まちへ!
幼少期は設定回のようなものでしょうか。少ししたら本編にはいります。
とある散歩日和の日
両親に連れられて村で唯一の診療所にやってきた。
「おめでとう! 二人目だね」
いかにもお医者さんといった格好の白い服を着た男性が両親にそう告げると、二人の顔にぱっと華が咲いた。
「どうしたの? まま、びょーきなの?」
もちろんわかっちゃいるが、前世でもいなかったのだから本当にそうなのかわからない。
「レティ! お前にも弟か妹ができるぞ! 嬉しいか?!」
父親が顔の上までボクを持ち上げる。
「えっ! ボクおとーとがいい! おとーと!」
「そうかそうか! レティもお姉ちゃんになるんだな! お姉ちゃんになるんだから、“ボク”は直さないとだぞ?」
「うん!」
なんだろう。わけもわからないけど無性に嬉しさがこみ上げてくる。今のところ健康で、病気もしたことがない。両親も病気とは無縁そうだ。
これが幸せなんだろう。
弟か妹ができると知り、一つ決心したことがある。
魔法を覚えよう。
そもそも、皆等しく魔法の素養はあるのに、子供時代の教育が行き届かないから魔法が使えなくなってしまうのであれば、精神的にはもう30年生きているボクなら我流で覚えられるのではないだろうか?
言葉を発するのは拙いながらも、文字を読むことはもうできる。
後は魔法学について学べる本か教材のようなものさえあればよいのだけれど、ただでさえこれから子供が増えるのに、うちにそんなものを買ってもらえる余裕なんてあるわけがない。
それならば、あるところに行くまでだ。
次の週。
父親に連れ添って、この辺境領で一番大きな街にでてきた。
どうやら以前見た領主様は辺境侯爵様らしく、自分の住んでいる山村とは比較にならないほどの港街である。馬車で5時間程度の場所にあるのだが、この街の屋台へ村で採れた野菜や果物や穀物なんかを卸しに、多い時で週に1度ほど往復するのだ。
ちょうど今は多い時期で、いつもは母親とお留守番をしているのだが……
「ぱぱのおてつだいをするの!」
と言って付いてきた。
「あらあら、お姉ちゃんだものね」
と言ってままが送り出してくれたのも、日ごろの行いのおかげだろう。
普通3歳の子供が親の仕事の手伝いなんて、邪魔にしかならない。さらに人が多いところに連れていって迷子になどなってしまったら? 心配事も尽きないだろう。
だが、そこは精神だけ大人なボクである。もうすぐ4歳になるが、親に心配されるくらい自立しているのだ。迷惑もそこまでかけてはいないと思う。あ……おねしょは……その……ごめんなさい。
「俺の娘は天才だからな!」
がボクの父親の口癖になるのには、それほどの時間はかからなかった。
港街について、屋台に荷を卸す。
別に自分たちで売りさばくわけではないので、卸しの仕事が終わって、商店の経営側と打ち合わせや雑談なんかを終えれば、用事は終わりである。
父親としては、大きな街でせっかくの娘とのデートだ。ちょっとおいしい店に寄ったり、娘の好感度ポイントを上げるための一大イベントはここからというところ。
「ぱぱ、ボク、行きたいところがあるの」
鼻息荒く、どこに行こうか目を輝かせる父親の、ずぼんの裾をちょこちょこと引っ張る。
「おお、どこに行きたいんだい? ここは港街だからな! なんでもあるんだぞ!」
おもちゃかな? それともおいしいお魚さんかな?? と迷っている父を尻目に、奥の大きな建物を指差す。
「ん……? あれは……図書館だぞ? ご本を読んでほしいのか?」
「んーん。お勉強をしたいの」
首を振る。
「んん……?」
父親が頭に?マークを浮かべながらも、図書館にたどり着く。
港から陸地へと向かってまっすぐ本通りが続いており、大き目の馬車が2台すれ違っても、人がそれぞれ左右に4人は横に歩けるほど広い通り。
その通りを遥か向こう側に見える突き当りまで行くと、領主邸にぶつかる。
そこまでいくと、町並みは裕福な家が立ち並ぶ区画となる。
その突き当りの直前に、大きな通りが交差する交差点があり、その一角に大きさだけで言えば領主邸に負けてはいない図書館があるのだ。
そもそも、平民の識字率はそんなに高くない。最低限の算数や読み書きはできるものの、現代日本のときに比べれば、ほとんどの平民は小学校卒業レベルに満たない。
「絵本でも読むか? ここにはレティの知らないご本がいっぱいあるんだぞ!」
父親が読もうか? と言ってくれている絵本も本当に絵がメインの本であり、字は最低限の申し訳程度のものを、抑揚とアドリブをつけて読み聞かせるのだ。
「んーん」
とボクは首を振る。
父親の手を引っ張って、奥にある案内板を眺める。どうやら魔法学の本はこの2階の奥にあるらしい。
「あっち」
3歳の身体では1段登るのすら大変な階段へ身を預けると、父親がボクを抱きかかえて2階へと上がっていく。学術書など専門冊子の並ぶ区画に入り、1階とは違う雰囲気のフロアが見えた。窓際には長机が用意してあり、学生のような格好をした若者が幾人か、本を広げながら、なにやらぶつぶつと呪文のようなものを呟いている。
「れ、レティ、ここはさすがにパパでも読めないよ……」
行きたいと請われたから来てみたものの、流石に父親も場違い感に縮こまってしまっており、居辛そうだ。
それを気にも留めず、目的の本を探し、父親に取ってもらう。
「えぇ……? こんな難しい本を読むのかい? レティ。……うーん、読めるはずもないし、絵も殆ど無い。こんな本面白くもないと思うぞ……?」
ちらっとぱらぱら捲りながらもボクに一応本を渡してくれるあたり、ちょっとした期待もあるのかもしれない。
「ねぇぱぱ。ぱぱがこのまちでおしごとしてるとき、ボクここのとしょかんでご本よんでていい?」
「え? ……うーん、いいけど読めるのかい?」
「だいじょうぶだよ! ボクがいっぱいおべんきょーして、ぱぱとままに楽をさせてあげるね!」
そうかそうか、と頭を撫でてくれたが、驚きのほうが強いようであまり喜ばれはしなかった。
もちろん家族とのスキンシップも忘れない。
「きょーは来てみたかっただけだからいいの! ボク、おいしいお魚さんがたべたいな! ぱぱいこっ!」
よしきた! という反応を楽しみながら図書館を後にする。
図書館の入り口付近にあった鏡というものを、新しい人生で初めて見た。
そんなに大きなものではなかったが、父親に手を引かれた自分の姿を初めて目にした。
ああ、前世と同じだ。
ボクは病気まで持ち越してしまったのだろうか。