結局心配ばかりかけているのは、変わらないのかも。
道中一言も話さずに闘技場の一室まで戻ると、部屋の中から話し声が聞こえてきた。
イオネちゃんとユフィは、一緒に温泉旅行した時にうちとけていたからね。ボクとママみたいに何の話もせずに待っていてくれてたらどうしようかとも思ってたけど、杞憂みたいで何より。
ガラガラと横開きの扉を開けると、3人の笑う姿が飛び込んでくる。
どうやらジークも合流したようだ。
「あれ?ジークここにいていいの?席取ってたんじゃないの?」
「あ、姉ちゃん。お帰り。イオネさんがもう席はいいからこっちに来る様に迎えに来てくれたんだよ。」
「お姉ちゃん!きゅ、急に消えちゃってどこ行ってたの?!」
「レティちゃん、おかえりなさい。」
3人が一斉にこちらに顔を向けた。
「ママッ!?」
もうボクの後ろにすっぽりと隠れてしまうママに、最初に気付いたのはユフィだった。
「母さん、一人で王都まできたの?俺らんとこ来てくれればよかったのに。」
そういいながらジークが近づいてくると、ふと立ち止まりボクに顔を向ける。
憔悴しているようなママの姿を見て、どうしたのか聞いているのだろうけど、ボクも何も聞けなかったので知らないんだよ。と、首を横に振った。
「多分ママも、ボクの試合見てたんだと思うんだけど……。」
部屋の席に座らせながらそうボクが話すと、俯いていたママが顔を上げる。
「ユフィちゃん、ジークちゃん。貴方達もその……あんなに危険な事をやらされているの?」
「え?」
「は?」
ママがボクの試合を見て困惑して、心配をかけたのは確か。
でも、どこの試合から見ていて、どういう理解をしているのか。
それがわからなくちゃ説明のしようもない。
ゆっくりと話し始めてくれるママの話は、こんな感じだった……。
「あら、レティから手紙が届いているわよ。お父さん。」
「ん?今回は随分早いな。まだ学園に戻って1ヶ月くらいしか経ってなくないか?」
「ええ、そうね。何かあったのかしら?」
3人の子供が一斉に夏休みを終え、それぞれの学校に帰ってしまい早1ヶ月。
もう半年も経つというのに、急に静かになった暮らしには、なかなか慣れないものね。
でも、こうして3人とも欠かさずに元気な言の葉を贈ってくれるのが、何よりも嬉しい。
いつもよりも少し重たい封筒を開けていくと、手紙と……ああ、やっぱり。
お金が入っている。
カチン。
机の上に封筒の中に入っていたお金を置くと、お父さんの顔が険しくなった。
「またか……。」
「それも、また金貨ね……。」
レティが同封してくれた手紙には、学園での楽しい出来事と、最近始めたという冒険者としての仕事について書かれていた。その報酬の一部を仕送りとして送るとも……。
「俺の知り合いに冒険者なら何人かいるが、あの仕事でそんなに簡単に金貨が稼げるなんて聞いた事ないんだがな……。それにあの仕事は……。」
「ええ。そうよね……。」
あの仕事は、危ない。
それもちょっと魔法が使えるとは言え、か弱い女の子がなるべき職業ではないと思うの。
それに、うちの仕事を夫と2人で続けていながら貯金したとしても、金貨1枚溜められるのには10年は掛かるような大金。それをうちの娘は半年で、それもこれ一枚だけじゃないお金を贈ってくるの。これで心配しない親がどこにいるでしょうか?
「や、やっぱり借金してるとかっ?!」
「借金してまで仕送りなんか贈るか……?旅行にも連れて行ってもらったラインハート家のシルヴィア様に用意して貰っていると思った方が……。」
「それも借金じゃない、でもなんで?確かにレティちゃんは可愛いけど……。」
「ま、まさか愛玩……」
「ちょ、ちょっと?!」
「す、すまん。じょ、冗談だぞ?将来ラインハート家に就職すると約束して、給与の前借りでもしてるとか、そんなところじゃないのか?」
「それならもっとダメよ!自分のお金は自分に使うべきだわ!ただでさえお金なんて大して持たせてあげられなくて、周りとの差が出ていないか心配でしょうがないのに……。」
それなのに、既にうちにある金庫の中には金貨が数枚しまってある。
もちろん全部レティが私達に渡してくれたお金。
夏休みに帰ってきたときに、レティが夫に仕送りだと言って渡してくれた袋の中には、金貨が何枚も入っていたのだ。
確認したのは3人が王都に帰ってしまってから。
その後、慌ててレティに手紙を出したのに、あの娘は『大丈夫だから』とか、そういう言葉しか返してくれなかった。
「そういえばあの子、帰ってきた時もとても沢山のお洋服を買っていたわね……。」
「ああ、お土産に貰った品も、どれも結構値が張りそうだったんだろ?」
「そうなのよ……。私へ買ってきてくれたお洋服も……それにユフィとジークなんか魔結晶?っていうのを貰っていたのよ?あれって高いんじゃないの?」
「欠片でさえ銀貨10枚はするんだからなぁ。そりゃ高いだろう……。」
2人の会話が止まってしまう。
娘達が元気でいてくれる事は何より嬉しい。
学校や学園に入学できたとしても、正直馴染めるかどうかがとても心配だった。
私達だって学校になんてちゃんと通った事がないのだから、親としてどうやって見送ればいいのかすらわからなかったけど……。ついこの間まで帰ってきてくれたときには、そこまで馴染めていないようではなかったようだったし、楽しく過ごせているのなら何よりなのに。
「それに……。」
「それに?」
あまり考えたくはなかったけど。とお前置きをして夫が続ける。
「先日出されたマーデン村への免税令。あれもどう考えてもタイミングがな……。」
「……そうね……。」
夫がそういうのも無理は無いわよね。
マーデンはここ最近そこまで不況不作に陥ったわけでもなく、何かしら村への新しい施策が始まったわけでもないのに、突然村への徴税を半分にするという領主様からのお触れが成されたのだから。
それは……税金が低い方がありがたいのは確かですし?
村の税金が減るという事は、それを目当てに引っ越してくる人も増えるという事。
人手が増えるという事はいいことばかりではないかもしれないけれど、人口が増えなくては村は廃れていってしまう。やっぱり増えるに越した事はないのよ。
それでも、夫の言うとおり何故このタイミングで免税令が出されたのでしょう?
普段は天候や戦争による収穫の減少や不作による一部免税はあれど、今回のように全くなんの予兆もなく、しかもこれから夏になるというこの時期に免税というのは、過去に例もなければいわけですし。
それに、他の村への免税があったわけでもないようなの。
しかも期間が掲載されていない無期間免税措置。
マーデン村だけに。
なぜ?
そんなことをしてしまえば、他の村からの反感を買ってしまうのは目に見えているのに。
思い返せばそれも、レティが村に帰ってきてからすぐに領主がここに来たのが始まりだった気がするのよね。あの後両者の間になんの取引があったのかは知らないけど、まさか3日間だけ領主のお子さんへ家庭教師をしたから村の税金を半分も減らしてくれるなんて、そんな美味しい話があるはずないもの……。
「……私、決めたわ。仕事もあったからどうしようか迷ってたけど、この手紙にも書いてある魔法学園の学園祭っていうのに行って見る。で、レティの様子を見てくる事にするわ。」
「学園祭?」
「ええ。夏休みにユフィ達が話していたでしょう?後期が始まると各学校で大きなお祭のようなものがあるって。」
「ああ……そんな事言ってたな。」
もちろん夫だって学校にちゃんと通った事なんてないのよ?私も夫も、子学校に最低限通ったくらい。それも1年も通わずに家のお手伝いに戻っているのよ。卒業までなんて、とてもではないけどできないわ。
だから貴族学校や魔法学園に一般の人が入れるような行事がある事を、夏休みにユフィちゃんが話しているのを聞いて初めて知ったわ。日程までは教えてもらえなかったけど、もうすぐじゃない……。レティも、もう少し早く教えてくれたっていいのにね。
手紙を夫に渡すと静かにそれを手にとり、読み耽った。
「……これを読む限りでは、楽しそうなんだがなぁ。」
「ええ。そうね……。何も変わりはなさそうだけれど……。」
「まぁあいつは子供の頃からしっかりしてたからなぁ。俺の子供とは思えないくらい。」
「私に似たのよね?」
「……馬鹿言え。俺似だ。」
「あら。今、自分で似てないって言ってたくせに。」
「……そ、そうだな。免税もあって今年は随分と収入が多い。少し位お前がいなくても大丈夫だから、ちょっと様子を見てきてもらえるか?」
「ええ。……ごめんなさいね?貴方に全部おしつけちゃうようで。」
「俺だって気になって仕事に身が入らないかもしれない。いい機会さ。」
そうは言ってくれているけど、本当なら自分だって行きたいでしょうに。
こういう時は農家という職業を少し疎ましくも思ってしまうわ。とはいえ夫がいなくなったらそれこそ仕事にならないのも確かなのよね。結局私が行くしかないのよ。
「それにしたって急だな。この手紙通りなら学園祭はもうすぐじゃないか。」
「ええ……。幸いレティが用意してくれたお洋服で行けばいいから、後は日程の調整かしら。」
「折角だし、夏に取れた野菜でも持ってってやったらどうだ?ユフィとジークの分も。」
「そうね。そうしようかしら。」
それから数日後。
乗り合いの馬車が村まで来てくれる日を逆算して、大きな荷物を持って王都へ。
私一人で王都に行くなんて初めてかしら。
この歳にして大冒険だったのよ?
本当に。
こんなに心細かったのは久しぶりよね……。
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