ヴァンプレイス・ストーリー 追憶3
私が記憶の中にいた自分と、今の自分が違う者だって事に気付き始めたのは、それから少し成長した後だった。
成長するにつれて、兄弟達の姿に人間らしからぬ特徴が出始めたからだ。
それに気付いてまさかと思い自分も確かめると、同じ特徴が現れていた。
ここには鏡なんていう便利はものは無いけど、水面に自分の姿を映すくらいの事はできる。わざわざ自分の姿を見ようだなんて思わない限り注意して自分の変わり果てた姿なんて見たくもなかったんだけど……。
これが病気による変化なのか、それとも私はあの森のど真ん中にたどり着いた時点でそもそも人間を辞めてしまっていたのか……。幼い考えなんかに身を委ねたってわかるはずも無い。
ただ正直、自分でも意外だったのは、自分の変化に絶望したのは一瞬だったことだ。思っていたよりも案外すんなりと自分自身を受け入れられたのは、人間という種族にそこまで希望を抱いて今まで生きてこられなかったからだろう。
青白い肌や、赤い爪と獰猛な黄色い瞳。それに伸びてきた牙に額には黒い角。
流石に私がいくら幼かったとは言え、今の私が人間だと言うのには無理があることくらいはわかる。その原因が病気のせいだったのか、そもそもこの場所にたどり着いていた時点で人間じゃなくなっていたのかは、その頃はまだわからなかったけど。どっちにせよ、もう私が人間ではないという事実をつきつけられたのにも関わらず、私はそれで満足したのだ。
人なんて生きていたっていいことなんてひとつもないんだもの。ここまで世界に必要とされていない種族なんて、他にいるの? ってくらい。そう思えば、別に人間なんてやめたって困ることなんて何にも無かったしね……。
それに、私には弟妹がいてくれる。
私を慕ってくれている3人の弟妹がずっと傍にいてくれれば、それでいいのだから。
弟妹がそれぞれ個性的な特徴を備えるくらいに成長してくる頃には、私の肌が黒かった頃の知識や、何故か知っている謎の知識なんかを頼りに、弟妹と4人で力を合わせて生きていけるようになっていった。
森は燃えてしまうから危険だと言われた記憶と、森はどうにかして生きていける場所だという記憶が混在していたり、爆弾の音や銃声がどれだけ経っても聞こえなくなっていることから、どこか違和感を感じながら日々を過ごす。
自分達で積極的に森の中を動くようになってびっくりしたのは、思っていたよりも森の中には生き物で溢れていたってことかな。子供の姿であれだけ何日も歩き回って、生き物になんて全くと言っていいほど遭遇しなかったのに、いざこちらから身を潜めて狩りに出かけてみると、案外この森は恵みに満ち溢れていた。
私達兄弟の身体能力も高く、この森で狩れない動物なんて居ない程。一匹だけ遭遇した、大きな森の主みたいな熊ですら、私達4人の敵にすら成り得なかった。
産まれてこのかた、森になんて入ったこと無かったから知らなかったんだけど、生き物は煮たり焼いたりせずに、そのまま生で食べるのが一番おいしいのも意外だったかな。特に滴る血がすごくおいしい。
穀物とか果物とか、木の実なんかはお腹の足しに少しなる程度で、活力になんて全然なりもしなかったのに、灰色の狼の群れを捕まえて色んな食べ方を試しながら食べてみたら、一番美味しいのはそのまま食べる事だった。それが一番お腹の足しにもなって活力も漲ってくるし、何よりものすごい力が湧いてくる。
その時は、もしかしたらこの狼だけが高級食材みたいなものなのかも? って、珍しい動物の可能性もあるのかとも思ったんだけど、その後森の中にいた青い毛皮の大きな熊とか、その熊よりも遥かに大きな猪なんかも狩って食べたりしてみたんだけど、結局一番美味しいのはどの動物も狩ってすぐに、そのまま調理なんかせずに生で食べてしまう事。湧いてくる活力や力も、どの動物でもそこまで変わりもないようだった。
昔配給されていた食べ物では、穀物なんかは色んな加工がされていたし、あの頃には高級すぎて数えられる程度しか食べた事の無かったお肉なんかだって、乾かすような加工がされたものだったのに、結局何もしないのが一番おいしいのなら、無駄な手間だけをかけて配給してくれたってことなのかな。
それとも、あの手間をかけることで日持ちでもさせていたのかな?
確かに、狩ったお肉はそのままにしておくと、数日も持たないうちに腐ってしまって臭いも強く、食べられないほどではないんだけど、おいしくはなくなってしまうから。
それでも腐ったお肉のほうが、前に配給してもらった加工されたお肉なんかの何倍も美味しいけどね。……もしかしてあれって、お肉じゃなかったのかもしれない。
いじわるとか……されていたのかもしれないね。悲しいけど、そう言う事だってありえるから。そんな世界だったわけだし。……もう、今となってはどうでもいいことなんだけど。
それから森で生活を始め、数年が経った。
狩りは順調すぎるほど順調で、私達が狩りをする事はあっても、こちらが何者かの標的になるなんてことが一度もおきることのない平穏な日々。
人間のような知恵のある種族は私たちのほかに森の中にはいないみたいだったし、私達がいくら獲物を追いかけようとも、どんな獰猛な牙や爪を持っている動物ですら、私達に反撃をしようとすることも無く逃げていく。
私達は、逃げいていく獲物を4人で囲んで狩り、そして日々の食料を得るだけ。
そんな順調すぎるほど順調な生活を続けていると、ある日突然、人間が数人で森の中へと迷い込んできた。装備を着込んで武器を構えて慎重に森の中へ進んでくる姿勢から、あまり友好的な雰囲気は感じない。
そもそも私達を捨てたかもしれないような種族に興味なんてもう無かったんだけど、やっぱりどこかに人間としての意識が残っていたのかな。
ずっと憎しみ以外の感情なんてなかったはずなのに、時間の経過で憎しみが薄れてしまっていたのか……。私はその人間の前へ姿を晒してしまったのだ。
今思えば、なんであんな馬鹿なことしちゃったんだろう。
人間なんか期待する価値も無いんだってことくらい、分かっていたことなのに……。




