こんな魔獣が、人里にぽんぽん出てきていいものなの?
クランの人達の実力は、ボクなんかが心配するような人たちじゃないのはわかってはいるんだけど、だからといってじゃあ魔獣と交戦してて、全く心配にならないか? なんて問われたところで、そんなわけないんだよ。
視覚的に見えていた次元牢獄が解除されると、ものすごい高く積み上げられた黒い狼の死体の山が見えた。懸念材料だったクラウンウルフがいなくなれば、ブラックウルフ側は瓦解するだけだし、こっちは殲滅戦に移るようなもの。既に戦闘は終えているみたいなもので、ボクがここを抜けてきた時の様な怒号や戦闘音は止んでいた。
山のように積み上げられている黒い狼の死体が、既に半分くらいは解体も終わって毛皮と肉に分けられ始めている。1匹1匹処理するのが大変だってだけで、実際ボクが首魁であるシュヴァルツ・クラウンウルフを倒したのとそれほど変わらない時間で討伐が終わっていたみたいだね。
助けるとか助けないとか以前に、既に終わってたんじゃ心配も何もないっていうね……。
「よくやってくれたな」
何にもすることがないからこっそり戻ったはずなのに、いち早くボクに気付いたヒュージさんがこちらに近づいてきて話しかけてきてくれた。
ボクがお手伝いに戻ってくる分には怒号は飛ばないようで、一安心だよね。あの調子で大声だされたら、びっくりしちゃうもん。
「あ……はい。どうにか……」
「流石、冒険者ギルドが直々に推薦してくるだけはある」
なんというか、クランで一番偉い人に素直に褒められると、いつも誰も褒めてくれないせいか、とってもこそばゆいんですけど。
「あ~ブラックウルフも食べられるんですね~。結構おいしいですよね」
とりあえず話題を変えてみる。
積み上げられている毛皮やら爪やらお肉やらの素材の山見ながらそう言うと、周りの皆が一斉に怪訝な顔をしてボクに顔を向けた。
「あ? 何言ってんだ? ブラックウルフの肉なんて食っても美味かねぇぞ?」
「え? そうなんですか?」
前にウルフのお肉を食べたとき、ちょっと固めだったけど美味しかったのはグレイウルフのお肉だけなのかな? ……それにしたって毛皮だけ丁寧に切り取られて重ねられているのに、お肉だけこんな乱雑に捨てられちゃうなんて……。もったいない。
「ねぇねぇヒュージさん、もしかしてこのお肉捨てるなら……貰っちゃってもいいの?」
「あん? 捨てるだけだから別にいいが……さっきも言ったがこんなもん食えたもんじゃねぇぞ?」
「う、うん……」
食えたもんじゃないってことは、食べられないこともないってことだよね? 毒だとか体に有害だとかいう訳でもないのなら、食べてみるだけ食べてみても……いい気もするし。
前に作ったように、冷凍保存用の次元牢獄を次元収納の中に作って入れておく。乱雑に捨てられていたせいで随分土が着いちゃってるけど……。まぁ洗えばね? 大丈夫だし。
こっちの世界で割と食中毒やらそういった食物に関する病気が蔓延することが少ないのには、大きな要因がある。もちろん魔法なんていう便利なもので色々対処できることもその一つではあるんだけど、そもそもこの世界ではまだ知られていない細菌やらウイルスやら寄生虫の類っていうのに対して、知らないものに魔法なんか本来かけようもないわけだから、別に対策がとれるとかそういう話ではない。魔法で治療ができるでしょ? って話もあるにはあるけど、それであるならボク達が暮らしていたような平民しかいないような村や街の人達には対処できないわけで。それなのに明らかに問題視されていないのは、マナ溜まりから食用となるモンスターが自然発生するおかげなのよね。
モンスターが成長する過程で食事をして、その都度危険な寄生虫やら細菌を本来であれば体にため込むんだけど、そういう過程全部すっ飛ばして成体として発生するんだもん。細菌をため込んだり、寄生虫に感染するリスクっていうのがものすごく低いのだ。
これこそが、この世界に食中毒みたいな病気が少ない最たる理由だと思う。魔素は空気を浄化するように、それ自体は有害どころか有益でしかないみたいだし。
つまり、マナしか摂らないでも生きられるモンスターや魔獣なんかは、発生してからいくら生活しようと、それこそ寄生虫が巣くうリスクが全くのゼロ。食品として安全安心が補償されてるようなものなのよ。
あ~まぁ……今回はねぇ……。
クラウンウルフが言語を理解してたあたり、ボクが想定していたようなマナ溜まりから自然発生した可能性っていう説に、ちょっと疑問を感じざるを得ない気もするんだけどね……。
だからと言って、駆除とは言え命を頂いた生き物のお肉がただ捨てられちゃうってのはね。ボク達を殺そうとしてきた相手に同情するようなことはしないけど、それはそれ。これはこれ。こういう所を大事にしないと、ボクにとって魔獣の命が軽くなりすぎてしまう。
そりゃね。ジビエだとか、食用として育てられたわけじゃない動物のお肉が、食用に育てられた家畜のお肉に比べておいしくないのなんて当たり前でしょ? それをおいしくないからってことだけで捨てちゃうのは、なんか人間のエゴってやつであんまり好きじゃないんだよね。
それと、ボクがフラ先生とグレイウルフの群れに突っ込まされて、最初にシュヴァルツ・クラウンウルフと戦ったあの次の日、先生が朝食として出してくれたグレイウルフのお肉が美味しかったのって、先生の処理と料理が上手だったからっていうのもあったんじゃないのかな。ちゃんと血抜きできてるかだとか、切り分けかただとか。
あの先生、ああ見えて案外料理上手なんだよねぇ。
貴族教育を受けていたのもあるんだろうけど、多分ボクよりも女子力が高い。
……認めたくはないけどっ!
ボクは先生ほどモンスターとか魔獣の解体に詳しいわけじゃないけど、皮を剥ぐだけの解体なら、今一緒にいるクランの人達がやってくれたわけで、上級冒険者レベルの人達がやってくれた解体で、しかも皮を丁寧に扱ってるとなれば、そりゃ肉の方もそこまでボロボロに傷ついてるわけでもない。
後はこれをボクが保存して調理できる人に調理してもらえば、食べれない事もないんじゃないかってワケ。
猟師さん曰く、ジビエ系のお肉っていうのは、死後如何に迅速で適切な処理を施せるかによるらしい。
食中毒やら寄生虫やらの関係と同じで、ここのクランの人達のように食べられるモンスターや魔獣の素材だけ剥ぎ取って、後は捨ててもよさそうに扱っている人は別に珍しいわけじゃない。むしろ一般冒険者として自立してる人たちなんかは、割とそういう所があったりするんだよ。
まぁ、ここにいるのが上級クランの人達だからって、冒険者としてすぐに成功した人達ばかりだなんて思ってるわけじゃないけど、それでもここまで立派なクランに所属してれば、それこそ食べることに困ったりはしないだろうけど。
モンスターや魔獣が突然発生する現象は、もちろん災害として厄介ではあるんだけど、魔素っていう検知できる元素のおかげで突然都心に大規模な災害が巻き起こることはほとんどない。
逆に、家畜を育てるコストも、労力も、場所も、一次産業から飼育場所に至るまで、何一つ用意する必要すらなく動物性たんぱくが手に入るおかげで、食いっぱぐれるような浮浪者が少ないのもこの世界の特徴だったりもする。
「お~い! シロ子ぉ~!」
捨てられていたブラックウルフの肉をせっせとかき集めていると、ローレッジさん達が戻って来たようだ。
「は~い! なぁに~?」
いやさ、ボクってば今更ね……? 自分がアルビノなことにコンプレックスだとか、そういうものを持っているわけじゃないけど……。ここまで人の特徴にずけずけ踏み込んでくる人ってのは珍しいよね……。
「そんなところでゴミ拾ってないでよぉ、こっちきてクラウンウルフの処理してくれよ。あれ、お前の使ってた槍でもねぇと刃がなんも通らねぇんだよ……」
「あ~……はぁい」
そりゃ鍛冶ギルドでさえ加工が難しいっていうクラウンウルフの毛皮を、こんな遠征先で加工まではしないにせよ解体なんて出来るわけないもんね。
まぁ、あの槍なんていくらでも作れるんだけど……いくらなんでもあんな殺傷能力の塊みたいな槍をよく知りもしない他人に渡すわけにはいかないし、何よりあれが魔法で作られていて量産できるなんて事を知られるわけにはもっといかないわけで。
しぶしぶ残りのお肉は諦めて元の場所に戻る事にした。
クラウンウルフって、大きいから運ぶのも大変なのよね。
確かに解体とかできないと運び辛いだろうし。




