未だ見えない策略と謀略。
ロックさん達は松明を所持していない。その役目は全部フヨのパーティが担っていたからね。
こうなる事を想定していて、全部自分達で光源を管理しようとしていたのなら、用意周到だと感心してしまうかもしれない。……方向性がズレすぎだけど。
さらにロックさん達が進む側の道には設置盾があって進む事もできないとなれば、戻るしかなくなるはずだ。
合流したシトラスを含め、契約悪魔の3人とボクの4人でダンジョンを進んでいく。
所々に暗闇の中へ突っ込んで行った元パーティメンバーの一部と思われる体のパーツや、装備品なんかが転がっていた。どれも血に塗れ、どこの一部なのか一瞬見ただけではわからないほどに荒らされている。
血が、まだみずみずしさを残している。
明らかにこの数分で流された血飛沫が滴り落ちて水の音が鳴り響いた。
静かな洞窟。
姿を見せない敵。
とてもじゃないけど出来たばかりの若いダンジョンの難易度だとは到底思えない。
つい1週間前まで大きな戦争を経験していたからだろうか?
人の体のパーツなんていうとんでもないものを見ても吐き気を催す事もなくなってしまった自分に、なんかちょっと切ないものを感じてしまったりもするんだけどね。
慣れたのか。
それとも……壊れてしまったのか。
そんな自分にちょっとした落胆を覚えながらも、4人では横一線になって歩けない広さの通路を2人2列になって進んでいく。
ボクの前には小さな悪魔が2人。
突如現れる横道から、大きな手に握られた石斧が振り下ろされてくるが、難なくそれをルージュが腕ごと切り落とした。怒り狂った緑色の巨体が姿を現すが、声を発するまもなくルージュの腕が顔を貫き絶命させる。
4方から引っ切り無しに襲い掛かってくる攻撃を、4人でそれぞれ難なく往なしながらシトラスを先頭に幾重にも分岐する道を真っ直ぐに進んだ。
シトラスはこの数時間の間に、この階層に限ってだけれどすべての道を探索したらしく、マッピングは完璧なんだそうだ。
ただし、この階層に限ってと言われたとおりこのダンジョンには先がある。
若いダンジョンという話だったけど、中にいるモンスターの凶悪さもダンジョンの広さも、そもそもダンジョン自体の難易度も。
ボク自身、出来立ての若いダンジョンとやらに来るのはもちろん初めてだけど、とは言えそんなボクでさえこれが若いダンジョンと呼ばれるには余りに異質なのはわかる。
このダンジョンで遭遇するほとんどのモンスターはオーク種だった。
たまにゴブリン種もいるけど、ゴブリンがいたのは入口だけで、それもわざわざ未進化種の誰もが警戒しないようなモンスター。そこから少し進んだ所で突然にオークが襲ってきたことから、冒険者を招き入れる為の明らかな罠だと思われた。
ダンジョン構造自体はかなり入り組んでいるけど、罠の数はかなり少ない。
オークの知能はそこまで高くないはずなのに、それぞれが見えない位置で待ち伏せてから攻撃を繰り出してくることから、今までのダンジョンのように自然発生したモンスターや魔獣が、そのまま個々に生活していると言うよりは、集団での生活と、狩り場とも呼べるような場所の指定に侵入者への対応。そういった纏まりと指示が見て取れた。
「その……なんとかオークってのは知性があるの?」
ふと気になって問いかけてみると、シエルが答えてくれた。
「はい。2足歩行種……一般的に言えば“人型”のモンスターは、ある程度まで進化を遂げると人間並みの知能は獲得します。ですが知性とは歴史と文化が折り重なり研鑽されていくものですので、オークが突然クロイツ・デーモン種に進化して知能を獲得したところで、ここまでの指示を出せるような知性をいきなり得るはずはないんですが……」
ルージュが少し考える動作をし
「悪魔か、人か……」
呟く。
「……外からの入れ知恵があったってこと?」
「はい。悪魔であればオークが進化できる程の魔力を供給することも可能でしょうし、なおさらそれが悪魔だったのであれば進化先がデーモンオーク種であることにも頷けます。悪魔がついている可能性は高いかと。ただ悪魔は……」
「悪魔は……?」
ルージュにしては歯切れの悪い言い方をするのが気になる。
「いえ……。基本的に精霊種と呼ばれる我々の種族は、それ単体で意思を持つ事はあっても目的を持つ事はありません。我々精霊種の目的は、世界に召喚された後、召喚者の願いを以って初めて発現するのですが……。その中でも悪魔種は一番多様な目的を持つ事ができます。例えば天使種などは、願いを叶える能力は高いのですが、過程を経る力は殆どありません。つまりは『お金が欲しい!』などと天使に願えば、金銭または価値のある物、そのものを与えることは出来ますが、その願いの本質がこれから行う商いなんかを手助けし、結果お金と名声を得させるようなものであれば願いを叶えることは、ほぼできません。その逆が悪魔種でありますれば、悪魔は金銭そのものを渡して目的を終わらせることは基本致しません。それこそ過程を以って願いを叶えることを良しとする種族なのです。このように、願いの本質によって精霊種にはそれぞれ、向き不向きというものが存在するのですが……」
「あ~……なるほど。じゃあ今回は悪魔の可能性のほうが高いってことだよね? 知識を経て進化を得ているってことでしょ?」
「そう……なりますね。そうなのですが……」
「引っかかることがあるの?」
「はい。そもそも我々悪魔はそういった過程を楽しむ種族ですので、オークなどの知性が低い種族とはコンタクトを取ろうとはしないのです……。まぁ奇特な悪魔も居りますので、いないとは一概には言えないのですが、ちょっと疑問には残りまして……」
「ふうん……」
う~ん。正直ボクがここで考えを巡らせていたところで答えなんかでようもないのはわかっているんだよ? でも明確なフラグと言うものがあるこの世界で、数万年分の知識を持つルージュが、自分の種族の事でおかしいと感じている事を放っておくって言うのは、手遅れになりかねない問題なんじゃないだろうか?
ボクも最初に感じていた事が引っかかる。
若いダンジョンだと言い切っていた領主に調査を依頼されたダンジョンが、若いにしては異常な難易度だったことだ。
まさか領主様が嘘をついていたんじゃないかなんて、ふと思っちゃったりもしたけど、ダンジョンを進んでいくに連れてそうじゃない事は一目でわかった。
探索された跡が無さ過ぎるのだ。
もしも前々から見つかっていたダンジョンであれば、もっと人が探索した跡が残るだろうし、発見されてはいたが秘匿されていたダンジョンなのであれば、もっとモンスターが生活した跡が残っていてもおかしくないはずなのに。
それにしては、ダンジョンが入り組みすぎている割に部屋数が少なすぎて、とてもじゃないけど沢山のモンスターが生活するにはスペースが足りなすぎる。
つまり領主が嘘をついているんじゃないのであれば、ここは若いダンジョンだと言う話は間違いがないという事になる。
そうなるとやっぱり気にかかってきてしまう。
最初にボクがクエストに出た時にもおかしいと言われていた、この鎧の素材主。
シュヴァルツ・クラウンウルフの件。
あれは王都からかなり近い場所に突然発生した変異種だった。
森の中で偶々ボク達が見つけ、偶々ボク達に倒す術があり、偶々討ち取れたからよかったものの……。あれが普通に難易度通りの冒険者パーティが依頼を受けて森に行っていたら、全滅どころか王都にかなりの被害が出ていてもおかしくなかったのだから。
そして、その僅か数ヵ月後に起きたモンスターパレードと山脈から静かに大量のモンスターが進行してきた事。
もしもシュヴァルツ・クラウンウルフが王都を荒らしていたら?
今回の様な対応が、あの大規模な侵攻に対して出来ただろうか?
まず間違いないのは、王都にシュヴァルツ・クラウンウルフが侵入してしまった場合、学園は確実に一時閉講していただろう。そうともなればシルは多分領に帰っていただろうし、領にいれば山脈防衛の指揮をシルが執る事も無かったはず。
あれを乗り切れたのは、数の上での見た目が膨大に膨れ上がったモンスターパレードなんかの難易度より、モンスターの質が高かった山脈防衛側にシルの戦略とシルの姫騎士隊が居てくれたからこそ乗り切れたと言っても過言ではない。
シルがもしもあの時点で王都にいなければ、モノブーロ村跡地にすぐ出向いて大掛かりな罠の製作を始めるような時間は無かっただろうからね。
あの戦いを見る限り、上位冒険者パーティにも姫騎士隊級の戦力を持つ人達もいるけど、国が有している最高戦力はどう見ても姫騎士隊。
まぁ。それを個人で……しかも15歳の公爵令嬢が持ってるって言う話もおかしいっちゃおかしいんだけど。
ま、天才に年齢は関係ないしね。使えない無能な50歳のおっさんに有能な人達を任せるより、めちゃくちゃ天才な15歳の少女に有能な人達を任せたほうがいいのは確かなんだから。さらにラインハート家にはお金だってあるわけだし。
シルにそういう戦力が集まっちゃってるってことは、逆に考えればシル程にとは言わずとも、めちゃくちゃ有能な大人は他にいないってことになる。もしも賢王という存在がいなかったら、もうこの世にグルーネという国は無かったのかもしれないね。
まぁそんな話はともかく。
今年の、しかもここ半年の内に色んな変異が起きすぎている気がする。
悪魔はルージュ達を見てもわかるとおり、1人しか主を取れない。
そして、ルージュを呼び出そうとした悪魔の傍に、契約者の存在がなかった事も気にかかる。
ルージュと2人で相談しながらダンジョンを進んでいくと、シエルとシトラスがボク達2人の分までモンスターの処理を対応してくれていた。そのおかげで大して返り血を浴びる事もなく、シトラスが案内してくれていた部屋の前へとたどり着く。
もちろん、この時ルージュの瞳にボクがずっと映っていた事など知る由も無く。
ルージュが考えていた事を感じる事もなかった。
(この変異の中心にいるのは……シルヴィア様ではなく……)
ノブレス・オブリージュ。
ボクは貴族の生まれじゃないから、賢王が家訓とし、シルが大事に守ってきたこの言葉の意味には当てはまらない。
シルがシルらしく。
貴族には貴族として生まれてきた義務がある。
そういう信念を持って生きているように。
ボクにはボクが力を生まれ持っていた事にも義務があるんじゃないかと、この学園に来てから思うようになった。もちろんシルの影響だけどね。
だから、ルージュの視線に気付かずとも。
考えを読めなくとも。
その先は知っているんだよ。
きっとこの先に、ボクには待ち受ける試練があることなんて。
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