この人間について
これは、とある人間の思考、感情、人生を描いたある種、遺書の様なものだ。
きっともしかしたら、この人間は生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない。
だがしかし、ここで述べられる文でその思い等と決別するという意味ではやはり遺書なのかもしれない。
私はこの人間を良く知っている。
知り過ぎているが故に何も知らない。
そんなあやふやな手記で申し訳ないが綴っていこう。
その人間は、とてつもなく 考える 人間であった。
自分に起こっている事柄、何もかもを深く考える人間であった。
そんな人間には、友という友は二人ほどしか居らず、
家族は居るには居るが家族と呼べるものは到底母しか居なかった。
学業も中学は数える程しか行かず、高校に進学し少しばかし最低知識を学んだが
大学では、ただ漠然と やらなければならないからやる という大学生とは思えない風であった。
趣味といえば、昔の文豪の方々の書物を読む事であったが
それも同じものを繰り返し読むだけでなかなか新しい書物は読まなかった。
その人間曰く「新しいものは少しばかし怖い」らしい。
私からすれば分からんでもないが書物くらい、と思ってしまう思いをグッと飲み込み
「そうか。」と興味無さげに答えるだけであった。
何故、飲み込んだかというとそれを言ってしまったらその「怖い」理由を
永遠と聞かされるからである。
その人間は、独特な自分の思想を何事にも持っていてそれを聞いてしまえば
学校長の挨拶より眠くなってしまう様な演説を聞かされる。
だが、そんな人間だが一つだけ思想を持てない物があった。
それは「生と死」であった。
哲学書等でも読めばいいのにと読者諸君は思うであろうが
読んでいるのだ。読んでいてそれらを漠然と理解はすれど、どれも共感ができなかったのである。
唯一共感出来たものと言えば、かの有名な太宰治の「人間失格」であろう。
その人間は人間失格をこよなく愛し読み続け、時には朗読を聞き
そして永遠と人間失格の良さを語るのだ。
ここでこの人間の変人っぷりを露見してしまうのも良いが
長々と語り読者諸君を退屈させてしまうので割愛しよう。
(そもそも遺書の類なのだから関係ないのだが)
では、そんな人間の阿呆の様な思考を読者諸君と覗いていこうと思う。
そして葬ってしまおう。