記憶再構
月
嫌いになったはずの
まあるいまあるい
月が輝く夜
かすかな記憶の中にある
鮮血の赫い月
今日と同じように
あの日も月が
血で染めたように
赫かった……
カレンダーには赤マジックで斜線が引かれていっている。
その斜線は二ヶ月間に渡り引かれている。
これは全て僕が引いたものだ。
目的に向けてのカウントダウンに等しいものになる。
あの日から僕はアイツを殺すために綿密な計画を立てていた。
別に完全犯を目指しているわけではないが、ただ殺してしまうというのも何か物足りない気がした。
アイツだってしっかりと計画を立てていたに違いない。
だからこそ、僕もただ殺すのではなく同様以上の報いを受けさせるために準備をしているに過ぎない。
もっともこの状況で僕に働くもの
――それは僕が記憶喪失だということだ。
これは相手の隙を衝くのに大きく有利だ。
まさかアイツも僕の記憶が戻っているとは思っていまい。
しかし、この記憶喪失がここで有利に働くとは思っていなかった。
まるで最初から仕組まれていたようで気に食わないが、この際気にしないことにする。
時計を見ると丁度二十三時になったばっかりのようだ
「そろそろ行くか。」
親に買い物に行くと言って家を出る。
――まぁ嘘だけど。
親も分かっていても何も言わない。
所詮そんな関係だ。
でも親であることに変わりなく、自分の中でも大事な存在であることに変わりない。
自分で考えてる以上に僕の家族への思いは強いのだ。
この時間になっても外は車が行き交っている。
眠らない都市とはよく言ったものだ。
僕はそんな風景を気にも留めずゆっくりと歩き出した。
徐々に周りは明るい街から暗く影のある街へと姿を変えていく。
それがこの街だ。
表面的には治安もよく発達した都市に見えるが裏は違う。
治安は乱れ、密輸された商品が売りさばかれている。
銃、刃物、ドラッグ、何でもある。
もちろんこの僕がこんな真夜中の路地裏に来たのには理由がある。
そう、それらの密輸品が目当てで来たのだ。
もちろん購入するものは決めている。 アイツと同じ凶器――
これも僕の計画のうちの一つ。
アイツに相応しい最後。
そう、同じ凶器でアイツを殺す。
それが最大の報復となる。
だからこそあのナイフと同じものであればあるほど僕にとっては都合がいい。
周りを見渡せば怪しげな男達がうろうろしている。
僕はその中の一人に話しかけた。
「アンタ、商人か?」
男は一瞬疑いの目を向けたがはっきりとそうだと言った。
「じゃあアンタの取り扱っている商品にナイフはあるか?」
「残念だがうちでは扱ってないね。 餓鬼がナイフなんて使って何する気だ?
まぁいいさ、あそこにいる男に聞いてみな。」
そう言って男は奥にいる中年の男を指差した。
僕はお礼を述べると男の指差した人物に接触を試みた。
最初の感想はハゲ親父。
この暗闇の中でも頭に髪が一本もないのがはっきり分かる。
しかしどことなく人を近づけないオーラを持っていた。
「あ? 小僧が何のようだ。 ここは餓鬼の来るようなとこじゃねぇ。さっさとウチに帰りな。」
周りからゲラゲラと耳障りな笑い声が聞こえる。
あぁ、吐き気がする。
こんな屑共を長くは相手にしていたくはない。
早く話しをつけて帰りたい。
「扱っているナイフを全部見せて欲しい。」
「ほぅ、小僧がナイフなんて何に使うんだ?」
何が面白いのか、ハゲ親父はニタニタ笑いながらこちらを凝視している。
特に教える必要性は無いと判断し、何も言わずに黙ってみた。
わざわざ教えて自分の首を絞める必要性もないだろう。
「まったく、最近の小僧はナイフなんか何に使うんだ。
この前も餓鬼が一人買っていったしな……まぁ、いい金さえ出してもらえば客さ。」
そう言ってハゲ親父は商品であろうナイフを取り出し始めた。
一般的な型のナイフ、折り畳み式のもの、色々な種類のナイフが置かれていく。
ここは使いやすさを考えて選んだ方がいいだろう。 となると一般的な物がいいだろうか。
置かれているナイフのうちの一つを手に取る。
うん、手にしっくりくる。 これにしよう。 これで定石は完成した。
――後は時を待つだけ。
ナイフが映し出した月は綺麗な赫だった。
僕は月が嫌いだった。
僕は暗闇を好む。
だからこそあの淡い光は邪魔なのだ。
月など隠れてしまえばいい。
なんて忌々しいのだろうか。
でも、今この月の光は僕に力を与えているようだった。
そう、僕に味方する月は、血に濡れた真っ赫な月だから……
あの日と同じ月、そしてこれから僕も血にまみれる。
「おい、いったい何処に行くんだよ?」
陸と僕は月明かりのみが頼りの夜道を歩いている。
もちろんこれは僕の計画の一つだ。
ついさっきまで、僕と陸は僕の家で夕食を食べていた。
もちろん僕が誘ったことだ。
陸はかなり驚いてはいたが、二つ返事で了承してくれた。
そしてこのとおり簡単に外に誘い出すことができたわけだ。
「夜の散歩も悪くないだろう?」
心にもないことを言ってみる。
ここはなるべく相手を信用させ、早めに決着をつけるべきだ。
更に路地裏の奥へと進んでいく。
確かこの通りの奥は行き止まりだったはずだ。
ここで全てに終止符を打とう。
僕は足を止め、陸に振り返る。
「どうした?」
陸は不思議そうにこちらを見ている。
「僕は結局カラのままなのかな?」
「な、何言い出すんだよ急に…」
「結局記憶は戻らない、あの日のことは何も思い出せない。教えて欲しい、あの日にいったい何が起きた?」
「それは……」
陸はうつむいて黙ってしまった。 茶番はこれくらいでいいだろう。
「今日から僕はソラになる。」
「え?」
陸の返事と僕と陸の体が接触するのはほぼ同時だった。
「バイバイ。」
ポタッ……ポタッ……
滴る音、あの日と同じ音。 あぁ、やったんだ、遂に僕は……
――殺人者になったんだ
「ふふっ…は、はは……」
「なん、で……?」
陸はゆっくりと地面にひれ伏す。 あぁいい様だ。オマエはそうやって地面に這いつくばっていればいい。
「俺は、オマエの……ために…」
「もういいよ、陸。ごっこ遊びは止めにしよう。」
陸、お前の演技は見飽きたよ。
いい加減うんざりだ、さっさと死んで。
――ザクリ
振り下ろされるナイフ。
壊れたテープのように繰り返される悲鳴。
飛び散る鮮血。
あぁ、今の僕はとても充実している。
今だけは復讐なんてどうでもいい。
純粋にこの時間を楽しみたい。
知らなかった。
血ってこんなに綺麗なんだ。
綺麗な綺麗な赫。
酔いしれそうなくらい綺麗で僕は狂ってしまいそうだ。
そこにいるは、ただ……殺戮を楽しむモノだった。
――この数週間後、僕の両親は殺された。