そういえば苦手な元素魔法って、今の所無いかな?
「おっ、アニエラちゃん!レティーシアちゃん!どっちも頑張ってね~!」
入場前に目は合ったものの、そのまま何も言わずリングへとあがっていくアニエラさんに続いてボクもリングへ上がると、後ろ上方にある司会席からリアさんの声が聞こえた。
思っていたよりもリング上で聞くリアさん達の実況の音は大きくて、びっくりしながら振り向くとリアさんが小さく手を振ってくれているところだった。
……この音量であの会話を物ともしなかった今までの人達のすごさを身に染みながら、少しだけ頭を下げて挨拶をしておく。
「ん?リアはあの子とも知り合いなの?相変わらず顔が広いんだなー。」
下から見上げる形になる司会席には、リアさんの顔がやっと見える程度。まさか魔法モニターにお団子しか見えなかったリゥイさんの姿など見えるはずも無い。
「うん。昨日ちょっとお話したんだよー。」
「へぇ?どんな子だったの?」
「う~ん?……変な子?」
リアさんにだけは言われたくない!
「貴女にそれを言われたらお終いね。」
「ちょ、ちょっと!それはどういう意味なのかなっ!?」
「そんなことより、何か情報は掴んでないの?」
「そ、そんなこと……。う~ん?なんか精霊と契約してるっぽかったから、マリアンヌさんと同じようなスタイルなのかもね?」
「……え?…………そんなの、予選に出てきてない。」
そういえばあの実況席から試合中の選手の情報が漏れるのは仕様みたいなものなんだった。別にルージュ達を呼び出すつもりは今の所ないけど、奥の手としては使おうと思っていた手段を試合前にばらされた事に若干苦い物を感じながら困った顔を司会席に向ける。
……あれ?会場中がいつもより静まり返ってる?
「ちょっと待ってリア。精霊?なぜそんなことを貴女が知っているの?」
「うん?昨日シルヴィアちゃんとお食事してた時に彼女もいたんだけどね?もうそりゃ綺麗なお姉さんの姿をした精霊ちゃんがあの子に侍っていたのよ!あの子まだ従者なんていないよね?そのお姉さんも突然消えたし、契約精霊なんじゃないの?」
「へ?いや……え?お姉さんの姿って、完全に人型だったの?」
「え?うん。肌は少し浅黒い色をしていたけど、マリアンヌさんが召喚していたような黒い塊みたいな感じではなかったよ?」
……なんかもう慣れてきた自分も怖いけど、個人の能力をここまで情報漏洩する進行役もどうかと思う。早く始めてくれないでしょうか……。
「あ、ありえない。そんなの……。」
「……?私は召喚術?みたいなのはよくわからないけど、とりあえず試合を始めちゃいましょう!!じゃ、お願いしまーす!」
ちなみにボクだって召喚術に関してなんかよくわからないので、リゥイさんや会場にいる先輩達が何を思っているのかなんてわからない。けど、とりあえずルージュ達をこんな人の多い場所で召喚するのは良くないだろうことだけは理解した。
「始めっ!!」
ガンッ!!!
「え?」
「アニエラちゃん!?」
突然動き出したかと思ったら、数歩先で顔から血を噴き出したアニエラさんに驚いた司会の2人の声が、会場に響く。
試合開始の合図と共に、顔から突っ込んできたアニエラさんが数m先で設置盾にぶつかり激突したのだ。
何も無いはずの場所に全力で突っ込み突然ぶつかるというのは、意識の外から同じ速度で自分と同じ質量の物質に殴りつけられるのと同じくらいのダメージを負うのと同義。
しかも顔を真正面からとなればそれは致命傷となってもおかしくない。
「うぐっ……。っ痛。」
口と鼻から大量に血が流れているアニエラさんが、リングに伏せたままこちらを睨みつけてくる。応援した時は反応してくれたのに、まるであの時とは別人のよう。
「これが見えない壁……私の全速力でも設置が間に合うのね……。」
折れたであろう鼻の骨を神聖魔法で回復しながら設置盾を触って確かめているアニエラさん。
ただ……動きを止めた時点でボクの勝ちはほぼ確定してしまうのだ。
ガン!
「いたっ!!」
立ち上がろうとしたアニエラさんが、頭をぶつけて蹲った。
「なっ!?」
四方に手を伸ばすと、その全てに壁がある事を理解したアニエラさんが、自分の足元に向けて突き刺すように槍を振り下ろした。
結果、地面に突き刺さりもしなかった事で、思わず手をすっぽ抜けてしまった槍が次元牢獄の中で暴れ、見えない壁に凭れながら動きを止める。
広さ的に槍は振り回すこともできないと判断したのだろう。腰にぶら下げた剣を振りぬくが、それでも狭くて力も入りきらないまま弾かれ。
元素魔法は得意ではないのか、あまり出力の伴わない水を召喚して思いっきりぶつけては、自分が水の中へと埋もれていく。
足元から上がっていく水位が、今アニエラさんがどんな狭いスペースに閉じ込められているのかを観客へと知らしめた。
「ちょ、ちょっ!どういう事!?え?今アニエラちゃんの周りに何かあるの?」
「わからないわよ。でもあの子、予選トーナメントでもあんな魔法使って全部の試合を無傷であがってきてるんだよ?精霊魔法?そんなの1度だって使ってない。」
「ええ!?な、何あれ!?」
「知らんて。リアの方が面識あるならなんか聞いてないの?」
「……全っ然!!シルヴィアちゃんと深い仲って事位しか……。」
「そこは後で詳しく。」
こんな大衆の面前で誤解されるような事言わないでよ……。
今日は否定してくれるシルもいないのに……。
バンッ!
司会に気を取られていると、次元牢獄を叩く音が鳴り響いた。
色々試したのであろうアニエラさんの体には、大小の傷が無数についている。
「くっ……。ただでさえ私と同じ位の身体能力があるのに、こんな馬鹿みたいな魔法使う相手にどうやって勝てというのよっ!」
掌が次元牢獄の壁を伝い、項垂れる顔の先には薄汚れた水が既に腰の位置まで水位をあげている。
……。
動かない戦況。
もう勝敗は決しているはずなのに、審判の終わりのコールも無い。
確かに致命傷となるような傷も無ければアニエラさんの戦意も喪失したわけじゃないけど……。
……。
そのまま待っていても、アニエラさんから降伏の合図が出ることは無かった。
「あ、あの……アニエラさん?」
……。
返事は無い。
「負けを認めてくれたりとかは……。」
「しないわっ!!」
バッと振り上げた顔に、濡れた髪が遅れてついてくる。
飛沫が舞い、次元牢獄を濡らした。
「私は今安全な場所にいるといっても過言ではないわ。この魔法を解除しない限り、貴女は私に攻撃ができないんじゃないかしら。……それならチャンスは私にだって……っ!!」
なるほど、水で次元牢獄の中を満たしたのは、次元牢獄を解除した瞬間を知るためってことなのか。
確かに水に濡れれば身体能力にハンデを負うことにはなるだろうけど、ボクとアニエラさんの身体能力の差で言えばそのくらいのハンデは問題ないと踏んだのだろう。
さっきアニエラさんはボクとアニエラさんの身体能力が同じくらいだって言ってたけど、魔法種禁止トーナメントでは明らかにボクはアニエラさんよりも下だったのだ。あれは次元牢獄を解除させる為のブラフってやつか。
……どうしよう。
一つ大きな間違いなのは、次元牢獄の向こう側に魔法を発生させる事は容易くできる。
ただし、それをしてしまえば次元牢獄の弱点を態々披露してしまうことに他ならないのだ。シルとの話で魔法の発生点をズラすって言うのは難しい事だと分かったとは言え、出来ないわけじゃない。なるべくなら弱点を、それもこんな大衆の面前で自分から晒すというのは避けたい所。
フルカルドの水棲ダンジョンに設置盾を張ったときのように、どこかの面が物質であれば外から温度を伝える事もできるけど、次元面は温度も通さない。
であれば、仕方ない。
次元牢獄は鉄壁の盾であり、尚且つこうなったらどうにも出来ないと印象付ける方法。
「創造氷結魔法術式・絶対零度」
その瞬間。
ピシッ
という音が四方八方から鳴り響いてきた。
「えええええ!?ちょ、ちょっと待って!見えない!見えないよ!?」
霜が会場中を覆い、魔法障壁に張り付く。
透明だった魔法障壁が凍り、白い結晶が視界を奪う。
凍るということは、観客席と会場の間に張ってある魔法障壁は元素魔法だ。
もちろん自分と審判の先生の周りにも次元牢獄を張っておくのを忘れない。
じゃないと凍死しちゃうんだよ……。
「凍って……冷たっ……いったぁぁぁぁぁい!!!」
視界が遮られてる中、リアさんの実況だけが会場中に響き渡る。
「み、皆さん!魔法障壁に触れちゃダメ!皮膚ごと持ってかれちゃいますよ!!!」
どうやら超低温にまで冷えた魔法障壁に触って指の皮膚を剥がされてしまったのだろう。この魔法障壁が元素魔法なのであれば、そこには分子や原子があることになる。
この魔法は分子運動を限りなく零にする魔法なのだから、次元魔法の様に異次元であって物質の介入のない物で無い限り影響を受けてしまうのだ。
つまり、次元牢獄の中にいるアニエラさんとボクはこの絶対零度の影響を受けていない。
「わ、わかった……。私の……負けだ……。」
か細い、くぐもった声が聞こえると、審判の合図で試合が決した。
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