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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 2 【1】
54/62

国を想うからこそ


 空には星が瞬いていた。人々は寝静まり、動き出すのは数時間後。そんな静かな朝。波の音も少ない。


 静寂の中でひたすら待つ女性はベティスカ。シエルを発見した浜辺の岩陰で、やっと白んできた空を睨みつけていた。

 と、どこからともなく現れた人物がいる。ベティスカは驚きもせず、頭から黒い衣服に身を包む女をひと目見て、すぐに後ろを向いた。女の長い睫毛が緊張で揺れる。


「報告を頼む」

「はっ。滝つぼ周辺に刀と雷魔法を使った争いの痕跡が見られました。足跡の方ですが――」


 女は口篭る。ベティスカは目を細めた。


「構わん。続けろ」

「はい。滝つぼ周辺にあった足跡は三つ。しかし、山の方へ向かう足跡は二つでした。一人はアルボルだと思われます。もう一人は足の大きさから男性。恐らく争いは四日前」


 ベティスカが振り向く。

 女は頭を下げたままベティスカの言葉を待つ。


「なるほど。シエルは手荒い歓迎でクヴァレに行ったか」


 少し考えを巡らせたベティスカは、小さく息を吐き出した。


「それから、先程クヴァレからの使いが来ました。すでに客間でお待ちです」

「随分と早い訪問だな。わかった、すぐに向かおう」


 ベティスカはまた後ろを向き、腕を組む。太陽が大地を照らし始めていた。


「ご苦労だった。昼にもう一度アタシの部屋に来てくれ」

「はっ」


 それを聞いて女はすぐに姿を消した。一人残されたベティスカはゆっくりと屋敷へ向かう。


 ベティスカが殺人魔獣キル・ビーストの調査から帰ったのは一昨日。二日間の航海であった。

 これまで見つからなかったものが、シエルの話だけで探し出すのは難しかった。わかってはいても、今度こそと期待してしまうものだ。

 幾らか長い航海となったが、出航から二日目の夜にはボニートの港に着いた。そこでアルボルが帰っていないことに気づいた。


 アルボルとリオが結託していることは薄々わかっていたし、シエルにも話していたがやはり辛い。ベティスカが不在のタイミングを狙ったのも、アルボルが考えてのことだ。


「よい判断だな」


 今回、シエルには多くのことを任せた。海賊でもなければ、ズユー国民でもないシエルに任せるのは訳がある。


 今、ズユー国は乱れつつある。罪人を匿うような宗教のせいかもしれない。

 海賊、山賊、教皇のいるシュトライヒ。三交代制の統領というズユー独自の成り立ちが崩れてきているのかもしれない。

 そのどちらでもない。何かわからない綻びがズユーを乱しているのかもしれない。


 ――例えば、オステ国。


 とにかく、どんな身内の人間でもそう簡単に信用出来なくなっていた。

 人魚の血を持っていたことから、ずっと隠れ住んでいたベティスカ。彼女が海賊として現れたのは、そういう国の乱れに気づいたからだ。

 三十年ほど前になる。流行り病が蔓延していた頃だ。


 国の誰も信用せず、だからと言ってシエルの全てを信じているわけでもなかった。


 ――アタシは利用するよ、シエル。


 そのシエルには護身用として魔法銃を渡した。それは随分前に、オークションで出品されていたものをベティスカが手に入れたのだ。

 謎の銃だと、当時は話題になったが不況が続く中で欲しがる者は少なかった。それが最近、オステ国の造り出した武器と知る。どうしてズユー国にあったのかを調べている時に、シエルが流れ着いたのだ。


 シエルは殺人魔獣キル・ビーストがオステ国からズユー国に送り込まれていると言っていた。その船に乗っていたのだから、確かな情報だ。


 ――魔法銃、殺人魔獣キル・ビースト、オステ国、ズユー国の乱れ。


 すでに何かが始まっている。確信はないが、ボニート町にシエルを置いたままにしておくのは危険だった。一緒にアルボルも離れてくれたことも、ベティスカにとっては幸運だ。


「どうしようもない時の流れ。決められた道を行き、思い描いていた未来を手に入れることは叶わない」


 ベティスカはふと思い出した言葉を呟いていた。


「わかっているさ。でもね、精一杯抗ってみせる。盾になるのはアタシだけで充分だ」


 例え人魚の偽者となった今でも、それは揺るがない決意だ。


「問題ない、か」


 屋敷に入る前だった。ベティスカは手にあったものを見つめる。少し前に戻ってきた報せ鳥が落とした青色のピアスだ。

 ベティスカは口角を上げた。


「全く、巫女という奴は……いつの時代も変わらないか」



 ◇ ◇ ◇



「カルマの使い、パサードです。急ぎ、お聞きしたいことがあって参りました」

「堅苦しい挨拶はよい。聞きたいことはわかっている」


 ベティスカが客間にいたパサードを誘い、地下室へ入ったのは午前六時。完全に遮断された地下室では、忙しなく朝を迎える人々の声は聞こえない。


 パサードは床に付けていた額を離し、改めてベティスカの顔色を窺う。先程、外で話していた女性と同じような黒い衣服を身に纏う男性だ。


「話してみよ」

「はい。早急に聞きたいことが……統領交替の儀は間近。カルマ様を統領と認めず、ベティスカ様が継続されるという話は本当ですか?」

「ああ、相違ない」


 彼は驚いてベティスカを見つめた。

 ズユー国は三地域の頭領が二年ごとに交替して統領として国を治める。海賊、山賊、そしてシュトライヒ。

 シュトライヒの頭領は教皇である。ズユーでは有名な神を崇拝。一方でズユー大法廷をも管理していて、国では大きな役目を果たしていた。


 今年は海賊頭領ベティスカから、山賊頭領カルマへと統領が交替になるはずであった。


「話はそれだけか」

「ベティスカ様! 統領が交替なしなど前代未聞! 撤回を!」

「カルマは病を抱えている。頭が良く人望があっても、その身体がついて行かぬとなれば当然のこと。別の者を山賊頭領とするか、出来ぬのなら今回は諦めることだ」


 きっぱりと言われてしまい押し黙るパサードだが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「確か、掟では――」

「統領として認められない場合には、次の者がそれを受ける」


 ベティスカが掟の一部を口にすると、彼は頷いた。


「つまり教皇様が統領となるのではないのですか!?」

「わかっている。だが教皇から今年は統領にはならぬと書が届いた。つまり、アタシが統領となる」

「ベティスカ様、あなたは――」


 パサードは何かがおかしいと感じていた。統領となることを心待ちにしている教皇がそれを断るなど有り得ない。

 何か取り引きがあったか、脅されたかのどちらかだ。


「気に入らぬならカルマ本人が来ればよい。詳しい説明をしようではないか」

「そ、それは……っ」

「また倒れたか」


 言い淀むパサードからベティスカが読み取る。

 守らなければならないカルマの弱い部分を知られてしまい、パサードは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「カルマ様は無理をなされただけです。ここ一年は安定しておられた」

「風前の灯、だな」

「ベティスカ様! 言葉が過ぎます!!」


 今にもベティスカに掴みかかりそうなほどに、彼は拳を震わせていた。


「案ずるな。すでに議会に通している。承認された案件だ」

「……争いが起きますよ」

「小さな火だ。すぐに消えるさ」


 パサードは敵意を剥き出して隠すこともない。それでもベティスカは怯まない。

 さすが海賊頭領であると、彼は流れ出る汗を隠すように下を向いた。しかし、すぐに正面を向いて睨む。


「争いになれば、使いに寄越した少女。あの者が取り引きの道具となるかもしれないのですよ!?」

「すでに役目を終えた後だろう。統領を譲らない旨、カルマに話したからお前がここにいる。だろう?」

「……その通りです」


 ベティスカは冷たく笑った。


「ズユーとは関係ない娘ではないか。そうなったとしても、我ら海賊は構わず牙を剥くだろう」

「わかっていて彼女を使いにしたと言うのですか? 利用して、切り捨てるために?」

「使えるものは使うさ。国を想えば何でも使い、喜んで憎まれてやろうじゃないか」

「ベティスカ様!」


 怒りを露にするパサードに対して、ベティスカは笑った。


「おかしいか? これはカルマの得意とする戦略の一つ。国を守るためなら、小さなものを切り捨てる」

「見損ないましたぞ! あの娘、すぐには帰って来られないでしょう。国を守るため……ならば、我々も使わせていただく。こんな横暴、許してたまるか!」

「シエルを見くびるな!! そう簡単に山賊の手には落ちぬ」


 パサードは立ち上がる。すでにベティスカは彼を見てはいなかった。


 ――許せ、カルマ。


 すでにベティスカには見えていた。いや、知っていたのだ。これから起こるであろうズユー国の運命を。


 ――上手くやれよ、シエル。


 窓のないその部屋で、消えてしまいそうな過去を思い出す。そして、未来を思っていた。





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