怒られない方が沈むことってあるよね。
治癒の方法が普通とは異なる為、人に任せるよりもボクがすぐに処置したほうが的確だろう。
神聖魔法の治癒術とは、自己治癒力の強化なのであれば、確かに心肺機能を強化すれば蘇生には繋がるだろうけど、原因を突き止めるまでに時間がかかっては元も子もない。
ただ単純に『自己治癒力』だなんて言われても、あまり治らないんじゃないか?なんて思われがちかもしれないけど、実際そんなこともない。
割と信じられない程すごい治癒力を発揮するのは、本来持っている人間の機能はすごいものであることもさながら、魔法による強化という名の治癒で補助の役割もしているからでもあって、ただ単純に元々持っている回復機能が高まるだけではないから。
もちろん厳しい条件はあれど四肢が切断されようが実際くっつくし、実際神経を直視するわけでもないのに神経もくっつき、ちゃんと機能まで回復するように治るんだから。
魔法という奇跡の力があるんだから、あくまで補助であって、すべてが元々持っていた人間の機能と言ってしまうのはおかしいと思う人も少なからずいるとは思うけど、あくまで自己治癒力の強化であることには変わりない。
例えば魔法による治癒を用いずに擦り傷が治るまでの過程は……
瘡による出血を血中の赤血球や血小板が塞ぎ、壊死挫滅した組織を取り除かれ、菌を駆除し、細胞が増殖し再構築される。
これが魔法による治癒が行われると……
壊死挫滅した組織と菌が消え、細胞が直接再構築される。
怪我をしたら早めの治療が望ましいってよく言うけど、それの極端を行くのが神聖魔法による治癒ってことになるのかな。
つまり、時間をかけて直さなきゃいけない為に必要だった不用な工程が全部排除され、細胞の増殖再構築といった時間がかからないと生成されない工程も強制完了されるところまで神速な治療が行使できるおかげで、本来治癒出来るはずのないレベルの再生が可能となるわけ。
ただし、今回のケースのように自己治癒力の強化ではあまり意味をなさないケースもある。
自己治癒の強化ってことは、そもそも自分で治癒する力が体の中から湧き出てこなければいけないけど、ガルドさんの状態は今窒息で仮死状態にある。
そんな状態であれば、自分の中にある治癒する力をいくら強化しようが効果は薄く、じゃあ心肺機能を極端に向上させれば蘇生されるかもしれないけど、それもやっぱり内的要因に任せるよりも、外敵要因に頼ったほうが遥かに早く蘇生できるというもの。ここを間違えてしまうと、回復士としては失格だよね。
今回の場合やるべきは、薄くなってしまった血中酸素濃度を戻し、二酸化炭素を排出。
そして外的要因による心臓マッサージだ。
まぁこれからリング上に駆けつけてくるであろう治癒師の先生達だって、そんなことは百も承知なのかもしれないけど、今ボクが一番状況を理解しているわけだからね。
一から状況を把握し直さなきゃいけないより、的確で迅速が処置が出来るなら、しない選択肢はない。
「……んぐふっ……。」
そのまま前世の蘇生術に習い魔法の力も借りて心臓マッサージをしていると、ガルドさんが小さく息を吹き返した。一安心。
「ふぅ……。」
安堵してその場にしゃがみこむと、丁度治癒師の先生達が駆けつけてきたところだった。
後は引き継いでボクはゆっくりとリングを降りる。
「が、ガルドくんどうしたんだろ?大丈夫かな?」
「もしかしたら、あの黒い靄に呼吸を止められたのかも。苦しそうに首に手をあててたし。」
「えっ!?こわっ!何その魔法……。なんの魔法だろ?闇系の元素魔法……?それとも風系なのかな?」
「わからん。もし本当にそんな魔法で、突然体に張り付いて離れないのだとしたら……怖いどころの話じゃないけどな……。」
「おい。」
「うっ……。」
ガルドさんの蘇生が成功してそそくさとリングから降りてくると、選手の入場口には見慣れた赤い髪の毛の先生が立っていた。見事な仁王立ちである……。
「えっと……いや、あのね!?」
「パニックを起こすなと教えただろ?」
「え?」
怒られるのかと思って慌てて言い訳を考えたんだけど、先生の口調が思っていたものと全く違った。この声色、聞いたことがある。トラウマになったあの事件の後で聞いた声とそっくりだ。
「苦手なもんくらい誰にだって一つくらいあるんだよ。それでも皆どうにかしてやってんだ。パニックを起こすのは最悪だっつっただろうが。」
「う、うん……。」
あの時そんなようなことを言われた記憶が蘇ってくる。
「まぁいい。経験は生かせよ。」
こくり。と黙ってうなずくと、先生はそのまま踵を返して戻っていった。
きっと、ガルドさんの状態を心配してここまで駆けつけてくれたんだろう。ボクがきちんとした処置ができなければ、例えその後に駆けつけてくれた治癒師の先生がちゃんと蘇生できたとしても、その時間の経過情況によっては最悪ガルドさんに後遺症が残ってしまったりすることだって考えられるのだ。
正直自分ですらもこんなにパニックを起こすだなんて思っても見なかったんだよね。
それで自分がコテンパンにされるならまだしも、相手の先輩の命を貶めるような事になれば、ボクは塞ぎこんでいたかもしれない。
ある程度ボクの能力の勝手を知ってる先生だからこそ、一歩早く駆けつけて見守ってくれてたんだろうけど。あの先生はそういう事は自分から言ってってはくれないんだよね。
そういうとこが格好よかったりするんだけどさ。
なんだか無性にやるせない思いがこみ上げてきて、しばらくその場に立ち尽くしていると、後ろからガルドさんが退場してきた。
「うぬ。レティーシアちゃんだったか。君の魔法は不思議な力でいっぱいなんだな。」
「……え?」
怖がられた事を気にしているのか、距離を少しあけたまま話しかけてくれたようだ。
「治癒、助かったよ。ありがとう。」
「え!?あ、で、でもそれは元々ボクが……。」
「試合に勝つために最善を尽くすのは当たり前であろう?それが禁止されていたような危険な魔法であるならばまだしも、そうでもあるまい。あれはあの魔法を解除できなかった我が身の未熟さ故、君が気にすることではないよ。君が試合の終わりと同時に自分を助けてくれた事、意識の片隅で覚えてるんだ。」
「あっ……。」
普通に話してみればなんてことのない、2歳年上の先輩だった。
勝手に怖がって、勝手にパニックを起こして、勝手に殺しかけて。
情けない。
二の句も告げないまま言葉を失っていると、そのままガルドさんも通路の反対側へと消えていってしまった。
なんて言っていいのかわからない。
謝ればよかったの?
言葉なんか……でてこないよ。
はぁ……。なんか自分が嫌になる。
皆がボクに優しい言葉だけを残して去っていく。
今はなんとなく、それが辛かった。
いっその事思いっきり叱ってくれた方が楽だったかもしれない。
こんな時にいつも頼りっぱなしだったシルは、この会場にはいない……。
ただただ、その場で立ち尽くしてしまった。
ボクがこんな所で一人うじうじしていようがいまいが、時間だけは無情にも過ぎていくもので。
少し経った頃には、両隣の控え室から次の試合にでる2人が出てきた。
ヴァンさんとセレネさんが、壁に寄り添うボクをちらっと眺めながら会場へと入っていく。
すれ違い様にセレネさんの赤い目と目が合った。
控え室にいる時も感じたけど、あまり感情を読むことができない。
セレネさんが立ち止まり、こちらに体を向ける。
先に歩いていたヴァンさんだけが、一人会場へと遠ざかって行った。
「ねえ。」
赤い目から目が放せない。
セレネさんの声を初めて聞いたことに一瞬時が止まってしまった。
プレセアさんとはまた違うか細くて可愛い声をしている。
「は、はいっ!」
返事をしていなかった事を思い出して慌てて返事を返す。
皆ボクより上級生のはずなのに、皆可愛くてなんかずるい……。
「今貴女が悩んでいる事は、決して意味の無いことなんかじゃないわ。いくら試合とは言え相手は貴女を殺すつもりで貴女の前に立ちはだかるのよ。綺麗な事や理想だけを見て歩みを止めるのはやめなさい。……貴女は少し、白すぎるわ。」
「えっ?」
「じゃ、また後でね。」
突然の事で何を言われたのか理解できなかった。
慰めて……くれたの?
初めて会ったばかりのボクに気を使って?
セレネさんが入場していくのを、後ろからただ眺める。
……ふりふりと白い大きなしっぽが左右に揺れるのが可愛かった。
あれ、しっぽ。
ローブから出せるのね。
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