前編
三部作を予定。は未定。自分で自分を追い詰めないと終わらない(笑)
「さて。この落とし前、どうつけるつもり?」
その日、極妻のような私の発言に会社が揺れた。
「……眠い」
誰かが呟いたその一言は、うちの課全員の総意だろう。
ここはブラック企業かと言いたくなる完徹後、さらにそのまま仕事とかお肌の曲がり角年齢なめてんじゃねぇぞ、と目付きも悪くなる月締めの納期ラッシュ。
死ぬかと思った、実際何度か誰か行き倒れていた。そんな修羅場を終えた私達を待っていたのは、ふかふかのベッドでも安らかな安眠でもおいしいご飯でもなかった。まぁ、私が地雷をばらまいて自分で踏むんだけど。
「課長、私外出したいんだけど」
「外出? どこに」
しっぽのようなひとつ結びの髪をほどいた私の突然の発言に、肩? 首? をバッキバキと鳴らしていた課長が首をかしげた。
「区役所」
「区役所? 住民票か?」
「テンさん、総務に書類だしてなかったの?」
「いや、それは出した。海斗が」
「「だよねー」」
そうじゃなくてだな。
「緑の紙もらいにいきたいんだけど」
深刻な睡眠不足に呪われて思考回路がぶったぎれている同僚達が、一斉に首をかしげた。おお、なんか怖い。
「緑の?」
「みどり?」
「紙?」
「テンさん、今はホムペからダウンロードできますよ。茶色い方は色々かわいいのとかあったでしょー?」
「なるほど」
その手があったのか。得意分野じゃないか。てか茶色い紙なんて海斗が勝手に用意してたから知らん。
「でも、どうするんですー? 緑の紙なんてー」
疲れきってだらけて語尾まで伸びた後輩の声に、今度は一斉に反対に首をかしげた同僚達。だから軽くホラーだというに。
「ああ、離婚しようと思って」
「ああ、なるほ、どー?」
「ん? 離婚」
「りこん?」
「誰と?」
「緑の紙?」
それぞれが呟いて、目を合わせて。眠たげなまぶたがカッと見開いたと思ったら、異口同音に叫んだ。怖っ。
「「「「離婚ー!?」」」」
今? 今頃理解なの? どんだけ睡魔がお仕事してるの。
「「「「「あのフラッシュモブが無駄に!?」」」」」
そっちかー。この発言で気にするのそっちかー。
私、旧姓天川甜華の結婚してました事件? から一ヶ月。
新たな事件は誰も知らないうちに発生していたのだった。
「どうゆうことだい?」
代表した課長に聞かれた。ちなみに他はムンクになって使い物にならないので、まとめて仮眠室に放り込んだ。男女ごっちゃになってたような気がするけど、まぁうん、気にするな気になるから。
「はぁ、まぁ。話せば長いことながら」
かくかくしかじかえとせとらえとせとら……。
「とまぁ、こんな感じで」
笑えるよねぇ。とニヤリとした私に笑えねぇよ! と返す奴らはいない。そろってお寝んねだ。かわりに課長の深く長いため息が聞こえた。
「魔王夫婦に喧嘩を売る馬鹿がいるとはねぇ」
「いるでしょ、そりゃ」
「あの3馬鹿は例外だろう? で、神田君は?」
「出張です」
都合がいいよね! どっちもね! そらそうさ、やられっぱなしでいるものか。私はやられたら万倍返しが基本だぞ? 普段は海斗が先にやっちゃうから黙ってるけど、大人しいタイプじゃない。むしろ逆、おしとやか? なにそれおいしいの? だ。
ふふふっ、すでに種は蒔いてあるのだよ。地雷と一緒に。水やりは終えたし、多分あちこちで芽が出てるはず。楽しみだなぁ。
「……内監に目をつけられないように」
「心配ご無用です、獲物は同じなので共同戦線に移行しました」
「なにやらかしたのそいつ」
「まぁ、色々と?」
「…………(救いようがねぇ)」
まったくだ。
さて、どうやってしかけようかな♪ とウキウキしていたら、向こうからきてくれた。わぁ、楽チン♪
「天川さん、ですよね」
問いかけじゃなく確定で聞くって無駄じゃね? 少なくとも私の時間が。プライスレスなんだそ? 時間って。しかもお昼時の食堂でご飯食べてるときに目の前に仁王立ちって、どれもこれもマナーがないとしか言いようがない。
「……だれだっけ?」
「営業補佐の新人類。空気読めないニュータイプともいう」
「なるほど」
隣にいた同僚に問いかけると、的確な答えが返ってきた。ステキ。
「で、お名前は?」
「は? 知らないの?」
「誰もが知ってるほど有名人なの? 芸能人かなにか? てか、なんで知ってないといけないの? 自意識過剰じゃね?」
先手必勝とかじゃないけど、下手に出たら相手のペースに呑まれるだろう。気づいたら悪女なんて笑えない、マジで。鬼悪魔な海斗がなんかやらかす未来しか想像できない、逃げるなら今だ、ニュータイプ!
「海斗さんから聞いてません? 私のこと」
ポカーンなアホ面から立ち直ったらしい、ドヤ顔である。悪女はそっちじゃね? と言いたくなる表情だ。
「ああ、あなたが」
「聞いてたんですね、ならおわかりでしょ?」
「後輩の悩み相談で飲み屋に行ったら当然のようについてきて隣に座ってない胸押しつけて変な子アピールした上、海斗に一服盛って既成事実を作ろうとした愚か者」
「なっ、は!?」
「海斗の後輩ってあなたの幼馴染みなんだって? しかもあなたの方が立場が強い」
「っ!!」
「どんなアルコールでも酔わない海斗が寝落ちした時点で疑惑は確信だったんだよね。その上ふたりがかりでホテルに連れ込む様子は目撃者多数ときた」
穴だらけの作戦だなぁ、とあきれたもんさ。
ドヤ顔から一転、青ざめたニュータイプは、キッとこっちを睨みつけてきた。
「そんな証拠がどこにあるのよ!? 私は海斗さんとふたりでホテルに行ったのよ! 楽しい夜だったわ!!」
言っちゃったかー。言い切っちゃったかー。
「終わったな」
呟いた声は小さくはないが誰も突っ込まない。言った本人であるところの隣ではごちそうさま、と手を合わせてる同僚。でもそれ、ご飯にじゃなくて、ニュータイプにだろう? ご愁傷さまでした的な。
「それはなにより。ところで、見てほしいのがあるんだが」
「なによっ」
ケンカ腰はやめてほしい。やかましいおかげでギャラリーも増えた。
私はタブレットを操作すると、ニュータイプに見えるように向けた。
そこには、さっきも言ったように飲み屋で海斗の飲み物になにかを入れるニュータイプ。ホテルにふたりがかりで連れ込み、後輩男子に怒鳴り散らすニュータイプ。服を脱がせたはいいが下着を下ろせなくて(無意識的防御で海斗がしっかり握ってる)また喚くニュータイプ。あきらめて自分だけまっ裸になって海斗の隣に横たわるニュータイプ。
早送りして、朝いかにも事後ですと頬を染めるニュータイプ。海斗が着替えに消えた後勝ち誇ったようにニヤリとするニュータイプ。えげつねぇ。
「でたらめよ!!」
「失礼な。正真正銘防犯カメラが撮った真実だ」
「ウソツキ!! っていうかいい加減ご飯食べるのやめなさいよ!!」
「昼食中にきたのはそっちだ」
「どっちが失礼なのよ!!」
「私じゃないことは確かだな」
「なんですってぇ!?」
冷めたらおいしくなかろうよ、酢豚。むぅ、海斗が作ったのが食べたい。
ちょっと固いお肉をもぐもぐ噛んでる私に、イライラしたニュータイプが叫んだ。
「あんた離婚するんでしょ!? ならさっさと別れなさいよ! 年増の嫉妬なんて見苦しいわよ!!」
ほんと失礼だな。私はまだ20代だ。
テンさんがんばれ、海斗に負けるな! 今度こそ尻に敷くんだ!




