ある人形屋の一夜
人形〈ドール〉 それは人格をもった人形たち。
2549年に起きた反乱戦争から30年。人格___いや、心といったほうが良いのだろうか、
一般にいう人格モジュールを搭載したヒト型機械の製造は禁忌とされていた。
暗い倉庫の中に所狭しと並ぶソレは老若男女様々な形をした機械人形。
遠い昔、ある街に禁酒法というものがあったらしい。しかし飲酒は横行していたという。それと同じことだ。ココロを持つ人形は需要がある。だからこそ、ヒトに似過ぎた彼らは今日も薄暗いどこかで誰かが取引されているのだ。
「まったく、気味が悪い。こんなシケたニンギョウが飯のタネになるとは世も末だねえ」
紫煙をくゆらせ、どこかくたびれた趣の青年はため息をついた。
その様子を隣に佇むメイド服の少女は何処か呆れた風に彼を見つめる。
「それを貴方がいうのですか」
「僕にはキミたちを下品な目で見たり、後ろ暗いことに使う変態どもの気持ちはわからないからねえ」
肩をすくめる青年は目を細めると小さくつぶやいた。
「さてお客さんがいらしたようだよ。ファルシュ、用意を」
「かしこまりました」
一礼して、足取り軽く去ってゆく彼女の後姿を傍目に青年―リュシル―は薄く嗤う。
「さて、さて。今宵のお客さんは何色かなあ」
クラウン人形販売会社
そう呼ばれる会社があるらしい。
そこは、昼間は優秀な人工知能搭載機械や演劇用の精巧な人型人形を販売している。ある道の者たちにはそこそこ名の知れた老舗なのだという。
だが、噂はそれだけではなかった。
人知れず誰かが囁く噂ともいえぬほどひっそりと誰かが誰かへとつないだ眉唾物のような話だ。きっと、正気の輩が聞いたら嘘だろうと一笑するようなくだらない噂。されど、どこか真実味を帯びた不思議な話。
真夜中の2時にクラウン人形販売会社の倉庫の裏口を三回たたくと、そこは、自ら話し、笑い、泣く、禁忌の人形たちを売る闇商人がいるという。彼らは、どんな性格のどんな姿かたちの人形も報酬さえあれどんな人形でも創ってくれるのだという。
何時もなら笑い飛ばしていた、くだらない噂。
しかし、その男はその噂に飛びついた。藁にもすがる思いだったのだ。
―――もし、もしその噂が真実なら。
もし、願い通りのモノが手に入るのだとしたら
きっと、私は命も惜しくない。―――――――
そして今宵、だれもが深い眠りにつきしんと静まり返ったその場所で、男は三度震える手で門を叩くのだった。少し間があって、門がゆっくりと開く。そして若い男と少女の声が男の耳に届く。
「やあ、お客さん、いらっしゃい」
「ようこそ、人ノ形屋へ」
開けられたドアの向こうにいたのは、薄暗い中淡い光を放つランプを持った、柔らかな笑みを浮かべた端正な顔立ちの青年と、今時流行らないメイド服を着た銀髪の少女だった。闇商人という言葉が似つかわしくないほど穏やかな二人に男はすこしとまどう。
そんな男を傍目に青年は男の向かって軽く一礼すると話を続けた。
「やあやあ、ようこそいらっしゃいました。悪いね、規則で明かりはあまり大きくできないんだ。さあさあ、そこに立ってないでこちらにいらっしゃいな。久方ぶりの客だからねえ、温かい紅茶とお菓子を用意させてもらったよ」
「あ………ああ。頼む」
「では、ファルシュ」
「かしこまりました。お客様、こちらへどうぞ」
そう言って無表情に一礼した少女――ファルシュ――の後ろを男は少し呆然と追いかけていく。歩く道すがら青年のランプによって照らされるのは無数の人影。老いたものもいれば若いものもいる。男もいれば女もいる。だが、どれもが何処か虚ろなガラス玉のような瞳をしてガラス張りの箱の中に収められていた。ランプの淡い光に物言わぬ彼らの顔がぼんやりと照らし出されて通路は何処か薄気味悪い。
「……これは……」
「ああ、驚かせてしまったみたいだねえ。これは商品だよ」
「商品? 」
「そう、ウチはこれでも人気な店でねえ、対面販売以外にもいろいろとやっているんだ。
そこで注文されたモノさ。形を作ってこれから人格プログラムを入れるんだ」
青年曰く、この人ノ形屋で創られるモノはすべてオーダーメイドで、これらのモノはあとはプログラムさえ入れれば完成するのだという。
願い通りの姿形
願い通りの性格
どうやら、噂は本当だったらしい。これならばきっと……きっと…私の願いもかなう。
そう男は思った。
「では、本当に願い通りのモノができるのだな」
「ええ、これからそのことについてお話しするのでしょう? お客さん」
青年は、食い入るように青年を見つめる男をちらりと見て嗤った。
案内されたそこは、倉庫の奥まったところにある書斎のような部屋だ。青年に勧められてソファに座った男は興味深げにその部屋を見まわす。整理された、どこか人間味のない綺麗な部屋だ。
「どうぞ。粗茶ですが」
「いや、ありがとう」
そして、静かに紅茶とお菓子を配る少女を男はちらりと盗み見る。
美しい少女だ。純銀の髪に碧玉のような瞳。人形のように端麗な顔立ちをしているが、無表情な所為かどこか恐ろしさを男は感じた。
「おや、その子をお気に召したかな? 」
「い…いや、ただ美しいなと」
「だ、そうだよ? ファルシュ」
「お客様。おほめに預かり光栄です」
青年は楽し気に笑みを浮かべ、少女はこちらに向かって流れるように一礼した。
その様子に、どこか気まずさを覚えて男は誤魔化すように笑みを浮かべる。
「さて、冗談もこのくらいにして商談と行こうか。ねえ、お客さん」
そんな男の様子を察したのだろうか、青年はパンと手を叩いて笑みを深くした。
「ほんとうに、わかりませんね」
男が、どこか晴れ晴れとした笑みを浮かべて立ち去ったあと、少女は悩まし気に呟く。
そんな彼女を傍目にリュシルは紅茶を一口、口に含む。かぐわしい芳香と微かな甘み、まったくファルシュも紅茶を淹れるのが上手くなったものだと、柔らかい笑みを浮かべて彼女に問うた。
「おや、ファルシュ。なにが解らないのかい? 」
「ええ、あの男はこの店でも珍しい注文をしました」
「そうだねえ、最近では珍しい注文だったねえ。40代女性、容姿は写真の通り、性格は脳データーバンク情報からの完全コピー、あと10代男性、こちらも以下同文。命令、支配レベルは最低限、自己意識に自分が人形であるという認識は埋め込まないでほしい…ねえ」
出来立ての書類をひらひらと揺らす。
そんなリュシルを見つめてファルシュは首をこてりと傾げた。
「男はいっていました。『家族を……家族が欲しいんだ』と。確かに、私たちの人格プログラムは正確ですが、片やプログラムに従う人形、片や人間。家族とは互いを愛し合う夫婦とその血縁者からなる団体だと学びました。それでは… 」
「そうだねえ。あのお客さん。気づいていたのかねえ」
リュシルは目を細めて想いを馳せる。
同じ容姿
同じ性格
同じ行動
だが、そこには決定的な違いがある。
彼らは、決してほんものにはなれないのだから。
優しい、優しい、夢のような家族ごっこ。
けれど、きっとそれは永遠に続きはしないだろう。
良くも悪くも人は変わる。人形たちも人格プログラムがあるのだから変わってゆく。
真綿にくるまれたような【取り戻せた】優しい家族との生活。きっとその裏で男は何度も絶望する。これが偽りだ知っているから。何度も絶望し、何度も優しさに救われ、そしてまた絶望する。
そのあと男は何を思うだろうか。
それを見て人形たちは、何を想い、どう変わるだろうか。
「再び起き上がれるのか、それとも…。まあ、どちらにせよ見ものだねえ」
「なにが面白いのか、私には皆目見当が付きませんが。まあ、私も相伴に預からせてもらいます」
そういって、またこてりと首を傾げた少女の様子に青年は口角を上げて笑う。
そして、空虚な人形が並ふ通路を一瞥していうのだ。
「さて、つぎのお客さんは誰だろうねえ」と。
これは、ただの噂だ。
町はずれにあるクラウン人形販売会社。
真夜中の2時に会社の倉庫の門を三回たたくんだ。
きっと、不思議な青年と美しいメイドの少女が出迎えてくれるだろう。
そこで売られているのは精巧な人形。彼らはキミが望んだ容姿、望んだ性格で素晴らしい人形を提供してくれるだろう。
だが、わすれてはいけないよ。どんなに手に入れた人形が人に近かろうと、それは只の人形だ。もし、それを忘れてしまえば……きっと後悔する。 と。
「そういえば、ファルシュ。その首を傾げる仕草どこで覚えた? 」
「常連のお客様から頂いた本に記載しておりました。『覚えて女の子の奥義★モテ子の仕草100選! これさえ覚えておけばみんなイチコロ♪ 』だ、そうなのですが結果は芳しくなさそうですね」
「あ……あ、ああそうか。ちなみになんで僕にやったか教えてもらっても? 」
「実験には異性の協力が不可欠との記載がありましたので」
「そうか……」
「では、研究のため心拍数並びに血圧上昇具合、それと……」
「い、いやまて!ファルシュ。その研究はまだ君には早いよ…だからまた今度にしよう。な? 」
「そうなのですか」
「そうなのだよ」
「わかりました。もう少し基本的感情を研究してからにしましょう」
おわり。