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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 2 【1】
55/62

窮地からの脱出



 人が駆けずり回る足音がそこらで聞こえる。いずれ見つかってしまう。急がなければ逃げ道は断たれる。

 昨日とは打って変わって、よく晴れているのが憎い朝。


「アル。アルボル、お願いだから目を覚まして」


 ひんやりした洞窟のような場所。湖の脇でたまたま見つけた横穴。周りが斜面になっているからこそ自然に出来た穴だ。元は岩があったようだ。

 水草や倒れた木、石が転がっていて見つかりにくいのが利点。ただ、それは夜であることが条件。朝日に照らされた今、山賊たちに見つかるのは時間の問題だ。


「どうしよう。アル、死んでないよね? 生きてるよね?」


 奥で横たわるアルボルは、湖に飛び込んだ後から目が覚めない。シエルが引きずってここまで運んできたが、心配で仕方がない。

 胸が上下しているところを見れば、生きているのは確かだ。しかし怪我をしたのか、頭を強く打ったのか、水を飲みすぎたのか、理由はわからないが目を覚まさない。


「わたしのせいだ」


 逃げ場を失って湖に飛び込んだことは、よい決断ではなかった。もし、魔法が使えたなら他に可能性があっただろう。しかし魔法は使えない。頼みの魔法銃はバッグの中で、すぐに取り出せなかった。失敗だったとシエルは思う。


「とにかく場所を変えなきゃ。あなただけでも守らなきゃ」

「待ちな」


 低い声に、ビクリと肩を揺らす。振り向けば逆光でよく見えないが、影が大きな男がいる。


「誰」


 横たわるアルボルを守るようにシエルは構える。


「俺だ。リオだ」

「捕まえに来たの?」

「違う」

「信用出来ないわ」


 まだ顔は見えない。しかし声は確かにリオのものだ。敵か味方かわからない今、シエルは警戒したまま会話を続ける。


「捕まえないなら、なにをしに来たのよ」

「助けに来た」


 ますます信用出来なくて、シエルは目を細める。


「……山賊を裏切るの? 出来るはずがないわ。あなたはカルマさんを信用しているもの」

「だからだ」


 リオが一歩近づく。やっとリオの顔が見えるようになる。疑われて困った顔をしていた。


「カルマ様の命令だ。今回、シエルを襲ったことには目を瞑る。ただし、この先何があってもシエルを守ること。そう約束をした」

「いつ、そんな約束を?」

「シエルがまだ寝ていた頃だな」


 その時、すでにカルマは知っていたのだろうか。知っていてシエルをもてなしていたのか。

 シエルは考える。今回の統領はベティスカが引き受けることを知っていたとすれば、その情報はどこからきたのか。


 シエルははっと顔を上げた。


「シュトライヒ国家」


 カルマはシュトライヒ国家の誰かに話を聞いた。わかっていてシエルと話をしていたのだ。逃げるように言ったのも、わかっていたからだ。

 シエルからの言葉を聞いたのは、あくまで確認のため。


「信用出来ないか?」

「あなたは山賊だもの」

「なら、これでどうだ」


 リオは腰に提げていた刀をシエルに差し出す。

 山賊にとっての刀は命と同等だと聞く。刀に大切なものの名前を付け、常に持ち歩く。それが山賊だ。


「大変なことになるわよ。見つかれば、あなたは裏切り者になるわ」

「シュトライヒ国家に行けば守られるさ」


 シエルは刀を受け取る。それは重くてとてもシエルに扱えるようなものではない。

 だが、命の重さのように感じる。とても暖かいとシエルは思った。


「そう、わかったわ」

「信用したか?」

「いいえ」

「まだ信用しないのか!」

「目的はシュトライヒ国家。同じならば、一緒に行こうというだけの話。手を組むわ」

「上から目線だな」

「わたしらしい、でしょ?」


 近くを足音が通り、シエルは緊張したまま過ぎるのを待つ。遠ざかる音にほっと胸を撫で下ろす。


「もう時間がないな。アルは?」

「ずっと起きなくて」

「どれ」


 リオはシエルの後ろで横たわるアルボルを確認する。手に持った明かりを近づけたり、アルボルの反応を確かめているようだ。


「脳しんとうだと思う。だが俺は医者じゃないからな。多分としか言えない」

「頭、打ったのかな」

「水に落ちた時の衝撃だろ」

「見てたの?」


 リオは驚いた顔をしてから笑う。


「山賊に囲まれただろ。俺がいたの気づかなかったか?」

「暗かったから」


 話している最中にも、声が近づいてくる。見つかるかと思い、シエルは魔法銃を準備する。

 しかし、山賊は呼ぶ声に走り去る。何度目かの安堵のため息を吐き出す。


「俺がおとりになる。離れた場所で声を出せば――」

「駄目。わたしにはアルを連れて逃げる体力がない。すぐに捕まるわ」

「じゃあ、どうすりゃいい!」


 声を荒らげるリオに、シエルは強い目を向ける。


「わたしが囮になるわ」


 シエルは乱れた髪を無造作に縛る。魔法銃を背中に押し込み、荷物は持たない。


「待て」

「可能性のある方を選んだの」


 シエルは預かった刀をリオに渡す。刀などなくても信用出来ると思ったからだ。アルボルを心配する目は本物である。

 それにカルマとリオの関係は、ジュビアとエストレジャを思わせる。とても懐かしくて、優しい暖かさに惹かれたのもある。


「いいのか?」

「刀のことを言っているなら、最初から信用しているし、それがなきゃアルを守れないでしょ? 囮のことを言ってるなら、もちろんとだけ言っておく」


 話しながらリオはアルボルを背負う。まだ乾ききらない髪の毛がアルボルの顔を隠すように覆う。


「動かして大丈夫なの?」

「よくない。だが捕まったら終わりだ。わかっているだろ?」

「もちろん」


 リオは満足そうにシエルの持っていた荷物も担いだ。シエルはそっと外を窺い、すぐにリオに向き直る。


「捕まるなよ」

「誰に言ってるのよ。元最強の魔法使いよ」

「元ってなんだよ」

「合流したら教えてあげる」


 二人はすでに先のことを考えている。太陽の光はだいぶ中に入っている。もう限界だ。シエルは出入り口付近に手をかける。


「シエル。俺を信じるなら、ミルヒ荒野に行け」

「ミルヒ荒野? 湖の先ね。行き方を教えて。この辺の地理、弱いのよ」

「面倒な奴だな」

「うるさい」


 ぶつくさ文句を言いながらも、リオは道を教える。


 特に迷いやすい場所ではないので、湖さえ越えればわかる。問題は湖が斜面に囲まれた場所だということだ。しかし、それもリオが解決済みだと言う。


「階段もロープもない。昨日の雨で斜面を登るのは難しい。だが山賊たちも同じだ。さっきからここを通っているってことは、何かしら登れるものが用意されているはず」


 ふと疑問が浮かび、シエルはリオをじっと見つめる。


「リオはどうやってここへ?」

「もちろん道具などは使わず、己の肉体のみで!」

「もう、いいわ」


 よく怪我をしなかったと感心する一方で、どこか自分の限界に挑戦する姿勢が頼もしい。ただ、自身の肉体に酔いしれているだけかもしれないが。


「頼んだわよ、リオ。アルを無事に連れてきて」

「必ず。待ってるからな、ミルヒ荒野だぞ」


 シエルは手を上げてからそっと外に飛び出す。いきなり明るくなって目が慣れないが、全力で走る。

 そして簡易的に用意された梯子を見つける。わざと音を鳴らして梯子を登ると、気づいた山賊たちの目がシエルを捉えた。


「い……いたぞ!!」


 その声だけで充分だ。囮役のシエルが見つかり、この声が遠ざかればリオはアルボルを連れて出られるのだ。


「遅いよ、間抜け!」


 シエルは罵倒しながら湖を離れていく。少しでも早く、遠くへ。


 アルボルが無事にシュトライヒ国家にたどり着けることが、今のシエルの願いだ。




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