赤髪兄妹は、冒険者ギルドの依頼を受けます。
投稿遅れました。
物語の性質上、視点がコロコロ変わるので3人称視点と1人称視点が入り乱れてます。
「お~い。レティーシア~いるか~?」
ドンドンと扉を叩くが返事が返ってくる様子は無い。
わかっちゃいたが、やっぱりいないか。
あまり普段学園の女子寮に来る事はないが、夏休みに入っていることもあり、それにしたって全くと言っていい程人の気配もしない。いたらラッキー程度で来てみただけで、いるとは思ってなかったが。あいつの場合、気配がしなくても不思議じゃないから部屋まで寄ってはみたものの、やっぱりいないか。夏休みってより他の連中は戦後処理で忙しいんだろうけど、あいつはまだな……仕事なんてねぇだろうし。普通に実家にでも帰ったか? こういう時は移動中を捕まえられねぇあいつのスキルは本当に厄介なんだよな。あたしが移動してる間にあいつは他の場所へ直接移動できるわけで、動きを把握できないと一生捕まえられねぇし。
まぁ、それなら仕方ねぇ。
『お~い。聞こえるか~?仕事だ。……内容はグルーネ・エリュトスの国境を不正に抜けてる3人組の捕捉。できれば捕縛だな。できなければ殲滅だ。戦力は未知数。メルは強制参加な。すぐに戻ってこい。』
小さな掌サイズの球体の形をした魔導具を取り出し、独り言のように呟く。
すると、勝手にウインドウが立ち上がった。
ウインドウの画面越しにメルが反応する。
「はぁ? あんた私今どこにいるか知ってるわよね? 未開拓地の真っただ中よ? そんなすぐに戻れるわけ……」
「まだ魔人が動いてる可能性がある。」
「……1日頂戴。今すぐ抜けたらパーティが全滅するわ。」
「3日まで待てるぞ。」
「……1日で帰るわよ。」
「じゃ、待ってるわ。」
ブツンと画面が消えた。
「っと、後必要なのは……」
必要な人材を確保し、戦力を揃える。
うちのメンバーでだって、あのイカれた戦力が揃っている姫騎士隊の目を欺いて国境を越えるなんて芸当ができる奴なんざ一握りしかいねぇんだ。揃えられるだけ揃えておくに越した事は無い。もしも相手が潜伏なんかに秀でているだけなのであれば、それはそれで楽なだけだしな。……まぁそんな事になる可能性はありえないだろうが。
※ ※ ※
クランという組織は契約上の存在であり、それはパーティもまた一緒。
本来それぞれ所属するメンバーが自分の拠点となる家や借り宿を持ち、冒険をするなら冒険者ギルドへ、商売をするなら商業ギルドへと集まり行動を開始する。
ただ冒険者ギルドであれ商業ギルドであれ、トップのクランやパーティなんかになればなるほど金が有り余ってたりするもので、大体がそれぞれ個別にアジトを持っており、街ごとに支部拠点がある大手クランなんかももちろんある。プトレマイオスというクランもトップクランの例外に漏れず、アジトはもちろんの事、街ごとどころか平地に一軒家どころではない巨大な建物がぽつんと建っている様な拠点すら所持しているクランだ。
未開拓地 辺境 プトレマイオス前線臨時拠点ハウス内。
「で? フラはなんて言ってたんだい?」
赤髪の男性がソファの後ろでコーヒーカップを片手に窓の外へ話しかける。
窓にはソファの向こう側で忙しそうに荷物を纏めるメルの姿があった。
「戦争で暗躍してた魔人戦がまだ終わってないから戻ってこいって。もう訳がわかりませんよねー。」
かちゃん。
ソーサーにカップが置かれる音がする。
メルがソファの上に散らかった荷物を取りに男性に近づくと、後ろからそっと伸びてきた腕に抱きしめられた。何の抵抗もしないまま、メルが荷物をまた、ソファの上に手放す。
男性の背が高いのか、中腰のメルを後ろから抱きしめていると包み込むかのような身長差が見て取れた。身長が高いだけではなく、体格もかなりよさそうだ。
「気をつけてね。」
「……はい。」
男がメルの後ろから頬にキスをすると、メルがお返しに首に回っている手の甲へとキスを返す。少しの沈黙が続くと、すっと腕が離れた。
沈黙が続き、メルが支度をする音だけが部屋の中に響き渡る。
トントン。
「メルゥ~? 準備できた~?」
がちゃ。
返事も待たずに開いたドアからは、眼鏡を掛けたオールバックの女性が覗き込んだ。
後ろで髪の毛をまとめてポニーテールにしている。
「げっ団長。こんな所にいたんですか。あ~……お邪魔でした?」
「いいや? 邪魔をする気はないからね。」
「でもメルの支度が終わってない所を見ると、結果邪魔だったと思いますよ? 団長が。」
「そ、そうなのかい? メル……」
「い、いえ。そ、そんなことは……」
恥らうメルはあまりクラン内でも見る事ができない貴重なシーンだ。
「はいはい。そういう空気はもういいから。メルは後1分以内に支度を終わらせなさい。送りのパーティは既に組んで玄関に待たせてるんだから。団長は邪魔だからそんなところで格好つけてないで明日からの再編成手伝ってくださいよ。ほんと。ミネ、嘆いてましたよ? 団長がどっかいって全然帰ってこないって。」
「あ、ああ……。それは悪かったね。すぐに戻ろう。ミネの機嫌を損ねると後が怖いからね……。ではメル。又戻ってきたらね。」
「は、はい……。」
かちゃり。
団長と呼ばれた男が、静かに音を立てないようにと扉を閉めると部屋の中には女性が2人だけ取り残された。
「はぁ。あの人ってば戦場から離れると頼りがいないっていうか……。貴女、よく団長と続くわよね。どうせ1日も持たないって皆思ってたのに。」
「し、失礼ね。ギャップがいいんじゃない! ギャップがっ。」
「……むしろ貴女の恋してる姿の方が、ギャップ以外の何物でもないわね。私、貴女に萌えそうよ。」
「やめて。私にその気はないから。」
「あっそ。口はいいから手を動かしなさい。」
「貴女がっ……!」
「1分経ったんですけど?」
「もうあっちいっててよっ!!」
ポニーテールの女性が部屋から出て行こうとすると、顔を真っ赤にさせたメルが部屋の向こう側を向いているのが、扉の隙間から消えていく。ちなみに手は……動いていない。
廊下には「もうっ!!」というメルの声だけが、扉の向こう側から響き渡った。




