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赤髪の妹は、いつも通り説明を放棄します。

炎の渦が天へと舞い上がっていく。

ダメージを受けるどころか、服の欠片すらも焼けていないシトラスと名乗った子供の姿をした悪魔が、巻き上がる風に吹かれながら炎の柱の中心に舞い降りる。


ギンッ!

「ぬぅっ!!」


目が合った瞬間。ものすごい恐怖がフレイドラを伝ってあたしにも伝わってきた。

恐怖で硬直する体に、一瞬で悪魔のような無表情な子供が飛び込んでくる。

悪魔のような、じゃねぇ。悪魔だったな……。


間一髪ホーラントが間に入って受け止めてくれたが……。

あたしは今、精霊に体の主導権を奪われてしまっていて動かすことができない。


「ぬぐぐ……ぐぅ……は、はやく! 体をフラに返すのである!!!」

『わ、悪かったわね!代わるわよ!』

「遅ぇんだよ!!」


あたしの体に舞い上がる炎が一瞬揺らめき。すぐに落ち着いてゆく。

体に湧き上がる力と、ものすごい速度で抜けていく魔力を同時に感じる感覚。この状態になったのは何年振りだろうか。


「金剛っ!!」

「一突っ!!」


一瞬遅ければホーラントごとあたしも吹き飛ばされていただろう。

次元収納から刀を引き抜きホーラントの肩越しに突き刺すと、切っ先を見事に体を逸らしながら躱し、悪魔がふわっとそのまま後ろに飛び退いた。


そのタイミングを見て囲んでいた仲間が四方八方から攻撃を仕掛けるが、吹き飛ばされていくのはこっちの仲間だけ。死角からの攻撃がいとも簡単に回避され、突き抜けた先で味方の攻撃と交錯する。

交錯した武器をまとめて弾かれ、一度に何人もの仲間が囲いを崩された。


一度に囲ったのは8人。

すべてが吹き飛ばされるまでに掛かった時間……わずか8秒。


悪魔の追撃を防止する為に前衛が吹き飛ばされた瞬間、一斉に後衛からの魔法が飛ぶが……やはり何の手傷にもならなかった。



「ぬぅ。まずいのであるな」

「あれが他に2人いるっていうの? 冗談じゃないわよ……」


あたしの前にはホーラント、後ろにはメル。

他の仲間達は、攻撃は与えられずとも被害を受けてもいない。一定の距離を保ち包囲は崩さないままにらみ合う。


「おい、シトラスとか言ったな。」

「はいなの! いいお名前でしょう?」


包囲したまましばらく経つが、悪魔の方から仕掛けてくる気配を感じないため話しかけてみると、意外と会話には応じてくれるようだ。むしろ名前を呼んだら喜んだ? 本当に子供のような表情を見せるのは、油断させるためか?


「後の2人はどこへ行った?」

「……もう国境を抜けていったの」

「……」


なるほど、こいつは陽動でまんまとしてやられたわけだ。


「目的はなんだ?」

「秘密なの。言えるなら最初から話して通るの。貴女達おバカさんなの?」

「っ!」


幾人かは悪魔の挑発にいら立ちを見せるが、あれは悪魔のスキルだ。悪魔の言葉は魂に直接作用する。それを考えれば話し合うなど以ての外なんだが、実力で押さえつけるにはこちらにもリスクが高すぎる。敵対する意思は感じられないしな。

こちら側からいくら攻撃をしかけても大した反撃すらしてこないし、唯一攻撃を仕掛けてきたのもあたし達に対してではない。フレイドラに対してだ。……まぁフレイドラがやられれば実際あたしも死んじまうんだが。




フレイドラっつーのはあたしの契約精霊だ。

炎の精霊で人格を持つ上位精霊の一人。

うちの家系は代々上位精霊との契約を結んでいて、本家の人間であれば全員が上位精霊を体に宿す契約をする。その際に取得するスキルが『精霊武装』だ。そして、精霊武装には3つの段階がある。

単純に精霊の力を借りる『精霊武装』

精霊そのものを憑依させる『精霊憑依』

あたしが完全に精霊の力を開放する『精霊融合』


精霊武装の特徴は、精霊の力の一部を借りるだけだから魔力の消費が少なく燃費が良い。あたしは別に魔力量がヴィンフリーデ達程あるわけじゃねぇから、メインで扱うのはこの状態が多い。

精霊憑依は、さっきみたいに精霊に主導権を握られる代わり、精霊本来の力が発揮できる。精霊の特徴よろしく、魔力を大気中の魔素から直接取り込んで消費もできるおかげで、あたしの魔力量以上の力は出せるが、フレイドラは魔法士タイプなのにあたしの身体が戦士タイプなおかげであまりフィットしない。

最期の精霊融合は、あたしがフレイドラの力を完全に借りることができるが……魔力量が圧倒的に足りない。最後の手段としてすら、成り立たない程に。


そして、精霊憑依状態から主導権が返ってきたという事は……今はまさに強制精霊融合状態となってしまっている。あたしの魔力量的にそろそろ時間切れ。会話でこの場を切り抜けなければ、たとえ今のところ相手に戦闘の意志が無いとはいえ最悪死者が出ることになってもおかしくないだろう。


最悪を考えればそうなる。パーティメンバーの顔も暗い。


……が。

この状況はあたしの考える理想に近いかもしれない。


まずこいつは上位精霊であるフレイドラを完全に見下している。

一般的にあたし等人間と交渉できるのは上位精霊まで。上位精霊の上には主位精霊という奴らもいるらしいが、何故そことは交渉できないのかってそりゃ、交渉するだけで求められる魔力が圧倒的に足りないからだ。


もちろん上位精霊の中にも力量差ってのはピンからキリまであるだろう。

フレイドラが対等に話をしていたってことは、このシトラスってやつは実力はフレイドラを遥かに凌ぐのかもしれねぇが、上位精霊なんだろうな。


『…………!!!』


あたしとフレイドラは意識は共有しているから、そんなことを考えていると肯定の意と否定の意が一度に返ってきた。なるほど、現状実力にここまで開きがあるのはあたしの魔力不足だと言いたいらしい。そりゃ悪かったな。あたしはそもそも魔道士の才能はそこまで高くねぇんだわ。


そして、あたしがした質問の答え。

悪魔が3人で間違いないようだ。それも敵対ではなく同じ目的を以って。

悪魔は本来、あまり群れる性質を持たない。他の属性の精霊と比べてもそれは顕著で、たまたま別の意志を持った3人の悪魔がこんな時期にこんな場所で……全く関係性も無く別々に感知に引っかかるなんて希望的観測である位僅かな可能性でしかなかったわけだが、やはり3人の悪魔が同じ主人を持ち、意志と命を以て動いているということになる。


しかもさっきフレイドラが口走っていたが、目の前にいるこの悪魔は受肉しているのだ。この世界に生を受けている存在。単純に悪魔に願い事を叶えて貰うのとは桁違いの魔力が必要で、それも上位悪魔に受肉させられる魔力量の持ち主……?

しかも、ここに残ったのが上位悪魔で陽動として残っているというのは、悪魔の本質から考えれば確認されている他の2体の悪魔も、同等の上位悪魔だと考えていいだろう。悪魔が陽動に残すのであれば、切り捨てられる戦力である可能性が高いからだ。

ははっ。考えたくもない。

……だが、上位悪魔3人を従えるなんて、そんな馬鹿げた魔力持ってるやつ1人しか心当たりがねぇんだよなぁ。もしそれが正解なら、あいつ……この戦争中になんてことしてやがんだよ……。



「お前の主人は誰だ?」

「言わないの」


「全身が真っ白い奴じゃねぇか?」

「……」


一瞬眉が動いたのを見逃さない。

本来悪魔が人間の質問に反応することなどありえないが、その相対する人間が主人の知り合いともなれば悪魔たちにとって状況が一変してくる。

どんな命令を出されているのかしらねぇけど、あいつがエリュトスに下って動いているとは思えないからな。グルーネ国内の戦闘で極力人を傷つけないように立ち回ってるところをみりゃあ、こいつはこれであたしたちに尚更手が出しにくくなるわけだ。


「はぁ!?」

「な、上位悪魔であるぞ!?」


“白い奴”に心当たりのあるメンバーが2人、反応した。

そりゃあたしだって信じられねぇけど、シトラスとやらが否定しないって事はそういう事じゃねぇか。戦争が始まる1週間前に別れてからこの短期間に一体何したらこうなるってんだよ……。


「はぁ……。おまえ……ら……っ!?」

「これは、どういう状況で?」

「なっ……え!?」

「いつの間に……」


囲んでいたはずのシトラスの真後ろに、今度は赤い女の姿。

肌の色は浅黒い。瞳も髪の色も真っ赤。

気のせいか? 体のフォルムがあたしと同じような曲線をしている。


咄嗟の出来事に仲間が一斉に武器を構えた。

まずい。こいつは戦うべき相手ではない。


「やめろっ!!」

「フラ様!? どうして! 3人集まる前にどうにかしねぇとまずいでしょうにっ!!」


「その女、あたし等で敵う相手じゃない。主位悪魔だっ!」


フレイドラが怯えているのが伝わってくる。


「あ。ルージュ様! もう終わったのですか?」

「ええ。今回は簡単な作業でしたから」

「る、ルージュ様! そんなところに出て行っちゃだめですよっ!!」


いつの間にかルージュと呼ばれた悪魔の足元に、もう一人子供の悪魔が増えていた。シトラスとやらと瓜二つで、目の色が左右対称。こいつも上位悪魔か……うわ。どんどん疑念が確信に変わっては行くけどな……とんでもねぇことしてるやがんぞ? あいつ。国でも滅ぼす気かよ……。


「珍しいですね。シトラスが突破できないとは」

「ごめんなさい。殺さないのは難しい程度には強かったの」

「ふむ……。あら、貴女は……」


こっちを見ている? あの女もフレイドラを感じているのだろうか。


「戦争の時にお見かけいたしましたね。主様と同じ陣営にいた方でしょうか」

「……その主様ってのはレティーシアの事でいいんだよな?」


「やはりご存知でしたか」

「あ。やっぱりご主人様のお知り合いなの?」


「その様ですね」


味方が大分混乱している。

……そりゃ当たり前だよな。

あたしだって悪魔の話してる人物とあたしが思い浮かべている人物が同じ人物かどうかわからなくなってきたんだわ……あ~信じられねぇ。ほんと……。


「ま、待って。ちょっと待って。理解が追いつかないわ。……え? 何? 主位悪魔の契約精霊!? 聞いたことないんですけど!?!? レティ子ちゃん何やってるの? 国でも滅ぼすの?」


まじで。本人の前で問い詰めてやってくれよ。

……はぁ。バカバカしくなってきた。


あきらかに戦闘態勢を解いたあたしを含めた3人を見て、パーティメンバー全員の戦闘態勢も解かれた。混乱はしているようだが、危機はないものだと察知してくれたらしい。


正直こいつ等への説明の仕方がわからねぇわ。



……いいや、もうめんどいし。ほっとこ。

いや、あいつはマジで説教してやんねぇと気が済まねぇんだけどな。





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