傾国の水仙
「お前が一番綺麗だね」
男はわっちを見るたびにそう言って、わっちの花びらを撫でるんや。
わっちの花はそれは見事で美しくて麗しくて艶やかで上品でな、男が褒めちぎるんはわからんでもないけど、男の指はカサついてて所々ひび割れておってな花や葉が痛むから触って欲しくないんや。
昔はそれなりに良い男だったんや。 良く笑って沢山わっちを愛してくれてな、とても穏やかな良い男やったんや。 けどな、わっちの花が綺麗すぎたんやろうな、あんまりにもわっちが美しすぎてん。 花の色や形が他とは比べ物にならん位見事だったんや。
男はな、変わってしまったんよ。 美しさは罪やな。 けどわっちには罪無いで?神様に言いや。まぁ、神様に愛され過ぎたんやな。 男の愛も過ぎるわ。 痛いのは嫌や。
わっちは男の指が本に嫌で嫌で仕方なかった。
それにな男はわっちが一番だと嘯きながらわっちの他に花を仰山囲ってるんも気に入らん。
お前には他の大したことない屑花がお似合いえ? わっちは勿体無い。 わっちはお前のおもちゃやない。 今のお前は嫌や、わっちの美しさはわっちだけのものや。
それでも男は毎日毎日わっちに触れては綺麗だと言ってきよる。 聞き飽きた。 聞き飽きた。 嘘つきは嫌いじゃ。 去ね。
わっちが一番や言うんなら、今すぐ他の花を抜きや。 そしてわっちを二度と傷つけるんは許さん。
この男はわっちが眠っている間にわっちの体を傷つけるんや。 起きてみるとわっちの周りには《わっちや無いわっち》が仰山増えとって、気ぃ狂うかと思った。 あの恐怖がわかるかぇ? わっちと同じ色の花ビラでわっちと同じ色の茎に葉まで。 そっくりなんにわっちやないこの恐怖が。
この美しさはわっちにしかない、変わりなんぞないねん。 男はそれに気付かん。 起きるとわっち擬きは増えてるんや。
わっちは本にわっちなんやろうか? 眠るのが怖い。
震えるわっちに男はまた綺麗だと見当違いの事をいいよる。 知ってんねん。 何を今更当たり前の事を。 もっと気の利いたこと言いや。
あんな、わっちの体から生まれたもんでも、それはわっちやない。 別もんやのに。
「これでお前が枯れても、安心だね。 ずっと咲いてて、お前が好きだよ」
わっちは、ずっとは、生きられん。 何アホなこと言うとんねん。 もう……………あかんのやろうか?この男は。
わっちを増やす度に男の心は壊れていくようやった。 けど、わっちにはもうどうしようもない。 しょうのない男や。 情けない男や。 しっかり気張りや。 わっちはいつかは枯れるんや。 その時この男はどうするんやろう? わっちは何を思うんやろうか?
この周りに仰山あるわっち擬きはどうなるんやろう? 枯れるんやろうか? 何でわっちがこんなどうにもならんことをグチグチ悩まないかんの? 悩むんは人間が得意や、お前がせぇ。花に迄心配かけるんは男のすることやないやろ?もっと気張りぃや。
わっちに囚われんともっと他のことせぇ。 男は研究で挫折したって言ってたんやけど、挫折がなんや! 生きてりゃそれくらい普通にあるわ! こちとら葉だの芽だの根だのあっちこっち切られてこんな擬き増やされてん。 それよりマシやろうがな。
男には逃げれる足があるんがわっちは羨ましい。 わっちも逃げたいわ。 いつまでも囚われるんならその足よこしや。 わっちが代わりに動いたるわ。
まぁ無理やろうがな。 わっちに出来るんは咲くことだけや。 狂う程美しい花を咲かすことだけや。 美しさは唯一なんぇ?
わっちはここにしかおらん。 変わりはないんだぇ。 しっかりしぃや。 わっちが枯れたら、男は昔の男に戻るんやろうか?
「綺麗だね、ずっと側にいるからね」
しょうのない男や。 もう少しだけ、咲いててやるわ。 その代り、わっちが枯れたら人の世界に、元に戻りや。 ええね?
声は届かず、男は今日もわっちを傷つけ綺麗だと笑った。