残念王子と鬼畜公女。
思ってたよりもリンクがダメージを受けている……。
ちらっちらっとボクの方に視線を泳がせては、ティグロ先輩と向き合いいかにもこの世の終わりかのような表情で俯く。
……試合前なのに。
いや、ボクだって気づいてるんだから何か言ってあげたい所は山々なんだけど、そんな義務はないし今はちょっと恥ずかしいのでちょっとここから出て行きたくありません……。
試合開始の合図と同時に構えたティグロ先輩をよそに、リンクの顔から生気がどんどん抜けていく。試合が開始されてるのに気付いていないのか、武器を構えようともしない。
一瞬違和感を感じたティグロ先輩も、とはいえリンクは自分よりも格上。一度も勝った事の無い相手に気を抜くなんて選択肢があるはずもなく。思い直して右横に大剣を構え、リンクとの距離を詰めて走り出した。
さっきのゼノさんほどの加速力ではないけど、流石に早い。
丁度一般の人がぎりぎり目で追える速度って感じかな。
ティグロ先輩この大会向けのスペックだね。素晴らしい。
ティグロ先輩が模擬戦の時に使っていた魔道剣はアークゴブリン戦の時から壊れていて、今扱っている武器は単なる大剣だ。元々魔道剣の機構はこの試合じゃ使えないけど、あの魔道剣には盾性能や重量といった大剣としての拡張機能もあったりしてたから、壊れてなければ使ってただろうにね。
ほぼ接触になろうというところまで距離が詰められても、リンクは絶望顔のまま何の反応も示さなかった。それを見たティグロ先輩が、腕に入れていた力を抜き……。
リンクの胸倉を蹴り上げた。
「きゃぁっ!?」
観客席からも悲痛な声が上がる。
今度は皆が目で追えている分、状況がわかりやすかったのか観客席から漏れる悲鳴も大きい。
「はぁ……。王子。どうしたんだい?やる気がないならさっさと降参してくれないかな?そんなことしたら君を軽蔑してしまいそうだけどね。」
ほぼ受け身も取らずにリンクが吹き飛んで行った。
仰向けになったまま立ち上がる気配がない。
「お~~っとぉ!?どうしたんでしょうかリンク王子!!お腹でも痛いんでしょうか!?ちゃんと試合前におトイレは済ませておかないといけませんね~。あ~でもありますよねぇ。急に、はうぅっ!って来て一歩も動けないって時。」
「リア……思い込みで国の第一王子の株を落とさないで頂戴……。大方どこぞの女の子が敵であるティグロ様を応援したことに絶望でもしてるんでしょうね。ほんと王子って種族は馬鹿ばっかりね。」
「ほほぅ!女の子の応援ですかぁ!それなら私が応援しちゃいますよぉ~!王子様~がんばってぇ~!」
「だから貴女は応援しないで。仕事をしなさい。」
「シルヴィアちゃん……。可愛いの女の子がそんな怖い顔しちゃい・や・よ!」
「……はぁ。ま、その程度の理由で試合に負けるようじゃ、誰かさんにも愛想を尽かされちゃうでしょうけどね。」
シルがそう言うと、リンクの上半身がむくっと起き上がる。何事もなかったかのように立ち上がり、一緒に吹き飛んでいた剣を拾い上げた。
「……何よあれ。扱いやすい馬鹿は楽でいいわね……。まぁあれじゃ将来尻に敷かれそうで心配ではあるけれど。」
「シルヴィアちゃ~ん?シルヴィアちゃんもめちゃくちゃリンク王子の株暴落させていますよぉ~~?放送で流れてますからねぇ~?」
「あら、ごめんなさい。リアに諭されちゃうなんて。私も絶望で声が出なくなりそうよ。」
全く反省してないシルの容赦ない罵倒が会場中に響き渡る……。
「ああっ!くそっ!!言いたい放題言いやがって!!」
「よっ!!!」
今度は全く力を抜いていない大剣の横降りが、立ち上がったリンクを薙ぐ。
ほぼ見えていなかったタイミングなはずなのに、いつの間にかリンクと大剣の間に滑り込んだ剣が大剣を受け流し、空いたティグロ先輩の胸めがけて今度はリンクが蹴り返した。
「っぐ……。」
ティグロ先輩はちゃんと吹き飛ぶ間に体勢を取り直し着地する。
「ティグロォ!折角1発殴らせてやったのに手を抜きやがって!武器使わなかったのを後悔しても遅ぇからなぁ!?」
「おおっとぉ!?なんと、最初の1発はくれてやった発言だぁ!!流石リンク王子、余裕がありますねぇ!」
「そんなわけないでしょ。単なる強がりよ。大体何が一発殴らせてやったよ。武器で一撃貰ってたら終わってたわよ。ばっかじゃないの?」
「ねね。シ、シルヴィアちゃんて……そのぉ……。リンク王子とあんまり仲が良ろしくない……の……?」
「ん?そんなことないわよ?」
「そ、そう……?ならいいけど……。」
「それより、また呼称が戻ってるわよ?」
「う~ん。もうよくない?」
「……貴女がそれでいいなら私は別に構わないのだけれど。」
淡々とシルに修正されたリンクの顔が赤く染まっていく。
魔道モニターがめっちゃ至近距離で試合を映すものだから、そんな感情の機微すら見えてしまうのだ。……可哀相に。
構えなおしたティグロ先輩がリンクへと突進していき、切り結ぶ。
「王子ってのも大変だね……っ!」
切り結ぶ中の2人の会話も魔道モニターが拾い上げる。
「ほっとけっ。圧倒的に勝ってやるからな。悪ぃなティグロ!お前は踏み台だ!!」
そう言い放ち、リンクが初めて攻撃に転じた。
リンクが持っている剣は装飾が見たことないくらい華やかで、いかにも王子様が持っていそうな剣。金色で飾られた装飾は豪華だけど邪魔過ぎず。いつもは銀色に光る剣身もまるで新品かのように輝いている。多分何らかの力が宿ってる魔法剣なのは間違いないんだけど。もちろん魔力を注入しなければただの剣とはいえ、そんな高級そうな剣の刃を潰すなんてことできるわけもなく、ガード(鍔)から先は大会用に交換してあるのか、いつもみたいに輝くこともなく、大会用に刀身を変えてあるのだろう。
この学園に来てから大剣を扱う人を良く見かける。ティグロ先輩もその一人だ。
剣って言うのは汎用性に長けているし、槍になるとさらに射程もあって扱いやすい。そんな中で大剣を選ぶ理由っていうのは、やっぱり重量と武器の硬さを求めることになる。
物理攻撃力っていうのはつまり、速度×質量なわけだから重さが乗れば質量の部分の倍数が大きくなるし。これに対してじゃあ速度が落ちるのでは?という疑問も最もではあるが、さっきのゼノさんとかフェルトさんみたいな身体能力の極致みたいな例外の人達もいるにはいるんだけど、一般的には『剣を振る』という動作も、何も持っていない状態でも速度に限界があるように、武器を持っていても自分が振れる武器の速度って言うのは上限があるのだ。
なら質量を増やしていくしかないのは合理的ともいえる。
特に、身体能力を神聖魔法で強化できるこの世界では、肉体の上限という枷に陥りやすい。そうなってくると必然的に武器の重量が増えることで、この世界で大きな武器を扱う人の比率が増える傾向にあるのだろう。
つまりは大剣を普通の剣の様に振り回すことができるのであれば、そりゃ質量のある武器を選ぶのは自然なことなんだよね。素早く振り回せないってデメリットがないのであれば、質量があるということは相手の攻撃で押される事もないし、命のかかるような剣戟の場面で武器が折れる心配も低かったりとメリットしかないのだから。
で。そういう当たり前の講釈を頭の中で垂れ流してみても、目の前の光景が信じられない。だって、そんな大剣を持っているティグロ先輩がね?リンクの長剣に競り負けてるんだよ?剣戟についていけないんじゃなくて、単純に力で。押し負けているのだ。
ティグロ先輩が持ってる武器の半分も重量が無いであろう武器に。
リンクが攻めに転じると、ティグロ先輩は防戦一方を強いられた。速さは明らかにリンクの方が上なので、受け流す事はできず、全て受け止めるしかない。
受け止めれば自然に自分の身体は防御の体勢をとってしまうため、そこから攻撃に転じる事ができないのだ。
少しずつ、速さについていけない分のダメージがティグロ先輩を蝕んでいく。
「っ!」
ついにリングの端まで追い詰められたティグロ先輩が足を止めた。
ちなみにこの大会にリングアウトというルールはないので、リングから落ちても失格にはならない。失格にはならいないけど、リングの下からリングの上にいる対戦相手に勝つなんてまず無理な話だし、かといってリングから落ちたから逃げ続けるとなると、審判に戦闘継続の意思なしとみなされ負けが確定してしまうのだ。リングアウトと言うルールはないけど、フィールドはあくまでリング上。リングの上に居る選手が優位を取れるのもルールのうち。
「あっ!てめぇ!」
しかしそんな不利を物ともせず、ティグロ先輩はリングの端まで後退するとすぐさまリング下に飛び降りた。ちなみにリングの高さは大体1.5mくらい。ボクの身長と同じくらいある。
すぐリング下へと降りていったティグロ先輩を見て、すぐさま地理的優位なんて考えもしないリンクも、リングの上から飛び降りた。
待ってましたとばかりに、ティグロ先輩が反撃へと転じる。
「ってめっ!?」
着地を狙った上段の振り下ろし。
この程度の高さから降りるだけではリンクが体勢を崩すまでもないけど、着地した瞬間というのはどうしても身体が硬直してしまう。
膝を曲げたまま振り下ろしを受けると、そのまま上から押しつぶすように大剣の連撃がリンクに降り注いだ。
「おおお~~っとぉ!?なんでリンク王子はリングから降りちゃったんでしょうかぁ!?」
「馬鹿だからよ。」
「シルヴィアちゃんリンク王子にだけ辛辣よねぇ。他の子たちには優しいのにねぇ。」
「あいつには毎回毎回散々手をかけさせられて呆れさせられてるんだもの。仕方ないわよ。」
「ああっ!?そんな話をしてたらリンク王子大ピンチ!!後ろはリングの壁、前からは重量のある大剣の嵐!!これは勝負あったかぁ!?」
きっとシルのせいでリンクのピンチがあまり会場に伝わっていないけど、実際結構ピンチだよね。あれ。リンクの顔があまり見ないくらい歪んでいる。
防戦一方。
やっぱり軽い武器で重い武器を押すっていうのには、ある程度の技量が入り込む余地が必要なのだろう。
今ではさっきまでと打って変わって、ティグロ先輩の連撃が続き、リンクが防戦一方を強いられている状況になってしまっている。
本当に。なんでリングから降りたのか問いただしたいくらいだよ。
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