War involving the continent
「テリア、これをお願いね」
「あいよ」
会議の間に纏めた書類を、外で待機していた姫騎士の子に渡す。姫騎士の“子”って表現するには、ちょっとゴツすぎるかしら……。彼女。
折角支給した姫騎士隊の高級防具も彼女の筋肉で変形してしまっているし、それは自分のスタイルに合うようにカスタマイズするのは自由だけれど、流石にあそこまで装甲を排除されてしまうと私としても防御力の面で心配にはなるのよね。
……彼女曰く。並みの鉄鎧程度なら着ていない方が防御力が高くなるのだそうよ。
信じられる?
「肉体は鋼より強い」
が彼女の持論なんですって。
方向性が違うけれど、ある意味レティより馬鹿げているわよね、彼女。
茶色の姫騎士隊服。
もちろん鉄製なんかじゃないわよ?
鉄製の鎧は伸縮性が無いから着てもすぐに破けるんですって。
……鉄が破けるなんて言葉、初めて聞くのだけれど。
支給している指揮隊服は最高級品で、本来とても頑丈にあつらえてあるのよ。そもそも鉄なんかじゃなくって、黒天鋼や白斑鋼といった鉄よりも軽くて硬い素材を使っている子だっているのに、それすらも嫌がるんですもの。本来形が崩れるなんてことありえないのだけれど。
隆々と盛り上がった筋肉が女性的なフォルムを残すことを一切許さず、腕1本とっても……ね。王城で見かけるような、鍛えている男性兵士の足の太さと比べても倍はあろうかと言うほど太く逞しいのよ。すごいでしょう? そんな彼女が、私が渡した書類の内容を確認もせず、届け先も聞かず、更には期限も何もなく走り去っていってしまった。
筋肉をあそこまで鍛えるというのは、生半可な事じゃないのでしょうね。特に女性ならなおさら。頭もかなり切れる、とても優秀な子。
「……帰るわ。後はお願いね」
「はーい」
「……はい」
王城の会議場を抜け外へ出ると、見慣れた馬車が一番手前につけてある。いつもレイラとライラが出迎えてくれるのは、一番年が近い子だからってところかしら。
「お疲れ様でした」
「おつかれさま。どうだった?」
馬車の中に入ると、いつもの2人が待っている。
これもいつもの事。
「そうね……。この戦力じゃ話にならないでしょうね」
「あーあ。私も子供くらい産んどきゃよかったかなぁ……」
「貴女くらい、残しておいてあげてもいいわよ? ま、航空戦力は激減するでしょうけど、貴女からすれば戦場に出るよりも余程子を残すほうが重要ですもの」
「ええ。ティオナ一人いないくらい、私がどうにかしましょう」
「あ~……はいはい。冗談。冗談ですよ」
先のモンスタパレードでは、国の存亡をかけた戦いとなった。
……なってしまった。あの時でさえ、もう少し情報が遅れていたら間に合わなかったかもしれないほど切羽詰ったものだったのだけれど。それなのに、まさかその先まで後詰を用意されているなんてね。
ここまで用意周到に攻められたのでは、私の負けかしら。
積み上げてきた物が崩れるのなんて、ほんと一瞬。
「で? あの悪魔共がもうこっちに切り上げてきてるってことは、相手の戦力規模は把握できてるんでしょ?人間はどれくらい残ってるの?」
「……」
その言葉に、ヴィンフリーデとティオナの視線が真っ直ぐ私へと向く。
「……0よ」
「……え?」
「はい?」
「フリージア・カルセオラリアは、全人類が既に人間、やめてるらしいわ」
「うわ~……まじか~」
「辛い……ですね」
ティオナが天を仰ぎ、ヴィンフリーデが地を俯く。
「ヴァンパイア化出来ず、残ってしまった人間だけが、全てエリュトスへと送られて飼われているのよ。本人達はそうとも知らずに……ね」
そして、使い捨ての駒として戦争へと送られてくる。
……悲惨よね。
「やっぱり、全部がヴァンパイアなの?」
「いいえ。可能性としては多くて2割ほどらしいんだけど、別種も確認できたそうよ」
「別種?」
「よくわからないのだけれど。精霊種で人の精神を乗っ取るような種族もいるんですって。……それに、既に最初から人間ではなかったような種族も、もう住み込み始めているみたいね」
「モンスターの楽園、と言った所でしょうか」
「ヴィンフリーデのくせに、面白い言い回しをするわね」
「うぬっ……」
ヴァンパイアと言う種族は、昔から確認されていたモンスター……の一種と見ていいのかしら。影の世界に住む住人。正確には精霊と人間のハーフなんだそうなんだけれど、この国が始まる以前から確認されていた種族なんだもの。現代ではそういった認識はあまりなされていないわね。
歴史上では、ヴァンパイアが支配していたって言う国があったのだけれど、ヴァンパイアは自分達の食料である人間が絶滅していしまうと自ずと自滅してしまう種族なのよ。
ヴァンパイア共にとって食料である人間の生死など関係なく、同種だからと人間を譲り合う精神など持ち合わせてもいない。只同族だけが仲間で、人間を狩りつくし、同種を絶滅させた一族だけがどこかへと消えていき、その都度ヴァンパイアは歴史からいなくなり……忘れた頃にどこかから目を光らせる。
毎年のエリュトスからグルーネに対する不可解な戦争の継続は、そういう理由があったっていう訳。もちろん住んでいる人達は、そんなこと夢にも思っていないのでしょうけれどもね。
ヴァンパイアは食事の量が明らかに人類よりも少くて済むから、今まではあれだけできっとよかったのでしょうけれど……今、フリージアもカルセオラリアも、人口が爆発的に増えてきてしまっている。
ああ、“人口”ではないわね。モンスター数かしら。人では無いのだから。
今まで私が個人で得た情報では、フリージアとカルセオラリアのどちらかがヴァンパイアの傀儡国になっているかもしれないという情報だった。それが、レティの契約している悪魔のルージュさん達に調査して貰ったら、あらびっくり。
もう全員人間やめてたって話じゃない。
いつから既にそうなっていたのか。そもそもロトとグルーネを巻き込んだ戦争へ持って行こうと画策していたのは、いつから始まっていたのかしら。
兎にも角にも。
私は明らかに相手に出し抜かれちゃったって訳。
……これ以上、負けるわけには行かないのよ。
私の代で、この国を潰させるわけにはいかないのですから。
その為に必要な戦力が、このタイミングで現れたことは……もしかしたら亡き賢王様からの最後のプレゼント……なのかもしれないわね。




