだけど、そんなことをして見せればどうなるだろうかくらい予測もつくってもの。わざわざ自分を貶めることを好んでする趣味はないのよ。
「すげぇなぁそれ。なぁシロ子。それ売ってくれよ。銀貨支払い一括払いで言い値で買うぜ?」
「……」
うっ。
自分で体がぴくっと動いちゃったのがわかってしまった……。
自分の貧乏性が憎いけど、とは言えこれを渡せば魔法創造物だってこともバレちゃうからね。ローレッジさんも交渉のステージに乗ってくるだなんて微塵も思っていなかったようで、体が動いちゃったことはバレなかったみたい。よかった。
解体に注目するローレッジさんが大声でリアクションをするのも相まって、興味を持ったクランメンバーの外にいた人達までもが、ブラックウルフの処理をしていたはずなのに、いつの間にかわらわらと寄ってきてたりする。正直、今注目されるのはやめて欲しいんですけど。
次元単一構造の魔法なんてグルーネでも発展していない研究分野の魔法なんだから、いくらここで槍を振り回そうとも、スキル国家であるロトの、それも研究員でもない一般の人達に付与効果の原理がばれる心配とかはね? ……無くはないかもしれないけど、少ないだろうけどさ。
でも一応、秘匿技術ってことでフラ先生にも念を押されている魔法を、他国のクランの人達の目の前でお披露目するって言うのは、なんだか緊張しちゃうし。ボロとか出そうだし。
あ。フラグじゃないからね。声に出してないからね。
勘違いしないでね? グリエンタールさん。
せっせこ毛皮を剥いで、次にお肉と内臓を分割していく。
残念な事に、ボクがいつも大事に髪飾りとして身に着けている綺麗な王冠型の魔結晶は、この個体の体内からは発見されなかった。
全ての魔獣には魔水晶を内包しているはずなのに、全ての魔獣から魔水晶が取れるわけではないっていうのは一体、その魔水晶が取れなかった魔獣やらモンスターの体内にあったはずの魔水晶って、どこに行ってるんだろうね? 不思議。
「歳の割に、随分解体も手馴れてんだなぁ。シロ子ってグルーネでも相当な貴族のご令嬢様だろ? こんな解体って作業は部下みてーなのにやらせんじゃねぇのか?」
「え? 何で? ボク平民だよ?」
正確には平民を抜けちゃった気もするけど、自覚ないし。
「あん? 魔法ってのは幼児教育が物を言うはずだろ? 魔法国家のグルーネですら、貴族以外はまともに魔法は使えねぇんじゃねぇのか? もしかしてグルーネはそこんとこ克服し始めたのか?」
「あ、まぁ……一般的には……まだそんな感じだけど……」
何よりボク、騎士位っていうのよくわかってないし。
実感もないし、ボクのおうちは平民のままなんだし。
心は平民のままなんだから、嘘をついてるつもりはないんだよ?
それでもグルーネ国内よりもボクが平民だって自分の出自を暴露しても驚かれるリアクションが少ないあたり、グルーネが平民まで魔法を使えることがありえてもおかしくないと思っているって事ともとれる。
もし、ロトが本当にスキルの効率取得化の技術を確立していて、グルーネがそうなってもおかしくないよな? って意味だとすれば、ロトは相当なスキル先進国ってことだ。
シュヴァルツ・クラウンウルフの毛皮を剥ぎ終えると、自分がすっぽり覆えるような頭の無い毛皮だけの黒い狼が完成した。
前に狩ったときって、上下に二分割されていたからあまり気付かなかったけど、こんなに大きかったんだ。……って事は、これだけ大きい毛皮から作られる防具が、150cm程度しか身長の無いボクを包み隠すことも出来ないくらいの素材にしかならないってこと?
そりゃ、稀少なわけだよね……。
「ん? こいつ、心臓が無いな……」
「え?」
外皮を解体してしまえばボクの出番は終わり。解体はしにくそうだけど、後はどうとでもなるようでクランメンバーの人が解体を引き継いでくれている。あまりに丁寧に解体していくものだから、嫌と言うほどクラウンウルフの内部構造がはっきりとわかってしまう。さっきのブラックウルフの解体とは違い、肉の繊維1本にまで傷をつけない様にと慎重に。解体を丁寧にしていたが故に、心臓があったであろう部分だけぽっかりと空洞になっているのもよくわかった。
「通常、ここまで進化した魔獣ってのは心臓部が魔結晶化してる事がほとんどなんだよなぁ。特にシュヴァルツ種はマナのみで生命活動を維持できる種だからな。血液が真っ赤だろ? なんでだかしらねぇけど、マナで活動する魔獣種は血液が特に真っ赤なんだよな」
「へぇ~……そうなんですか……」
そういわれてみると納得できる気がする。
マナで活動する魔獣は、体内を循環している血液中に、酸素ではなく魔素が含まれてエネルギーとして活用しているのだとすれば、血液は酸化しないから黒ずむこともないし、その血液を全身に循環させているポンプである心臓が、マナを扱う魔宝石化するというのも頷ける話。というか、そもそも魔水晶自体が心臓の役割をするのかもしれない。クラウンウルフであれば、魔水晶じゃなくて魔宝石だとか魔宝珠なんだろうけど。
「ん? シロ子、お前もしかしてうちのクランのこと聞いてねぇのか?」
「え? どう言う事ですか?」
「うちは魔獣モンスター特化の討伐クランだぞ? そのくらい知らんでどうすんだよ」
「え?! あ、そうだったんですか」
あ、なるほど。
戦時警戒中に上級クランがこんな所で魔獣狩りとかしててもいいのかな? なんて考えていたりもしたけど、そりゃ魔獣狩りが専門の上級クランだってあったっておかしくないか。
元々冒険者ギルドが人を相手にするなんてことの方が少ないだろうし、先生のギルドカードみたいに上級冒険者のギルドカードには専門性を表す魔宝石が、わざわざ埋め込まれるくらいなわけだしね。
そりゃ、戦争中だからって国内の事を疎かになんかしてたら国の内側から崩壊してっちゃう事もあるんだし、そういう時にこうやって国の中を守ってくれる、それも上級冒険者クランがあるっていうのは強みだよね。
それこそ今回なんて、最初からシュヴァルツ・クラウンウルフの存在が確認されていたわけだから一般冒険者のパーティやクランに冒険者ギルドがこの依頼を出すことはなかっただろうけど、戦時中だから放置できるレベルの案件じゃなかっただろうし、こういうクランは必要だと思う。
状況から察するに、そのシュヴァルツ・クラウンウルフの存在自体を確認したのは、このクランの人なのかもしれないね。そうでもなければ、たまたまこんな国のど真ん中にダンジョンのボスクラスである魔獣が相当数どころじゃないような大群のブラックウルフと一緒にどこからか湧いてきて、たまたまそれを魔獣・モンスター討伐専門の上級クランが素晴らしいタイミングで居合わせて対処してくれるなんて事ありえないだろうし。
それに、いくらロト国内の冒険者数が極端に減っている状況だからって、ボクに同行するようにって白羽の矢が立ったのが、魔獣発見からクエスト発行、そして人員募集までの流れがタイミング的に速すぎる。
「でもなぁんでだぁ? 魔宝珠が無くとも、せめて魔水晶があるはずなんだがなぁ。……まさかシロ子隠してねぇよな? 別にお前が討伐したんだから、隠さずともそれくらいの取り分はお前にやるんだぞ?」
「か、隠してなんかないよ!? ……って、今回ってクラウンウルフ討伐がお目当てなんだよね? その取り分なんかをボクが貰っちゃっていいの?」
「あ? 当たり前だろ。そりゃ、俺達にも露払いした取り分くらいはくれりゃ嬉しいがな。結局の所、うちのクランにはこいつにまともなダメージを通せる戦力が居なかったせいで外から火力を募集してんだ。うちのクランが自分らで倒せねぇ獲物の取り分主張するとか、クランとしてのプライドが許さねぇだろ?」
そういうものなのかな?
思い返してみると、いつもフラ先生のクランの人達とクエストに出かけるときは、先生の無茶振りでボクがボス級のモンスターと戦う羽目になることが多いんだけど……。確かにその素材やらドロップ品の所有権をクランの人達が主張したことって無いんだよね。あれはあれで、周りの脅威を排除してくれてたりだとかサポートはしてくれてるわけだから、仕事はしてるはずなのに。
まぁ少なからず、ボクがフラ先生の教え子ってことで大目に見てくれてる面っていう部分は、あるにはあるんだろうけど……。もしかしたらフラ先生のクランの人達からしてみれば、外部の人間であるボクが討伐しているってことに、そういう意味もあったのかもしれないね。
……そう考えると、なんだか申し訳なくなってくる気もするんだよ。
今度なんか、差し入れとか持っていったほうがいいのかなぁ。
「心臓が無いってのには、いくつか理由があるわよ?」
そんな事を考えると、隣でリングウルフの解体をしていたチノンさんが近寄ってきて、クラウンウルフの解体している中を覗き込んだ。
どうやらクラウンウルフの解体を覗きにこっちまで来たメンバーがリングウルフの解体を手伝ってくれているおかげで手が空いたみたい。
それにしても……ブラックウルフからどういう過程で進化していくのか知らないけど、シュヴァルツ・リングウルフとやらに進化しただけで解体の難易度はものすごく上がるようで、ブラックウルフをほいほい解体していた人達が、とてもじゃないけど苦戦している。
その隣でお話をしてるだけっていうのも、なんだか集中を乱しちゃいそうで申し訳ない気もするんだけど、クラン幹部の人達が気を回さないなら、ボクがそこまで気を使ってもしょうがない。
「まず一つ目は、戦闘中に激しく損傷してしまう事。魔水晶自体はとても硬いとは言え、実は魔獣の体内で活動してるうちの魔水晶って、そこまで硬くないのよね」
「でもよ、その場合こんなに綺麗な空洞は残らないよな? 魔水晶の欠片としてバラバラになったものは残ってるはずだし、砕け散るほどの損傷を受けてるなら体ごと吹き飛んでる場合が多いだろ? その点、クラウンウルフは外皮がコレだから外にはじけ飛ぶなんてことありえないだろ」
「そうね……。シュヴァルツ種で、しかもクラウンウルフまで進化してる個体の心臓が、最低でも魔水晶化していないなんてことは考え難いでしょうから……。それに、何の残骸も残っていないとなれば……残される可能性はあと一つしかないわね……」
「……ああっ、もしかして……? でもシュヴァルツ・クラウンウルフだぞ? そんなことありえるのか?」
「そう。通常ならありえないわよ? ……でも、それしかないじゃない」
……2人でとても深刻な表情で話し込んでいるけど、ボクだけ蚊帳の外で何の話をしているのかさっぱりわからない。
「あの……? その可能性ってなんなんですか?」
「ああ、ごめんね。こっちで話しちゃって」
「いえいえ。それで、なんでこの狼には心臓がないんですか?」
「……あまり考えたくは無いのだけれど……」
「?」
「……契約魔獣なのよ。この子」
「……え?」
「魔獣は主人を選んで契約する際、最上位の契約として心臓を主人に捧げることがあるの。……正直、シュヴァルツ・クラウンウルフまで進化した個体が心臓まで捧げる契約だなんて聞いたこともないのだけれど……」
うわぁ。なんかその契約方法聞いたことあるー。




