ヴァンプレイス・ストーリー 追憶編最終話 始まりと終わり。
血が体の中を駆け巡る感覚。
脳内に強力な麻薬が溢れ出しているかのような高揚感と興奮が、今にも弾けて私を壊しそうなくらいに体を熱く滾らせてくれる。
今まで肌の色と身体的な特徴以外は人間のそれとなんら変わらなかった容姿も一遍し、青白かった肌は青黒く変色し特徴を色濃く現していく。
白目は黒く染まり、黄色かった獰猛な瞳は赤く輝くように変貌した。
紺色の髪の毛が次第に毛先へと真っ赤に染まっていく。
「ああっ……美味しいっ!」
自分の喉から、こんなにはしゃいだ声が出るなんて思いもしなかった。まるで自分じゃない誰かが、自分の中からでてくるかのような。そんな言葉が自分の口から出たのに内心びっくりしながら、遠く森の中を見つめる。
私の掲げている右手の掌の先には、赤くて大きな血の塊。今も尚、地面にこびり付いている血だけが重力に逆らい、不自然に掌へと集まってくる。
さっきまで真っ赤に染まっていた大地は、干からびた肉片と踏み荒らされた果実だけが取り残され、この光景ではここで何があったのかなどわかりようもない程、ただの踏み荒らされた荒地へと戻っている。地面から吸いあげた血の塊は肥大し、既に自分よりも体積を大きく膨らませている。
これは私達の貴重な資源になのだ。
新鮮な資源をこんな所に捨て置くなんてもったいない。
魔法空間に押し込み、仕舞っておく。
「へぇ、これが魔法ってやつだったのね。今までも便利だったけれど、ちゃんとした使い方がわかるだけで全然違うわね」
今までも不思議な力として扱えてはいたものの、それが何かを知った今、構造と術式とやらが判れば魔力の使い方は森が教えてくれる。なんとも便利な力だ。
それに、私達ヴァンパイアと呼ばれる種族にはもう一つ。
魔力とは違う血力という力があるらしい。
私の変貌はその力を使っている。
血の力を使うことで、魔法では成し得ない身体変化をもたらしてくれる力。尋常ではないエネルギーが血を消費しすぎてしまうのが欠点ではあるものの、これだけの血があればそうそう尽きる心配などいらない。
ヴァンパイア・レイ。
それが私と、私の弟妹達の種族名だった。
「はぁ」
力の源となる血を回収したのはいいものの、荒らされているのはここだけではない。今私がいる森の入口から、ある一方向に向かい、木々をわざと荒らすように切り刻まれた跡が続いており、それが道となって続いている。
……これだけ分かりやすく自分達の居場所を教えてくれているんですもの。
ご招待に預からない手は……無いわよね。
冷静なのか、そうではないのかわからない。熱を持った体中に力が巡ると、自分でも今までに体験した事のない速度で、森の木々達が私の横を通りぬけていく。
既に荒らされ道を作っている木々は私の進路を拒むことなく……。
「はぁい」
にっこりとした表情を浮かべ、隊列の一番前にいた男の目の前に一気に顔を近づけた。
「うわぁっ!? なんっ……」
「くっ、黒い女!?」
醜い顔。
103人全員が暑苦しくてむさ苦しい男共。
ろくに手入れもされていなさそうな得物を傲慢に掲げ、統制の取れていない隊列は随分と縦長に広がっている。
一度に全員を追い抜かしたのに、誰一人として私が止まってあげるまで認識できないなんて。お遊びにもならなそうね。
ピクニック気分の馬鹿どもは必要もなく剣や斧を振り回し、森の動物達を追いやっては力自慢とばかりに汚く笑う。襲ってくるモンスターや魔獣を数の力で払いのけ、払いのけるに必要の無い傷を入れながら、何が楽しいのか満面の笑みを浮かべ遊んでいる馬鹿共。
武器はそんな馬鹿げた行いのせいでボロボロになっていて、潰れた剣がこいつらの通った跡に何本も捨てられていた。
先頭の汚い髭面の首を軽くなでてへし折ってやると、意外に周りにいた男共が協調した動きで私を取り囲む。どうやら戦闘には慣れているようだ。
残り102人。
一斉に襲い掛かってくる男共と、剣の刃先。
わざと全てを避けず、そして受け止めもせずに。
そのうちの私の正面から襲い掛かってきた男の首だけを掴みあげる。
「貴方が一番勇敢ね。ご褒美に苦しまずに殺してあげるわぁっ!」
八方から振り下ろされた武器は、なんの反応もしていない私に何の損害も与えずに弾かれて地面へと落ち、乾いた音を鳴らす。
時を同じくして、もがき苦しむ男の喉が潰れ血飛沫が上がり……私を赤く染め上げた。
残り101人。
「うっ……まっずいわね……。何これ。血が腐ってるんじゃないの? 飲めたものじゃないのだけれど」
「ばっ、化け物!!!」
「ヴァ、ヴァンパイアだと!? こんなタイミングで新しいマナ溜まりでも沸きやがったか!?」
「ちっ。新しいマナ溜まりなら大したことはないだろ! 早く囲め!!」
「ち、違う! やめろ!!」
ぞろぞろと後ろから集まってくる連中と、本気の一振りでかすり傷一つ与えられず恐れをなした連中がぶつかり合って交差する。
「血の牢獄」
「うぎゃあぁぁ!」
「目がぁぁぁ!!」
……逃がすわけないじゃない。
自分を囲んだ周囲数十mの範囲に、細く糸状に編んだ血を撒き散らす。
視界に映らないほど細いけど、こいつらの鈍らで切ろうとなんかしたところで、剣のほうが簡単に裂けてしまうであろうほど強靭に編んだ血の糸。
触れただけで切れる糸は、こんな脆弱な獲物を逃しなどしない。
そして、血力の最大の利点は……。
「な、なんだ!? ち、血がぁっ! ……ああっ! 血がとまら……な……」
血力で創られた魔法は、血を吸うのだ。
……原動力が魔力じゃないのだから魔法じゃないわよね。
血法とでも呼ぼうかしら。
たったの一振りで逃げ出したクズ共が5人。
うち死亡2名。重傷3名。
重傷のこいつらも、この牢獄の中にいる限り血を吸われ続けるのだから、そのうち死ぬだろう。
逆に何が起こっているのかも理解できず、のこのこと距離を詰めてきてくれたおバカさんが4人。
残り、92……匹。
それから、私は今までにない程興奮し、びっくりするくらい楽しんで人を殺し続けた。
向かってくる馬鹿共は体を引きちぎり、痛みをもって。
逃げ出すクズ共は弄び、足や腕から切り落として、絶望をもって。
逃げ出す事すらできないゴミどもは、少しずつ切り刻みながら。
痛みじゃなく、機能不全でもなく……
ただ恐怖で死ぬように。
命乞いなど許さない。
醜い声など張り上げる許可はしない。
声帯は貫き、されど死ねない様に呼吸はさせる。
目で訴えなどさせないように、絶望の瞳には満面の笑みを。
これから自分の身に起こることがわからないんじゃ可哀想だから、瞼は閉じれないように。
痛みなんかで死なない様に。
少しずつ、少しずつ……。
なんて……なんて楽しいのかしら。
自分達の生きる為ではない殺戮なんて、今日まで興味すらなかったのに。
誰彼構わず殺したいわけじゃない。
私は憎いのだ。
この人間という害獣共が。
私の生活を毎回毎回壊していく、このどうしようもない連中が。
血の牢獄の中に囲まれていた総勢76匹を殺し終わり、外にいたのにわざわざ血の牢獄に触れて絶命した13匹を含めて、89匹を殺し終えた所でシュードが後ろからおいついてきた。
その両手には、男の生首が4つ握られている。
残り、10匹。
「くすっ」
思わずにやけてしまうと、シュードが引きつった笑みを浮かべている。
弟のそういう表情にすら気付いてしまうのは、少し悲しいわ。
残り10匹。
さて、楽しい狩りの時間だ。
いったい、何秒掛かるのかしらね?
……
「はぁ。貴方達も仕事をしてしまったら、私の楽しみが薄れるでしょう?」
「お、お姉ちゃん、なんか人が変わってない……?」
「う、うん。怖い……」
「うっ……」
他人にいくらなんと言われようが構わないけど、弟妹達に怖がられるのは……ちょっと精神的にくるものがある。
結局10匹のうち半分はマリチマとジュニが片付けてしまっており、残っているのはここにいる3匹と、その横で今まさにシュードに食われている死体の2匹のみ。
「たたっ……たすっ……助けってっ……く、くれっ……」
「……」
こいつらの言語なんてわかりたくもなかったはずなのに、理解してしまったことに嫌悪を感じる。
「ねぇ、貴方達に選ばせてあげるわ」
「たっ、助けてくれるのか!?」
「ここで何日かの時間を掛けて嬲られてすぐに殺されるのと……これから何年。何十年という一生を掛けてずっと……ずっと苦痛にもがき苦しみながら生きていられるのでは……どちらがお好みかしら?」
……
……
……
―――あ~あ。死んじゃった。
それから……。
結局あの時の問いの場にいた3人のうち2人は、何も答えを出すことなく、ただ私の玩具として生を終えた。
ただ、一人だけ一生を苦しんでも生きたいと選んだ男がいた。
その男は今も私達の下で、人間の世界を裏切り続けて生きている。
たまに娘に頭ごと吹き飛ばされたり玩具にされたりしているけれど、貴方はもう、その程度じゃ死ねないのだから。
あれから数百年が経ち、私達の下僕となった人間がいい身分まで上り詰めた事もあり、1つの国を丸ごと眷属としてしまう事に成功した。
もうこの国に、純粋な人間という種族はほとんど住んではいない。
『一生を苦しんで生きたい』
と言われたのに、死ねない生を“一生”だなんて言えるのかしら。
ま、生きたいのだからいいわよね。
もう時間はさほど残されていない。
この世界で一番害悪でしぶとく、知恵の回る生物を駆逐していく準備は整った。
なぜ私達が交配だけではなくマナから突然産まれるのか。
そして捨てられるような生を得るのか。
モンスターと呼ばれる立場で知性を得た結果、私はその答えをあの時知ってしまった。
私は許さない。
世界に害をなす人間共も……。
そして、私達を駒として喜々としてこの世界を眺めているであろう……
あいつらを。




