ヴァンプレイス・ストーリー 追憶4
「****!!!」
何を思ってしまったのか……。今でも自分の行動に理解ができないまま、私はその人間達の前に姿を現してしまった。それも、狩りの対象とするわけでもなく、敵対行動として攻撃をしかけるわけでもなく……。
何もせずに、ただそのままの姿で。
目の前の人間が、何を言っているのか理解できない。
聞いた事の無い言葉。知らない言語。
そして、私がどんな言葉を発しようと理解される事の無い会話。
結局その行為に対する答えは、明確で単純なものだった。
4人の男の内の一人が、隙を覗っていたのか、突然長剣を抜き放ち私の胸を貫こうとする。私は何の抵抗もしないまま、男の長剣が折れて吹き飛んでいくのを見守った。
明確な敵対行動。
驚く人間達と、そして私。
明らかに鋭く研いである鉄の武器が、自分の肌を傷つけることなく弾き返すなんて自分でも驚いた。今まで弟妹にかすり傷を負わされることはあっても、動物たちから攻撃されたことも無かったし、かすり傷をそれ以外に負うようなことなんて無かったのだから。
私だってこんな結果になるなんてわかっていたわけではない。
まさか突然攻撃されるなんて予想だにしなかった私は突然のことに戸惑っていると、弟妹達が怒り狂い、その場にいた4人の人間を一瞬で惨殺してしまったのだ。
思うところなど何も無かった。
人が目の前で殺されようと、私の心に揺らぎが起きる事はなんて、もうなくなってしまったのだ。
散らかる肉片。
さっきまで目の前にあった男の頭が、はるか向こう側の木の枝にぶら下がっている。
もちろん首から下はなく、顔はぐちゃぐちゃに潰れてるけど。
良い……匂いがする。
ぽたぽたと滴る血が、今までにない興奮を覚えさせる。
さっきまで怒り狂って、肉片を更に引きちぎっていた弟妹達も気づいたのだろう。みんなと一斉に目があった。
喉が鳴る。
この森の中に住み始めて数年。
ここ人間の里が無いことくらいは把握している。
つまり、さっきまでここに死骸のあった人間達は、何か目的を持ってここまできたと言う事だろう。
……これは麻薬だ。
弟妹達も覚えてしまったのだろう……。
人間という動物共の、血と肉の味を。
……
……
……
私が本当に人間でなくなったのは、その瞬間からだったと思う。
私には人間だった頃の記憶はあるものの、それは遠い記憶。
どうせ人間だった頃に良い記憶など無いのだ。
今では人間など……食料にしか過ぎなくなった。
人の味と言う物を覚えてしまったとは言え、この森に人里など無いのであれば、人を襲うには森を抜けるしかないのだけれど、興奮して今にも狩りにでかけようとしている弟妹達を諌め、私はそれから数年間、この森に留まり続けた。
弟妹達はとてもいい子達で、私の言う事なら素直に聞いてくれる。
物を覚えるのも早いし、会話ができるようになるまでに数ヶ月とかからない程、頭もよい。何故か私の中にあった森の中で生きる為の知識を弟妹達に教えると、それをすぐに実践できるのはもちろんの事、数ヶ月も経てば自分でアレンジを始め効率を上げていく。
人と同じか、それ以上の学習能力を持ち、身体能力は人が遥かに及ばない領域。
昔では無力だった私も、不思議な力に包まれるように色々な事ができるようになった。武器が無ければ打ち出せなかった鉄の球も、単なるその辺に転がってる石ころを自分の意思で弾いて飛ばせばもっと大きな威力をだせるし、弟妹が弾いたあの鉄の玉よりも早く飛んでくる石ころを止める事だってできる。
爆弾をイメージすればイメージした通りの場所が爆発し、望む被害を与える事ができる。そして、それらを弟妹達に伝えると、それぞれ得手不得手はあるものの、それぞれが自分の出来る範囲で取得し、各々が自ら修練して昇華していく。
かけがえの無い家族。
あのときの母親のように、もう二度と手放したくない家族。
私は、私を含めた4人に名前をつけた。
私の名前は「アルメリア」。
私がこの姿でこの森で起きたときに、自分の下敷きになって潰れていた花の名前。
そんな花の名前、知っているわけもないのに。
何故か脳が理解していた名前。
そして、弟妹達にも名前をつけた。
一番背が高く、体格もよく成長した男の子に「シュード」と名づけ、面倒見のよい女の子に「マリチマ」と言う名前をつけた。
最後の一人には「ジュニ」と名づけた。
シュードは体の成長が顕著で、私達の中でも一際大きな体に育った。
こんな体になっても性別はあるみたいで、私はどうやら前と同じ女のままらしい。
女なんて男に比べて力も付かないし……搾取されて蹂躙されるくらいなら、病気でおかしくなったところで男にでもなってくれればよかったのに。
そんな私の願望を全て持っているかのようなシュードは、特に力が強く身体能力が4人の中でも飛びぬけて高い。ただ、私の持っているような願望を力にする不思議な力は苦手みたいで、あまり得意気に扱えるようではないようだった。
逆に、不思議な力を私以上に自由に扱えるのがマリチマ。
私は昔怯えた銃や爆弾のような物理現象を起こす事はできても、それ以上のことは出来ないのに対して、マリチマは基本なんでもこなしてしまう。
獲物の先に罠を張ったり、どこに獲物がいるのか感知してみせたり、それこそ鉄の塊を打ち出さない遠距離攻撃を扱えたり。
私はといえば、丁度この2人の中間にいる感じで、とても中途半端なのだけれど。
それでも何故か弟妹達は私を姉として慕ってくれている。
最後にジュニは、一言で言えば内気な男の子。あまり言葉を話すことは無いけれど、表情で感情は読み取れるから大して問題は無い。その性格もあってなのか、ジュニが本気で隠れようとすると、私達がいくら探しても見つからないくらい、かくれんぼがうまい。
気配という気配が全て同化するせいで、視界に隠れる場所が何も無い場所でも、本気のジュニは見つけられなくなってしまうのだ。
この森の獣達は察知能力が高く、ジュニ以外の3人が少しでも近づこうものならものすごい勢いで逃げていってしまうのだけれど、ジュニが隠れながら近づいていっても、それに気付いた動物は今の所一匹もいなかった。狩りがやりやすいなんてものじゃなかった。ジュニが居てくれるから今まで生きてこれたといっても過言では無いかもしれないわね。
私が一番上の姉で、シュードが長男。
マリチマが次女でジュニが次男。
ただ森の中で、この家族と一緒に生きていくだけでもとても幸せ。
このまま、死ぬまできっと。
一緒にいようね。




