月の日
学校を出ると、外はもう暗かった。8時過ぎだから当たり前なのだが。
今日の試合は散々だった。余裕で勝てるはずだったのに。俺のミスで全てが狂った。青空に吸い込まれたボール。その光景が目の奥に浮かんで消えない。
チームの奴らの励ましが痛くて、苦しくて、学校に逃げた。一緒にいるのが辛くて、俺は……。
「くそっ……」
野球ボールを地面に叩きつけようとして、思い切り腕を振り上げた。
バシッ。
誰かの手が、それを遮った。
「……なんか、あった? 話くらいなら聞くけど」
同じクラスの能登奈那美。……10年近く野球を続けている俺の手を、軽々と押さえつけている。いくらテニス部でも強すぎるだろ……。
「…………」
「…………」
無言。
何か話してくれないだろうか。話そうにも何を話したらいいものか、野球しか見てこなかった俺にはわからなかった。まず話題なんてもの、持っていない。
……いや、話題なら一つあった。しかし、あまり話したことのない彼女にこんな話をするのは、プライドが許さなかった。いや、失敗を晒すのが嫌なだけだ。惨めな、だけだ。
「…………」
「……ねえ」
「…………何」
「…………月」
「え……?」
「月、綺麗だなって」
その言葉につられて空を見上げた。確かに綺麗な満月だ。まるで俺を嘲笑うかのように輝いている。しかし、何でそんなこと……。
「好きなんだよね、月」
「へぇ……」
「でもちょっと嫌い」
「え? 何で」
思わず聞くと能登は下を向いた。
「月ってさ、テニスボールに似てない?」
「は?」
「色とか形とか」
うーん、似てる気もするけど……。形だけなら野球ボールにも似てる。そんな風に考えたことなかった。
「月見ると.部活で失敗した事とかを思い出しちゃうんだよね……。月がテニスボールに見えて、失敗した時の周りの視線とか、声とか……全部思い出しちゃう」
「…………」
「そしたらさ、凄く悔しいっていうか惨めっていうか、自分が全部駄目な気がして、全てが無駄になった気がして……」
馬鹿だよね、と能登が自嘲気味に笑う。そんなことないのにな、きっと自分が思い込んでるだけなのに、自信はどんどんなくなっていくんだよね。
しばらくうつむいて、俺は話を聞いていた。淡々と、でもどこか感傷的に聞こえるその声はゆっくりと心に染み渡っていく。能登の言葉は少しずつ減っていきーー。
「………………ははっ」
「……? 鹿島くん?」
「はははっ」
なんだ、同じじゃないか。惨めなのは、辛いのは、悔しいのは、同じだったんだ。俺だけじゃ、なかった。俺だけじゃ……。
「もう、私真面目な話したのにさあ! 鹿島くん笑すぎだよ!」
「痛っ! 悪い悪い、ちょっと色々あんだよ、俺にも」
「色々あるってー! 酷いのには変わりありませんー!」
バシバシと笑顔で背中を叩く能登。月明かりの下、その笑顔はなんだか特別なものに思えた。
「悪かったってば! ははっ」
「あー! まだ笑ってる!! 反省してないでしょ!!」
月はより一層輝きを増して、俺達を照らしていた。