♥妹弟達の王都開拓。
夕暮れ時も終わり、宵の時間になってきた。もう日の当たらない時間。
春になってようやく日の当たる時間も長くなってきたとは言え、まだまだこの時間になってくるとすぐに暗くなってしまう。もうすっかり建物の影も無くなってしまうと、路地裏から見える室内はとても明るくて眩しかった。
中へ案内されて入ると、一定間隔ごとに灯火の魔導具が壁にいくつも掛けられていて室内を煌々と照らしている。
……流石。王都のお店よね。こういう所にこんな数の魔導具を置けちゃうなんて。
扉の先はそのまま厨房へと繋がっていて、そこから厨房を突っ切った先にある休憩室のような部屋に通してもらうと、案内してくれたおじさんが『ちょっと待っていなさい』と言い残して出て行ってしまった。
ジークと2人。休憩室のようだと言っても個室になっているわけではなく、厨房の片隅にただ作ってあるだけのスペース。椅子に腰を掛けて待つことにする。厨房の向こう側にはお客さんの食事スペースであろう大きなテーブルに椅子が4つ。左右に2つずつ並んでいて、どれも木で出来ている。
この建物自体も木で出来ている様で、部屋の殆どが茶色一色。それと魔導具の照らす優しい光が合わさって、黄色で木の温かみを感じるような造りになっているようだ。
私、こういう建物好きかも。だって、なんとなくマーデンを思い出すんだもん。ま、村の建物はこんなにしっかりとなんて、出来ていないけどね。
この場所からすぐ先が厨房になっていて、視えている限り厨房に立っているこのお店の店主であろううおじさんしか見当たらない。他の従業員や、お客さんとか……他に人はいないのかな……? 厨房って事は、ここは多分お食事処よね? これからお夕飯のお時間なんだけどね。もしかしたら冒険者の人達は少し帰ってくるのが遅いから、それに合わせてるのかもしれないけど、それにしたっておじさん一人で切り盛りしてるのかな? う~ん。それにしては厨房が広い気もするけど……。
そんな事を考えながらずっと見ていると、厨房の向こう側からおじさんが色んな物を運んできてくれた。
「君はこれで靴を洗いなさい。」
「あ……。ありがとうございます。」
おじさんが持ってきてくれたお湯の入った桶に、雑巾のようなくたびれた布を受け取り、ジークが靴を脱いで洗い始める。
「ほら、こんな賄いしかないけど、これでも食べなさい。」
「あ、ありがとうございます……。」
ボクにはお皿に山盛りにしてある、粒粒した食べ物を運んできてくれた。
これはなんだろう? 見た事のない料理。
3,4mmくらいの本当に小さくちぎったパンのような黄色い穀物? が山のようになっていて、所々に具材が散りばめられている。
賄いと呼ぶにはあまりにもおいしそうな匂いが部屋中に立ち込めた。
ぎゅぅぅ。
うっ……控えめにまたお腹が鳴ってしまった。
「チャーハンという食べ物なんだ。王都ではポピュラーな食べ物なんだが、食べた事はないかな……?」
「あ、はい……。初めてみました。」
「って事は、君達は今年第一貴学に入学してきた地方のご令嬢様達かな? お口に合えばいいんだけどね。」
渡してくれた大きなスプーンで掬うと、パンのような小さな粒粒がほろほろとスプーンの上に乗っかった。パンのように硬かったり弾力があるわけではないようだ。
口の近くへ持っていくたびに香ばしい匂いが立ちこめてくる。
「はむっ。……ふまっ!!」
うそっ!?何これ。
硬すぎず柔らかすぎず。
適度な歯ごたえのある穀物がっ、口の中で暴れまわりながらっ!これでもかってくらいの味の塊を爆発させるようだよっ!!適度に入っている具材がアクセントになっていてね?野菜のしゃきしゃき感もあれば、お肉のような濃い味のする塊も入ってて全っ然飽きない!やばっ!何これ!!こんなの食べた事ないよ!
「あむっ……はうはう。……はむはむ。……んっ……。ごちそうさまでしたっ!!」
「え?!」
「え?」
机の横で靴を洗っているジークと目があった。
「あ。」
「……。」
ゆっくりと目をそらしてみる。
「ご、ご馳走様でした……。」
「ユフィもしかしてお前……。」
立ち上がったジークが、机の上で空になったお皿を見つめて絶望している。
「お、おいしかった……よ?」
「てめっ、このっ!」
「ふぶっ!!は、はめへほ!はにふんのほ!!」
ジークにほっぺを片手で押しつぶすように摘ままれ、思わず引きはがそうとする私の腕が、摘まんだジークの腕ごと私のほっぺを引っ張ってしまう。
痛いっ! 痛いから!
後、顔がブサイクになるからやめて!!
「この口か! この口が全部食いやがったのか!! 出せ! 出しやがれ!!」
「ふり! ふりはからぁ!!」
どうにか振りほどいてみてると、ジークがその場に力なく倒れていく。
……まぁジークがお腹すいたって言ってて食堂探したんだもんね。あんなおいしそうな匂いが部屋中に立ち込めてりゃ、そりゃもう腹の虫は大変な事になってるだろうねぇ。うん。可哀想に。
だってしょうがないじゃん。気付いたら全部なくなってたんだよ?
私のせいじゃないもん。あのお料理がおいしいのがいけないのよ。
「ま、まぁまぁ。君の分も作ってあげるから……。」
そう言われると、ジークが希望に満ちた顔を上げたあと、すぐに悪いと思ったのかもじもじし始める。男の子がそれやっても何にも可愛くないからね? ジーク。わかってる?
見かねたおじさんが、また厨房へと戻っていってしまった。
厨房には明かりがついているものの、お客さんを迎え入れるような準備をする気配がない。厨房にも仕込みをしてある雰囲気はなく、本当に賄い程度に作れる材料が少しある程度。
……あ、もしかして今日はお休みだったのかな?
マーデン村でも、自分のお店に住み込んでいる人とか、自分のお家を改装してお店が1階に、居住スペースが2階にあるお家とかあったし、もしかしたらお休みの日にお邪魔しちゃったのかもしれない。
そうであるならあまり長居はできないよね。
まぁ流石にジークがご飯を食べられなければ梃子でも動かないだろうし、ジークがさっきのちゃーはん?とやらを食べるまでは待ってないといけないんだけど。
う~ん。でも流石に、タダってわけにはいかないよねぇ。
いくらお休みとは言え食堂だもの。材料費だってかかっているだろうしね。
……だ、大丈夫かなぁ。
さっきおじさん、王都の料理みたいなことを言ってたし……もしかして高級料理の残り物の賄いみたいなのだったらどうしよう?
私達の手持ちで……足りるのかな……不安……。




