ヴァンプレイス・ストーリー 追憶6
「!!! っ」
「お、おい! アル姉!? 大丈夫かよっ!?」
……え?
遠い場所からシュードの声が聞こえたきがする。
さっきまで隣にいたのに、まるで遥か向こう側にいるかのような場所。
思い浮かぶ記憶。
流れ去る景色。
思い出したわけじゃない。
これはきっと……。
「……な、何? どうしたのよ」
「何って……。今倒れかけただろ……」
「そう……」
「……?」
私の顔を覗きこむシュードの顔が、心配そうに歪んでいた。
今まで空腹以外で体調を崩したことなんて、兄弟を含め私だってなかったのだから、余計心配するのは当たり前というものなのだろうか。
……私が逆の立場だったら、きっとシュードと同じ反応をしているわね。
「だ、大丈夫なのか?」
流石に騒ぎすぎたのか、洞窟の中で出かける準備をしていたマリチマとジュニも顔を覗かせにやってきた。ああ、この感覚。さっき見ていた景色で流れていた時間とは裏腹に、戻ってきてみれば同じ景色。ってことは、やっぱり今の時間は一瞬だったのね。
突然意識が吸い込まれるかのように違う景色を映し出したと思ったら、とても長い時間を過ごしたような感覚に襲われたのだけれど……。
この黒い狼に渡された黒い石を拾い上げると同時に、脳裏に流れた長い長い時間。映し出されたのは、この森の記憶だろうか。それとも、この石の記憶?
森の歴史とも呼べる長い時間を一瞬の内に体験したような。
そんな光景が頭の中を流れ、私の脳に刻んでいった。
そしていつの間にか意識が戻ってくると、シュードの心配そうな顔を目の前に映し出す。
「レイヴン・エルダーウルフ……」
ぼそっと呟いた私の言葉に、シュードが疑問の顔を向けた。
「レイ……でいっか」
そのまま独り言のように言葉を続けると、今まで伏せていた狼が顔を上げる。
兄弟達3人の驚いた顔が、揃って私を見つめた。
森の記憶。
そこには、やはり私達の出生すらも含まれていた。
私の肌が、突然青白くなってしまった理由。それは私が、今までの私だとは別人なのだと言う事。そして私が……マナ溜りから産まれた、この世界で人間どもが呼ぶところのモンスターという種族なのだと言う事。
そしてこの世界が、今まで私が生きてきた地球という星ではないのだと言う事。
さらには私達の種族が何なのかすらも。
なぜ森の動物達が私達とコンタクトをとりたがらなかったのかも。
全てを私に教えてくれる記憶。
知りたかった事も、知りたくなかった事も。
全て。
「……ありがとうシュード。もう大丈夫よ」
「……な、なんだ? 何があった?」
あら? 何か一歩引かれている様な……。
こんな事今まで一度も無かったのに。
「どうしたの?」
「い、いや……。なんかアル姉、今の一瞬だけ雰囲気が変わったような気がしたから……」
「そうなの?」
自分ではそういうのは、よくわからないものなのかしら?
確かに、変わっていないはずなどないのだけれど。こんなに色んな事を知ってしまって、今まで通りを貫けるほど私も単純にはなれそうにはないし……。
「レイ」
「はっ」
……え?
狼が返事をしたんですけど……。
「……は? 貴方しゃべれたの?」
「今、意思と記憶が繋がりましたので」
「あら? もしかして私の記憶も覗かれちゃったってこと?」
「はい……」
別に恥ずかしいことなんてないわよね?!
「随分お辛い人生でしたようで……」
「うるさいわね!」
人生ってそれ、私が人間だった頃の記憶も共有してるじゃないの!!
だって今の私は“人”じゃないんだもの!
それくらい、私の記憶を共有したのなら、この狼は知っているはずだし。
「……ア、アル姉?」
今度は狼とおしゃべりしている姿があまりにも滑稽だったのか、弟妹達に心配されてしまった……。もしかしてレイの声って、皆には理解できるように聞こえていなかったりするのかな? ま、いいけど。
とにかく、今しなきゃいけないことはわかったかしら。
「シュード、マリチマ、ジュニ」
「ん?」
「はい?」
「なぁに?」
「今夜は……ご馳走よ」
……
「酷い有様ね」
森の入口に近づくにつれ、森の中は血肉で赤く染まり、背が高かったであろう木々は不揃いに折られ、食べられたはずの果実や木の実は乱雑に踏み荒らされている。
それも果物の水分と血の水分だけで水溜りができるほどに。
「食べ物を粗末にすると、お姉ちゃんにぶん殴られるのにねー」
「ぶん殴られるのはマリ姉だけだよ……」
「……」
「いてっ」
こういう惨状を見ても、今まで誰もなんとも思わなかったのは、結局の所、私達がそもそもそういう存在だったからってことなのだろうか。たまたま私に人間だった頃の記憶があったことで、それに倣った風習を弟妹達に植え付けてしまったせいで、皆が自分達の本能を満たすことがなかったというだけで。
「じゃ、狩ってやりますかぁ」
自分達が何者なのかがわかってくると、シュードが狩りの時に見せる狂気に満ちた顔も、それなりに意味を持っているように思えてくる。
「森を荒らしている人間は全部で103人よ」
「あん? ……アル姉、なんでそんな数字がわかるんだ?」
「え? あ。何故かしらね?」
本当はその理由もわかっているけど、今はそれを説明している場合でもないのよね。
「ああ、それと皆。ちょっといい?」
「……あん?」
一番好戦的なシュードが、今度はなんだと痺れをきらさんばかりに振り返る。
「お、お姉ちゃん……? な、なによそれ……。」
「おいおい……」
折角自分が何者なのかを教えてくれたところで、当初と目的は変わらなかった。
ただ、私達が本来の力を持ってこの狩りに望むか否か。
ただそれだけの話なのだから。




