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Lower world~下降世界~  作者: 空野流星
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夢幻回想

音、それは静かな音


何もなかったかのように響く


始まりの音


在るものが溶け逝くかのような


終わりの音


自らが思い描いたものが


砕ける音


荒廃した世界を再構するように流れる


再生の音




そして……




――破滅の音







僕には記憶はない。 


あるのはソラという名と居場所だけ。 


でも、僕は現状に満足している。 


記憶が無くても特に不便なことはないからだ。 


それに、特に今の生活に不満はない。 



――不満が無いというのは語弊があるかもしれない。



何故なら、僕にはどうしても知りたいことがあるからだ。 


僕の中から消された記憶、その記憶の中にある妹の死。 


その真相を僕は知りたい。そしてできるなら……





僕が高二になって1ヶ月ほどがたった。 


桜も綺麗に散り、やっと自分の置かれている状況に慣れてきたところだ。 



記憶喪失――


去年秋に起きた事件によって僕は記憶喪失になってしまった。 


その事件とは殺人事件、しかも殺されたのは僕の妹、ミチルだ。 

僕は目の前で妹を殺されたショックで記憶を無くしたらしい。 



しかし疑問も残る。 


何故僕は殺されなかったのだろうか?


これが第一の謎だ。 


第二の謎は、何故僕と溢がわざわざ路地裏などに行ったかということだ。 


結局全ては闇の中、いつ戻るかわからない僕の記憶の奥底だ。


「どうした? ぼーっとして。」


背後から浴びせられた言葉によって思考が遮られる。 


ややゆったりと背後を向くと、同じ学生服に身を包んだ一人の青年が立っていた。

彼はまたかと言わんばかりの顔をしている。



「やぁ、リク。」

 


彼は陸。、幼い頃からの仲らしい。 

あくまでらしいとしか今の僕には言えない。


彼を接し方から見ればある程度は納得できるが、僕はあまり好きではない。

どちらかと言うと一人でいることを好む僕には少しうるさすぎる。



「やっぱりまだ慣れないのか? 心配ごとがあるなら俺に言えよ。」

 


相変わらずの心配性だ、そんなに気遣ってもらわなくてもいいのに。


やや呆れ気味な顔で笑い大丈夫と答える。 


そう、日常生活では何も問題ないのだ。



――何も。






「ただいま。」



いつもと同じく自分の家の玄関に立っている。 

何も変わりない日常、何も変わらない自分。


これを幸せというのだろうか?



――それは十分過ぎる幸せだ。

誰もが普通の日常を過ごせるわけではない。

そう考えると僕は幸せな人間の一人に入るのだろう。

 


「おかえりなさい。」



母さんの声だ。


リビングに出ると台所で調理中だ。

匂いから判断すると今日の晩御飯はカレーのようだ。

カレーは別に好きでも嫌いでもないので特に関心は湧かなかった。



これといってリビングにいる意味もないので必要な書類を置き自分の部屋に入った。


ガタンとやや音の出るくらいに戸を閉め自分の椅子に座る。 



――あぁ、なんて落ち着くのだろ。



ここにいる自分が一番充実している気がする。


僕の唯一の居場所。


安らぎの場。


誰にも囚われず、ただ自分の世界に浸れる空間。


僕の日課はここで物思いに耽ることだ。

考えることは一つだけ。

あの日の事件の真相を知ること。


ある日は当時の事件の情報を集め、ある日は当時の記憶を思い出すきっかけを探す。

しかし、今まで成果が出たことはない。

真相は未だに闇の中だ。






「空、お客さんが来ているわよ。」



母さんの声が聞こえてくる。


……客? 誰だろうか?


言われるがままに玄関へと向かう。

玄関に立って待っていた客は、こちらの姿を確認すると不機嫌そうな顔をした。



――えっと、誰だったかな?



「ハンカチ、忘れてるわよ。」



そう言って少女はハンカチを突き出した。

とても高校男児には相応しくないピンクの花柄をハンカチだ。



「あぁ、悪いね。」



そう言ってそのハンカチを受け取る。


これは昔妹が使っていたハンカチだ。



「それにしてもなんでそんな血まみれのハンカチなんて持ってるの?」


「お守り。」



短い言葉で返す。

自分でもそう思っているか分からないが、とりあえずそのようなものだと適当に判断してそう答えた。

本当は自分の記憶が戻るきっかけになるかと思い、持ち歩いているだけだ。



「そう、じゃあ帰るわね、また明日ね。」



そう言って彼女は帰っていった。

何故わざわざ持ってきてくれたのかは分からないがとりあえず助かったのは確かだ。

しかしこのハンカチを落とすなんて今まで一度もなかった筈なのに……


何かの暗示だろうか?






ポタッ――ポタッ――


水の滴る音。 

自分の髪から水が伝って落ちる。 

バスタオルで濡れた髪を拭く。 

しかし完全に拭うことはできず、やはりポタポタと滴る。 

それが忌々しく、苛立たしい。 



「拭いても拭き取りきれないや」



無視してそのままリビングに出た。

父さんはビールを飲みながらテレビを観ている、母さんはどうやら僕がお風呂から出るのを待っていたらしい。 

僕を見るとすぐにお風呂に向かっていった。

着替えを済まし自分の部屋に戻った。


そういえば、父さんにパソコンの中の掃除を頼んでいたっけ?

部屋に入って気づいたことは机の上に何か置いてあることだった。

どうやら果物ナイフのようだ。



「これって、人を殺せるのかな?」



ふと、そんなことを考えてみる。

これで殺す場合は何分かかるとか、何処を刺せば効果的か等、色々な考えが回る。

何故こんなに自分は喜んでいるのだろう?

自分でもよくわからない。

でもそれが自分の求めているものとは思いたくない。


でも……



カラン……


手から落ちた果物ナイフが乾いた音を立てる。

手から落ちたそれは濡れていて、僕は、


――カレヲミタ

 

ああそうか、オマエか。

ははっ、これは傑作だ。あの時の情景が目の前に広がる。


地面に落ちている真っ赫な血に濡れたナイフ。


同じく真っ赫な血に濡れた溢が倒れている。


そして僕たちの前に立つアイツ。 


――分かったよ、それはとても簡単なことだったのだ。

身近な人間が一番怪しい。

なんで最初に気づかなかったのだろう。 


でもやっとこの時がきた。

待ち望んだ時。



「さぁ、復讐の時間だ……」


 

僕のこの手が罪に汚れたっていい、僕はこの手でアイツを……



パリーン!



手から滑り落ちたガラスコップが足元で軽快な音を立てる。

あちこちに破片が飛び散る。

 


「あら、空のコップが……」

 


飛び散った破片を一つずつ拾い集める。 

一つずつ、取り残しが無いように確実に…… 


しかし、飛び散った破片を集めきることは困難だ。 

ここまで粉々では尚更。

 


「何もなければいいけど……」


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