温泉街は、やっぱりこうじゃなくちゃ!
街中を馬車に揺られてやってきたのは、木造の建築物が立ち並ぶ区画だった。
温泉の湯気が遠方に上がっていて、所々に高い煙突が空に突き出ているのが見える。
その木造の建築街は雅というのに相応しく。
ラインハート家は西洋風だったのに対して、温泉街に着くと一風変わって東洋風の街並みへと景観が変化した。
観光地の中心となる商店街には沢山の人が行き交っている。
「なんか街並みが変わったね。」
イオネちゃんも同じ事を考えていたようで、馬車の中でぽつんとそう洩らした。
「ええ。セレストの温泉街は賢王が開拓設計したのよ。だから趣が街の他の場所と比べて違うでしょ?」
セレストっていうのは、この街の名前だね。
「えっ賢王様ってあの?」
「平民から王様になったっていう?」
「ええ、そうよ。」
双子ってあそこまで思考回路一緒になるのかなぁ。
一応あの二人性別違うのにね。
……なんか兄弟の中でボクだけ仲間はずれみたいで寂しいんですけど。
「へぇ……そうなのねぇ。」
「すごい王様もいたもんだなぁ。」
窓から景色を眺めているパパとママも楽しそうだ。
馬車はラインハート家特注の大きな馬車から、そこらにあるような旅客用の馬車に変わり、両脇が開いた作りになっている。さっきよりもお尻は痛いけど、ボクとしては煌びやかで豪華な馬車より、こういう一般的な奴の方が落ち着くかなぁ……。
そこまで長い距離をこの馬車に乗るわけでもないし、ここが故郷のシルを含めて皆が楽しそうにしているのを眺めていると、自然と笑みがこぼれちゃうんだよ。
家族をここに連れてこれて本当によかった。
後はゆっくりとできればいいなぁ。
人通りの多い観光区から少し抜け、旅館街に移る。
最奥にある大きな旅館の前で馬車が停まった。
旅館街の中でも一際大きくて、いかにも老舗っていう感じの旅館。
古びているものの汚さは全くなくて、とても綺麗に整備されている建物。
風情や趣が残っていて佇まいに平民のボク達家族からしてみれば否応無く拒否感を感じざるを得ない。うん、どう見たって平民のボク達が泊まるような場所じゃないね……。
まぁなんとなく予想はしてたけどさ。
「いらっしゃいませ」
宿のご主人と女将さんだろうなという、一目見ただけで雰囲気の違う2人が出迎えてくれる。
シルに続いて馬車を降りると、横から出てきた旅館の人達が荷物を中へ運んでくれた。
木造で古い建造物だけど、決して古臭いわけではなく高級感が漂う佇まいの建物で3階建て。そこまで高い建物というわけではないんだけど、旅館街に立ち並ぶ木造建造物が軒並み背が低い為、一際大きく見えるようになっていた。
横幅も広く、入口には赤いちょうちんと黄色のぼんやりとした明かり。
そして入口の上には大きな看板で
”和里”と書いてあった。
あれ? 見間違えでなければあれって漢字じゃない??
グルーネ語が変換されているわけではなさそうだから……。
漢字だ。
でもなんて読むんだろう。
賢王様がこれを作ったというのなら、賢王様はやっぱり日本人か、日本文化が相当好きだったに違いないよね。
「う~ん……。わさと……?」
「あら? この字が読めるのですか?」
思わず漢字がなんて読むのかわからずに考えていると、いつものクセで口に出してしまっていたようだ。それに反応したのは女将さんだった。
「え? あ、ご、ごめんなさい。間違ってますよね。」
「いえ、読み方としては合っていますよ? ただ特殊な読みをするそうで、うちのお宿の名前は”あいり”と申します。この字が読める方は珍しいんですよ? どこでお習いになったのでしょうか?」
あ、やっぱり漢字であってるんだ。
まさかこんな家族もいる所で前世とか言うわけにもいかないんだよね。
「ま、魔法学園でちょっと習う機会があって……。」
「あら! 魔法学園の生徒さんなのですね。あっそういえばシルヴィア様も、今年入学されたんでしたっけ?」
「ええ、私の同室の子なの。」
「あらあら。シルヴィア様に同い歳のお友達なんて……。何か涙が出てきますね……」
「……どういう意味かしら?」
「わ、悪い意味ではございませんのよ?……おほほほほ。」
「もう! 皆して何よ。レティ、イオネ。貴女達はちょっと先に寄るところがあるの。レティのご家族は宿の者に案内させるから2人はこちらに来なさい。」
どうやらここの旅館の女将さんとシルは顔なじみのようだ。
小さい頃からを知っている近所のおばさんって感じなのかな?
なんだかそんな雰囲気を感じる。
フルスト領もそうだけど、グルーネ国は領主と領民の距離が近いと思う。
近すぎて悪くなる程じゃなくて、親近感が湧くし、自分の暮らす領に税を納めるのが苦ではなく楽になっているっていう感じで暖かみがあっていいと思う。
そんな知り合いのおばさんに茶化されてぷりぷりしたシルも可愛いしね。
とか考えながらニヤニヤしていると、すぐにシルに睨まれてしまった。
そんな……。悪いことじゃないんだから睨まなくても……。
シルに連れられ、ボクは家族と別れて別室へ。
ボクの家族は流石にこの旅で豪華な物に見慣れたのか、それとも麻痺したのか。今までよりは緊張するようなことも無く旅館の人に連れられて部屋へと案内されていった。
あ、考えるのを放棄したっていうのが正しいかもしれない。
パパもママも高級旅館の割に緊張した面持ちもなく、楽しそう。
折角の温泉旅行なんだからリラックスしないとね!
特に何の説明もないまま、長い通路をシルに続いて歩いていくと、一際煌びやかな襖の前にたどり着いた。
シルがそこで立ち止まったのだから目的地はここだろう。
なんだろう?シルのご両親はお家にいたからここにはいないはずだし、他に心当たりも無い。あるとすればヴィンフリーデさんがシルのお家で言っていた、誰かが待っているっていう話かな?
シルのお客さんなのかと思っていたけど、ボクとイオネちゃんを連れてきたって事は、ボク達が会った事のある人だろうか……。
う~ん。考えてもしょうがないし、答えはすぐ目の前にあるのだからすぐわかるんだけど……。
なんかこう……気になります。
嫌な予感というか何と言うか……。
こんこん。
襖をノックすると、すっと音を立てずに襖が開いた。
奥に数人の人がいるのが目に入ってくる。
「入っていいわよ。」
あれ? ボク達が先に入っていいのかな?
何の説明もなく、早く入りなさいよと言わんばかりのシルに成されるがままに中に入った。イオネちゃんもどうしていいのかわからないのか、ボクの後に続いてくる。
むしろここはイオネちゃんが前にでないといけないんだよ?
階級的にね……。
中に入り、ふと顔をあげると、そこには……。
リンクとアレクがいた。
うん……? 何でこんなとこにいるんだろう?
ボク達と一緒に温泉旅行に来たのかな??
「楽にしたままでよいぞ。」
とか思ってみたけど、どう見たってそんな雰囲気じゃない。
アレクとリンクの間に、おじさんが一人座っている。渋い声でかっこいい。
……いやぁ。流石にボクがこの世界の情勢に疎いとはいえ、流石にこの状況でおじさんのあの格好でしょ? しかもアレクとリンクが後ろに控えてつっ立ってて、その間に座っているんだからね……。
そりゃ、あれが誰かなんて言われなくても大体予想はつくんだよねぇ。
後ろで慌てて顔を伏せている気配がした。
イオネちゃんは相手が誰なのか気付いて顔を下げたのだろう。
っていうか、ボクはこういう時どうしたらいいのかなんて全然わかんないんだよ!!
礼儀とか知らないんだもの……。
「よいよい。顔を上げよ。」
「は、はいっ!」
あたふたしているボクは完全に放置されたままだ。
ぐう。王子2人も見てるだけで何にもアドバイスとかしてくれないし!!
使えないっ!!
けど王様の前で王子様を睨むわけにもいかないっ!!
ぐぬぅ……。
「君がレティーシアさんかな?」
「え? あ、はい。」
混乱の中突然呼ばれたので、礼儀だの作法だのなんて言葉をすっ飛ばして返事だけしてしまった。
あのね。不敬罪とかなんとか言われるのなら、事前に説明して欲しかったわけですよ。
なんでこんな所で王様と会わなきゃいけないのかを……。
「ははっ。大丈夫だよ。君は平民の出身だそうだね。礼儀や作法なんてもの知らなくて当然。そんなもの知っている者が守ればよいのだ。君はそのままでい給え。」
あ、王様も賢王の一族だっけ。
賢王一族の読心術は王様にも健在なのか、それ以上にわかり安すぎるくらいにあたふたしていたのか……。まぁ多分後者なんだろうけど。なんだか恥ずかしい……。
「では、その隣の君がイオネ・テュリスさんで合っているか?」
「は、はいっ!」
「では2人の受勲式を執り行う。」
「は、はい??」
突然の事に思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
あ~! リンクが馬鹿っ! みたいな顔をした。
アレクもあちゃ~みたいなジェスチャーをし始めるし。
そんな顔する前に説明して欲しいんですけど!!!
なんなの?説明不足はフラ先生の特権じゃなかったの?
意味わかんないんですけど……。
もういいや。どうせもう失礼な態度を取っちゃったなら1つも2つも変わらないでしょ。
「あ、あの……。何でボクがここに呼ばれたのかわからないんですけど。」
「おお? シルヴィアや。説明しておらんのか?」
「しておりませんわ」
「な、なぜしておらんのだ……」
「その方が面白そうでしたので」
「……そ、そうか。」
そうかじゃない!!!納得しないでよ!
面白そうって何よ!意味わかんないよ!
シルを睨みつけるけど、ニヤニヤと笑っている。
あ。これ仕返しのつもりだな!!
ボクが最近シルを見てニヤニヤしてたからだ!絶対そうだ!!!
隣で慌ててるイオネちゃんなんて完全にとばっちりじゃない。可哀想に……。
「それなら説明しようか。レティーシア、それにイオネ・テュリス。両名は先の戦争にて武功を上げたが、王城の受勲式には参加できなんだでな。ここに足を運び、直接受勲式を執り行う事となっていたんだよ。」
受勲式ってなんぞ?
なんにせよ、王様が態々ボク達のところまで出向いてくれたって事??
そ、それって大丈夫なの……?
「君達は国の為に尽くしてくれたのだ。私から足を運ぶのが礼と言うものだろう。特にレティーシア君。君の功績は息子やシルヴィアから聞いたよ。シルヴィアの姫騎士隊よりも大きな功績を上げたことになるね。」
「ほえぇ……。」
そ、そうなの?悪魔と直接戦ったのはヴィンフリーデさんやティオナさんで……。
ラーズニクスの足止めをしていたのはシルのご両親だし……。
確かにラーズニクスを倒したのはボクかもだけど、あれを理解できた人っていないんだと思ってたんだけど……
「それでは、受勲式を執り行う。」
……勝手に、そして強制的に。
受勲式とやらが執り行われていった。
正直なんか物々しい勲章を3つも貰ったけど、言葉の意味すら理解できなかったし、これがなんの勲章なのかさっぱり。
とりあえずわかっているのは、これ、捨てちゃいけない。ただそれだけ。
「お前なぁ……」
なんかものすごい感動しているイオネちゃんとは対照的に、全く意味がわかっていないボクの態度に気付いたのか、リンクが呟く。
イオネちゃんはよくわからない勲章を1つ貰って、とても大切そうにしている。
ボクはなぜか勲章を3つも貰ってしまったんだけど、よくわからないけど邪険にも扱えないので落とさないように両手で持ちながらきょとんとしていた。
勲章って何? おいしいの?
燻製ならわかるんだけどなぁ……。
おいしいよね。
「この子には勲章よりもお金を上げたほうが喜ぶわよ。」
「それも現実だろうて。もちろん賞金もある。君達の未来に期待しているよ。」
そう王様に言われると、どこにいたのかボクとイオネちゃんにそれぞれ金庫のような箱が渡された。戦争前にシルに渡された箱よりも煌びやかで、なんか値打ちがありそうだ。
これって売ったらいくらくらい
「それ、売らないでよ? 流石にそんなことしたら不敬どころじゃないからね?」
……
「……あはは。う、売らないよ……?」
「どうだか」
そ、そうなんだ……。っていうかそれ、わかっててもこの場で注意するのはヤメテ!
王様苦笑いしてるからっ!!
「ははは。実に面白い子よの。」
「いやぁ……あはは……」
とりあえず今この場で金庫みたいな箱を開けるわけにもいかないので、式典っぽいのが終わるまで脇に置いておく。
ボクとイオネちゃんの為だけに執り行われた式典だったので、簡易的なものではあったけど、やってくれるということ自体はとても嬉しいことだよね。
家族を呼ばなかったのは、シルからボクへの配慮だろうか。きっと、家族がこの場でちゃんと受勲した説明とか聞いてしまったら卒倒しちゃってただろうし。
「ところでレティーシアよ。」
「はい?」
式典っぽい空気も終わり、一息ついたところで王様に名前を呼ばれた。
もうこの際礼儀とか知らないキャラで行けばいいと思うんだよ。
そっちのが楽だし。
「先ほどの話なんだが、どんな紋にするか案はあるのかの?」
「……はい?」
先ほどの話ってなんでしょう?
勲章をもらった時から何を言ってるのかちんぷんかんぷんだったので、式典中に王様が言ってくれてる事の殆どの話をすっとばしました。……ごめんなさい。
「この子、話聞いてなかったわよ。」
「……そ、そうか……。」
怒られるより、がっかりされる方が精神的に堪える気がする。
王様ごめんね……。
今度はもうちょっとわかりやすく話してくれると嬉しいかなぁ。
「功績を讃えて国王特別武勲賞、ユニークバッジを作ってくれるって話をしてたのよ。何か案はあるの?」
シルがすごい噛み砕いて説明してくれる。
最初からこんな王様と王子様と王宮に勤めているような官僚みたいな人達で物々しくまとめずに、シルがやってくれればよかったのに。
そういうわけにはいかない事くらいわかってるけど。
「きゅ、急に言われても……。」
「勲章の授与から30分は経ってるわよ。」
そんな経ってたっけか。
「ほら、30分も急っていうか……。あっ!」
「何か思いついた?」
「あ、じゃあこれ!これをなんかかっこよくデザインして貰ったりとかできますか?」
そう言いながら次元収納から取り出したのは、黒十字の魔宝珠。
クロイツ・デーモンオークから取り出した戦利品だ。
案っていう程度なんだから、デザインの肝になるしいいと思ったんだけど。
「お?ほう……これは魔宝珠か。珍しい。」
「貴女、またそんなものを……。どこで手にいれてきたの?」
「ほら、シルが待ってる間に?」
「……家庭教師じゃなかったの?」
「……」
そういえばそういう設定だったの忘れてました。
正直あの魔宝珠には特殊効果があるから、血約して自分専用にする気にはなれないんだよね。外見かっこいいけど、ボクにはこの髪飾りにしてる綺麗な王冠型の魔宝珠もあるし。
それなら加工してもらって、飾りにしちゃってもいいんじゃないかな。
血約しないと魔水晶は絶対使えないってわけじゃないしね。
まぁほぼ100%使う魔水晶は血約するのが基本なのは、魔法の秘匿性上常識なんだけど、そんなに重要で知られたくないような魔法を登録するくらいなら使えるわけだし。
「あいわかった。」
王様がそう言いながら黒十字の魔宝珠を懐にしまいこんだ。
まぁなんで紋とやらを作らないといけないのかの説明を聞いてなかったので、何故案を出さなきゃいけないのか未だに知らないんだけど。
まぁね。あのままあの魔宝珠が返ってこなくても、献上品としてカウントしてくれるんならありなわけだしね? どうでもいっか。
とか思いながら大広間から退室した。
イオネちゃんはまだ勲章を眺めて嬉しそうにしている。
今までで見たことないくらい幸せそうなんだけど……。
そんなにすごいものなのかな?
……
……後でシルに聞けばいっか。
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