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ヴァンプレイス・ストーリー 追憶5

「……なんだ? 森が騒がしいな」


真夜中は私達の活動時間。

何故かはわからないけれど、昼よりも夜の方が体が扱いやすいし、夜目がこれだけ効くのであれば、わざわざ動物達が覚醒している昼に狩りをする必要もない。


夜も更け、これから出かけようかと支度をしているとシュードが外の様子に気付く。外といっても私達が今いる洞窟のすぐ外の話ではなく、もっと遥か向こう側。森の入口辺りだろうか。ここから数十kmは離れているだろう。


「そうね。どうしたのかしら?」


森で暮らし始めてから私達は、森の奥深くにあった崖に自然にできていた小さな洞窟の中で暮らしている。洞窟を見つけるまでは森の中で気ままに暮らしていたんだから、今更たとえ野ざらしになったり雨に打たりしたところで、どうやら体調を崩したりなんかはしないみたいなんだけど、雨に濡れるのも気持ちが悪いから。


昔は厳しく感じた自然の猛威とやらも、今ではあまり気にならない。……むしろ食事のほうが重要なのよね。食事を減らすと目に見えて衰弱してしまう。

そりゃ、栄養を取らなきゃそうなるでしょってどころの話ではない。

私だって昔は殆ど食べ物も食べずに、泥水だけを啜って十数日くらいはどうにか生き延びる事ができていたのに、この体ではわずか2,3日食事を取らないとあからさまに体調を崩し、死の危険に晒されてしまう。

私が最初にこの森で気がついたときに、私の兄弟であっただろう子供達が消えていってしまったのは、子供だったからとかそういう理由ではないようなのだ。


そして食事に関しても、一番重要なのは動物の血肉を取る事。

もちろん果実や木の実、穀物なんかでもお腹は膨れるけど、あまり栄養の足しになっている気がしない。むしろ一定期間動物の肉や、その生き血を摂取しないでいるだけでも死に掛けてしまう程に深刻なのだ。


本当はこんな森の片隅にある崖下に根城を置くよりも、森のど真ん中に居座った方が効率はいいのだけれど……。それでも知恵や知識が無駄にあるとダメね。生活の質なんていう物を求めてしまう。


最初は自分の肌の色がこれだけ変わってしまったのだから、私達は何かの病気で、この森の中に捨てられたのではないかと思っていたのだけれど……。


それにしては不思議な事が多い。

今の所、子供の頃に狩りがまともに出来なくて死にかけたことはあったものの、それ以外に病気なんて一度もしたことがないし、怪我を負ったことすら無いほどの健康で丈夫な体。病気であるなら体のどこかが痛かったりだとか、痛くはなくとも不調が出てもおかしくないのに、そういうことも一切なく、むしろ前よりも調子がいい。

自分達で自分の体を傷付ける事はできるけれど、これだけ枝や葉が咲き乱れている森をどれだけ乱暴に走り抜けても、この体には傷一つつきはしない。昔の私なんて、少し硬い石の上を歩こうものなら、すぐに血が滲んで固まって痛くなっていたのに。病気で体が強くなったのだとしたら、どうせあのままじゃ私なんてすぐに死んでいたのかもしれないし……。運がよかったのかしら。


もちろん、私達が病気なのかもしれない懸念は晴れないのだから、あまり体に良くないようなことはね。なるべくしないほうがいいかもしれないし、雨に降られ続けていると泥に(まみ)れてあまり気分のいいものではないのよ。


結局、屋根のある場所を探したら、ここにたどり着いた。




私は、この暮らしに満足している。

病気なのだとしても、別に苦しいわけでもないし痛いところも無い。

どうせあのまま砂漠の村で生きていたとしても、生きていられる時間なんて然程(さほど)もなかったはずなのだから、こんなにいい場所にわざわざ捨てて行ってくれたのなら、あそこにいた大人達にも感謝しなくちゃいけないと思っているほど。


森の恵みと、私達が生きていくに十分なだけの命を戴きながら。

毎日弟妹達と笑いあって、何も無い幸せな毎日を静かに暮らす。


それ以上には何も望まないし、それ以上に望むものなど何も無い。


……たまに、数ヶ月ほど前に口にした人間の血と肉の味を懐かしくも思ってしまうけれど、贅沢などしてもしょうがないのだし。

また見つけたら狩ればいい。

あいつらの扱う銃や爆弾なんて、今の私達には脅威にすらならないのだから。




そんなある日。

十数年この森で暮らしてきて、初めての出来事が起こった。


今まで私達が狩りで追いかける事はあっても、向こう側から動物達が私達にコンタクトを取ってきた事など一度もなかったのに……。


黒い狼が1匹。

洞窟の前にやってきたのだ。


何も言わず、声一つ上げず。

ひれ伏す姿で、私達を出迎える。

まるで自分が供物ででもあるかのように。


気配を全く隠さずにここまでやってきたのだから、私達が気付いていないとは毛頭思っていないだろうし、ここに住み着いて今まで、この近辺に動物どころか昆虫一匹たりとも近づいてこなかったのに。


私達も、狂気に満ちて狩りをしているわけではない。

もちろん敵対行動を取られれば防衛もするだろうけど、それをされたのはあの4人組の人間に襲われた一度のみ。


森の動物達を、自分達の必要以上に殺めようとは思わないのだけれど。

動物達はそうは思ってくれていないようで、今まで友好的に近づこうとしても全く振り向いてくれなかったのに。


「どうしたの?」


そう言いながら、震える黒い狼の頭を撫でる。

……もふもふしていて気持ちいい。

私、動物は嫌いじゃないんだけどな。

人間は嫌いだけど。


……あれ?


知らない景色が突如脳裏に浮かんだ。


背の低い視界で、世界を置き去りにする速度。

これはもしかして……この子の走る景色……?

それもあまりにも鮮明で、つい最近の記憶のように映る。


「おい! アル姉さんどうした?!」


慌てたシュードが少し殺気立つのを抑え、そのまま景色に身を委ねた。


燃える森。

荒れる大地。

踏み荒らされる果実。

蹂躙される動物達。

人型をしているモンスターまでもが人間共に駆逐されていく光景。


見える景色の背が低いからすぐには気付かなかったけど、この風景には見覚えがあった。

ここは……この森の入口付近だ。


そして、踏み荒らすのは……

やはり、この世界の癌共だ。


《ヴァンパイアの王よ……》


脳裏に浮かぶ景色とともに、声が聞こえた。

私が弟妹達に教えて日常会話として使っている言語などではなく、もっと心に直接語りかけてくるような意識の言葉……。言語はわからずとも、意思が伝わってくる。


きっと、この黒い狼の声なのだろう。


「……ヴァンパイア? 誰のこと? 私はアルメリアと言うのだけれど」


《我々をお救い下さい……》


私の発している声は、私が知っている言語でしかない。

私の言葉が、この黒い狼に伝わるはずもなかった。


ただ、この狼が伝えたい事は伝わった。


この森は私達の家でもある。

そもそも、あんな人間等という害獣共に荒らされて放っておくのは癪に触る。


《こちらを……》


私の話している内容を理解できない黒い狼は、自分の思いを伝えるしか術がないようで私の声に耳を傾けることは無いようだ。

黒い狼が首にぶら下げていた黒い石を、爪で器用に外すと、鼻先で押して見せる。


「なぁにこれ?」


会話にはならないとわかっていても、疑問を口にしてしまう。




黒い石。

ただ黒いというよりは、透明な丸い石に光が通らないような。

そんなぼやっとした透明感を感じる石。


《我々の忠誠を》


そういうと、黒い狼がまた、ひれ伏した。




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