あのときから、ボクってどれだけ成長してるのかな。
もちろんボクがわざわざこのクエストに組み込まれたのには理由がある。
そうでもなければ、折角ひとつのクランで受けていたクエストなのに、わざわざ分け前の発生してしまうような外部の人間を組み込む理由なんてないもんね。
もちろんその理由は明確。
シュヴァルツ・クラウンウルフに対して確実に有効な攻撃手段があること。
ボクが防具としてその有能さを十分に体験しているし、例え何かしらの方法でシュヴァルツ・クラウンウルフを倒せる人がいたとしても、ここまで綺麗に加工できるように捌ける人は珍しいはずだしね。さらには髪飾りにして誰の目にも付くような場所にシュヴァルツ・クラウンウルフ独特の魔宝石を身に着けていたりもするわけだし、これだけ揃ってて自分で狩れないだなんて、誰も思わないでしょ。お金積んだって手に入るようなものじゃないって、この防具を作ってもらう時にヨルテさんだって言ってたしね。
シュヴァルツ・クラウンウルフという魔獣はものすごく防御力が高いことで有名な魔獣の一種。まさかこの世界では、プレイヤーにゲームを快適にプレイさせる為の仕様みたいに、敵の防御力が高いから攻撃力は低いなんて都合のいい設定になんてなっているはずもなく、防御力が高すぎて攻撃は通らないくせに、攻撃力も機動力も超一流で、しかもウルフ種のくせにスキル持ちで魔法で遠距離攻撃までしてくる万能型魔獣。なんとも厄介この上ない魔獣として広く知られている。
人がいくら身体能力を強化したところで、ウルフ種の……ましてや高位進化種であるシュヴァルツ・クラウンウルフから逃げる事なんて、どんな場合だってできるはずもなく。そもそもこの魔獣から逃げ切れるだけの実力があるのなら、倒せる実力だって持っているはずだってことになりかねないわけだ……。
あ~ん~……気配とかを消すスキルなんかあれば、もしかしたら逃げ切る事もできるかもしれないけど……。でもさ、こいつ。ボクのクリアの魔法で気配や姿をすべて消しても看破してきたくらいなんだよ? あの頃はボク自身、魔覚っていう第6感があることを知らなかったから、多分魔力を感知されたんだろうけどね。とはいえ、じゃあ視覚と聴覚と嗅覚と魔覚を一気に消せるような便利なスキルや魔法があるのかって言えば、ボクは自分のクリアくらいしか知らないし、そもそもかなり燃費性能のいいクリアの魔法ですら、そんなの全部消してたらゴリゴリ魔力量を削られてしまう。つまりは、この魔獣の感知から逃れるなんてそうそうできる事じゃないってこと。
まぁクリアなんて便利な魔法の適正がある人なんてそこまでいないだろうし、そもそもこの魔法はまだ世に出ていないはずだしね。しかも、それを使えたとしても、ボクと同じだけの魔力量が無ければ意味もない。そんな可能性は排除されるとすれば、逃げ切れないのなら遭遇してしまったら後は戦うしかなくなってしまうわけだ。
エンカウントすれば逃げられず、しかも攻撃が効かないなんてことになってしまえば、諦める他なくなってしまう。こんなのゲームの敵として出てきたら、無理ゲーとか言われて酷評されるに決まってるよ。なのに、現実はいつだって無理ゲーなんだってさ。
なんか前置きが長くなっちゃったけど、シュヴァルツ・クラウンウルフとの戦闘が想定される場合、確実にあの分厚い防御力を貫通できるだけの攻撃手段を用意しておかなければならないわけだ。
その点、ボクなんかはその証明を着て歩いているわけだからね……。
分かりやすいことこの上ないでしょ?
そんなこんなで、このクエストに呼ばれてここにおるわけですよ。
はい。
「ローレッッッジ!!!」
チノンさんが1匹、チノンさんのパーティとして一緒に行動していた男性2人がかりでもう1匹と、2匹のシュヴァルツ・リングウルフを引き受けたところで、チノンさんが叫んだ。
2人がボクの前に飛び出していってから、ブラックウルフ戦とは違い今度はこっち側が吹き飛ばされてしまったように、押さえつける事ができているわけではない。むしろ戦闘が始まったばかりではあるけど、このまま個別に戦い続けてしまえば、先に崩れるのはチノンさん達の方になってしまう。
後ろからものすごい勢いでローレッジさんが駆けつけてくる。
「任せろぉっっ!!!」
ボクとシュヴァルツ・クラウンウルフが睨みあう間をすり抜け、ローレッジさんが先制して切り込んでいくと、優雅に身を引く黒い狼が、置き土産に赤い棘をローレッジさんに向けて射出した。
もちろんローレッジさんがその程度の攻撃をくらうことなどなく、距離を詰める速度は落とさずに、すれっすれで回避し、そのまま身を翻す狼に向けて追撃を始めた。
「シロ子! 俺が止めるから頼んだぞ!!」
ん? シロ子ってもしかして、ボクの事か……。
「は~い!」
とりあえず呼び名なんて今はどうでもいいからね。
ブラックウルフと比べて、シュヴァルツ・リングウルフでさえ一線を画しているような強さの違いがあるのに、さらにそのシュヴァルツ・リングウルフに比べてもクラウンウルフはもう一線を画してしまっている強さ。
……ボク、よくあんなのと対峙させられて生きてたな……。
更に厄介なのは、シュヴァルツ・クラウンウルフにはどうやら見えないはずの次元魔法すらも見えているようだと言う事。
まぁそりゃマナ感知能力が高いんだから、魔力の残滓みたいなのが見えるのかもしれないけど。とにかく、視覚以外にも見えてるものが多すぎて、いつもの様に適当に次元魔法を設置しようとした所で、全く当たる気配すらない。
次元魔法をあてるにしても、ボクなんかより遥かに身体能力が高いローレッジさんがクラウンウルフと踊るように戦っていれば、間違えてローレッジさんに当たってしまいかねないわけで。ここはローレッジさんを信じて相手を止めてくれるのを待つしかないのだ。
「ローレッジィ! 早くしてよもう!」
「俺ももうもたねぇんだがっ!?」
「るせぇ! もうちょっと踏ん張りやがれ!!」
とは言え、クラウンウルフは四足歩行時で人と同じだけの高さがあるほど大きな狼。いくらローレッジさんが魔法で身体能力を上げて、力を底上げしていたとしても、それが相手も同じなのであればどうしたって体格的に不利。
それをボクからしてみればちょっと信じられないような腕力を以って押し返すローレッジさんも、長期戦は全く想定していないだろう。援軍を期待してちらっと後ろを振り返るも、真っ黒に染まった地獄のような世界が視界に映し出され、そんな期待も簡単に打ち砕かれた。
あんな大量のブラックウルフ、どこから湧いてきてるのよ……。
ボクだってただローレッジさんを待ってるだけなのは歯がゆいけど……。
身体能力が違いすぎて、皆の近接戦闘の援護にはならないんだよ。
むしろ、ボクがここから動くことでリングウルフのターゲットがボクに向いたりしたものなら、チノンさん達の努力を無駄にしかねないし、そうなれば全員がボクとそれぞれの狼との間に強制的に体を入れて止めにかかるだろう。
その瞬間、今の均衡が崩れてしまう。
最悪ルージュ達を呼び戻してしまえば、状況は簡単に打開できるだろうけど。
でも、それよりも前に出来る事はやっておかないとね。
向こう側から群がってくるブラックウルフの量が尋常では無い数になっていて、それをせき止めているであろうヒュージさん達も、これ以上ここに戦力を割ける状況ではなさそうだ。
援軍が期待できないのであれば……
「ちょっとこの空間囲んじゃうからね!」
ボクが何を言っているのか理解できなかったのか、この場にいる3人から返答はないものの、次元牢獄でボク達とシュヴァルツウルフ種の3匹を大きな空間ごと隔離してしまう。
もちろん2重にして視覚化しておくことも忘れずに。
「なんだ?!」
「どっちの魔法だ!?」
「あ、ボクの魔法だから大丈夫だよ!」
「ちょ、ちょっと! どう言う事? 何してるの!?」
一見すれば、後続の支援を断ち切ったように見えちゃうからね。本当は相談しながらやりたいことも、戦闘中にいちいち敵が待ってくれるなんてありえないから。
敵の機動力が高すぎるのであれば、機動できる範囲を狭めてやればいい。
ヒュージさん達がいくら大量のブラックウルフ達をせき止めてくれているとはいえ、量が量なわけで。これ以上ここにいる味方の4人に、ブラックウルフ1匹でも張り付かれたら戦況が一変しちゃうだろうし、一刻を争うのは、進化種と戦っているこちら側も、下級種とは言え馬鹿げた量の狼と戦っているあちら側も変わらないのだから。
その意図に先に気付いたのはシュヴァルツ・クラウンウルフだった。
ローレッジさんを無視して、こちらに突っ込んでくる。
……その動きはね。一度見ているから。
目の前でね。




