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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 2 【1】
51/62

クヴァレ町の山賊大将



 身体が鉛のようで動きにくい。身体を包んでいる布団でさえ重く、痺れる足を必死に動かして転がり出る。

 新しい畳が目の前にあり、どこか故郷を思わせる部屋の作りに我が目を疑った。


 今までのことが夢だったのではないかと一瞬錯覚してしまう程に、そこはシュピナート村と変わらない。

 畳、襖、障子の窓。落ち着いた雰囲気の花や掛け軸まで。似ているのではなく、シュピナート村を知っているとしか思えない。


 外の景色はどうなっているのかと、力の入らない身体に鞭打ち何とか立ち上がる。転びそうになりながら、障子を開ければ不思議な光景が飛び込んできた。


 岩山を切り崩したような場所。両脇にそびえ立つ岩山は圧巻だ。谷底には川が流れており、上流が近いのか流れも早く石も大きい。

 谷底から一段上。足場を作り、左右の岩山を繋ぐ吊り橋が架けられていた。

 まるで洞窟の中に家を建てているかのように、山を切り崩して町を作っていた。岩山の壁に沿うように建物が並べられて、まるで一つの城のようだ。

 窓の下は崖のようになっていて、逃げ出せはしない。シエルはため息と共に振り返る。


「アル。どこに行ったかな」


 シエルはまた外を見て、窓をゆっくりと開ける。柔らかい風が入ってきた。

 暑さを感じないのは、そういった作りをしているからだ。岩山を洞窟のように利用することで、自然の涼しさを作り出している。


 その時、赤い鳥が上空を旋回しているのが見えた。青空を切り裂くように飛ぶそれを眺めていたシエルは、右耳に付けていた青いピアスを外す。親指ほどの飾りの付いた大きめのものだ。

 窓の外に手を出すと、鳥は勢い良く滑空してくる。


「よし」


 タイミングよくピアスを離すと、赤い鳥はピアスを掴んでまた飛んでいく。あっという間に姿が見えなくなった。


 それは"しらせ鳥"というものだ。ボニート町で可愛がられている鳥だが、人懐っこい性格で頭もいい。光るものを集める習性がある。

 それを利用して、報せ鳥として海賊たちは使っていた。それは極秘のもので海賊しか知らない。出かける前、シエルの後を追うようにベティスカが放った報せ鳥だ。

 青いピアスは安全。問題はないと報告するためのメッセージだ。左耳には危険を表す赤いピアスが付いたままだが、使うつもりはなかった。


「大丈夫。なんとかなるわ」


 そんなことをしているうちに、身体の痺れもなくなってきた。改めて部屋を眺めてみると、先程シエルが寝かされていた布団以外は目立ったものはない。


 ――ん? あれは……。


 気になるものを見つけ、シエルはそれに近づいた。

 部屋の四隅に置かれているのはお香だ。円錐形の小さなもの。ほとんど終わりかけであるそれを睨んだシエル。


 ふと物音がして、素早く襖から離れた。


「そんなに警戒されては入りにくい」


 思った通りであった。すでに部屋の外に人が来ていた。その声も誰のものかわかっていた。


「リオね」

「お目覚めですかな、姫様」


 すぐ部屋に入ってきたリオをシエルは睨んだ。

 気を失う前。最後の記憶はリオだった。まさかアルボルからの攻撃がくるとは思わなかった。油断したせいでリオにチャンスを与えてしまったことは、やはり悔しい。


「アルはいるの?」

「そう急かさなくても――」

「アルに会わせて」


 シエルの強い言葉にリオは黙るが、すぐに首を振る。


「あんた、自分の立場わかってるか?」

「あなたたちの都合なんて知らないわ」


 緊迫した空気が流れる。また戦うことになるのかと手に力を込めた時、リオは吹き出すように笑い出した。


「あんた、あのお香がなにかわかってて、それでも強気になるか?」

「痺れ薬。でも関係ないわ。もう平気だもの」


 リオが普通に部屋に入ってきた所を見ると、それほど強い薬ではない。単純にシエルの血を確かめたといったところだ。人魚の血を持つ者であるかの確認。

 長時間お香を体内に入れた状態だ。普通なら、こうして動くことは不可能なのであろう。


「アルに――」

「わかってる。でも、その前に質問に答えてくれ」

「……なによ」


 リオは腰に提げていた長剣を抜いた。真っ直ぐにシエルに向ける。


「あの時、なぜ抜かなった」

「どういうこと?」

「お前の腰になたが見えた。俺が長剣を使って攻撃しても一切抜く気がなかったように見えた。なぜだ?」


 シエルは一度、目を逸らす。その時のことを思い出して腕を組んだ。


「戦う気がなかったからよ」

「なに?」

「剣を抜けば真剣勝負。どちらかが倒れるまで戦わなければならない。でも、リオ。あなたからは殺気は感じられなかったわ」


 以前、エストレジャが言っていた。


『武器を相手に向ける時はそれなりの覚悟をしろ。魔法でも同じだ。真剣勝負はすでに始まってるんだ』


 真剣勝負をするには、まだ情報が足りなかった。リオに殺すつもりはない。シエルを狙った理由は血だ。ならば、話をする時間が欲しいと思った。

 真剣勝負をしてしまえば、会話をする機会が遠ざかるとシエルは思ったのだ。


「それに、あなたの剣は読みやすかったから」

「……随分と下に見られたもんだ」

「勝負する?」


 笑いながら誘ってみたが、リオは渋い顔をして長剣を鞘におさめた。


「いや。あんたが強いのはわかったよ。太刀打ち出来ん」

「じゃあ、そろそろアルに会わせて……と言いたいけど」

「なんだ」

「お風呂に入りたい」

「は?」

「お風呂!」


 まるで宿屋にいるかのような言い方に、リオもさすがに青筋を立てる。しかしシエルに動じる様子はない。


「お風呂どこ?」

「だから、立場わかって――」

「嫌なら出て行って。その代わり、なにも喋らないから。ベティさんから預かってきた言葉もあるんだけどなー」

「……こ、この我が儘娘がっ!」


 リオの叫びが部屋に響き渡った。



――――



 目が覚めたら監禁されているものだと思っていた。しかし、どちらかというと接待である。


 最初にいた部屋には少し危険なお香が焚かれていたものの、特に鍵がかかっているわけではなかった。そもそも鍵というものがクヴァレ町には存在しないようだ。

 不用心と取るべきか、信頼し合う思いやりある民と言うべきかは迷うところだ。


 風呂から出るとリオが待っていて、すぐに話がしたいと大広間に案内された。三十畳ほどの広い室内の一角に席が設けられ、どこか居心地が悪い。


 すでに夕刻が近いということで、食事の用意がされていた。見たところ、全部で四人分。野菜中心の魚貝類がメインだ。


「割とまともなメニューなのね」

「参ったか」

「山賊とか言うから肉かと思って期待したのに」

「肉は週に二回だ。今日は魚と決まってる」


 リオが説明する。その表情が嬉々としているので、シエルは首を傾げた。


「もっと褒めろ」

「魚は嫌い」

「……なんだと!!」


 リオが項垂れる。その背中にシエルは質問を浴びせた。


「これ、まさかとは思うけど。リオが作ったの?」

「おう、俺の自信作だ。一応、料理長やってるんでな」


 筋肉隆々の料理長。厨房に立つエプロン姿のリオを想像して、すぐに消し去る。


「戦える料理長なんて聞いたことない」


 どこから突っ込めばよいのかわからず、ただ呆然と立ち尽くしてしまったシエルの背中をリオは押した。


「すぐにカルマ様が来る。座って待ってろ」

「え。いきなり山賊大将と話をするわけ?」


 シエルが引き攣った顔をすると、リオは腹を抱えて笑った。


「なに緊張してんだよ」

「待って。わたしはアルと話がしたいって言って――」

「後だ。こっちにも都合ってもんがあるんだ」


 その時、無遠慮に襖を開け放った者がいた。

 乱れた和服を引き摺るようにして、長い髪を束ねることもせず、痩せすぎているのか鎖骨が浮き出ている。しかし美男子だ。

 切れ長の瞳は吸い込まれそうな黒。灰色の髪は光に当たると銀色に輝く。白すぎる肌のせいで赤い唇が目立っていた。


「カルマ様、もう少しまともな恰好は出来なかったのですか?」

「うるさいな。さっきまで寝ていたのだ。着替える気力などない」

「しかしっ」

「そちらがシエルか。美しい少女ではないか」


 リオの苦言を無視し、すでに目はシエルを捉えたままで席に着く。

 薄く笑い、シエルに座るように促す。リオにも急かされ、シエルはカルマの斜め向かいに座った。


「あ、あの」

「僕はカルマ、二十六歳。リオと同じだ」

「……二十六? リオが? どう見てもおっさ――」

「それ以上は言ってやるな。彼は繊細な神経の持ち主でね。料理に毒を盛られるぞ」


 ふと見れば無表情を装うリオ。しかし、額の血管がピクピクと動いていた。


「……そのようですね」


 クスっと笑えば、場が和んだようにカルマも笑い出す。思ったより話しやすい人物である。


「今度のことは僕の判断ではない。しかし、同じ町に住む山賊。やはり非があるのは僕だ。すまないことをした」

「い、いえ」


 背筋を伸ばし、頭を下げたカルマは山賊頭領の顔をしていた。


「とにかく、食事を楽しもう。リオ、頼む」

「はい」


 リオは食事の準備を始めていて、なかなか座らない。カルマにずっと見つめられたままで、シエルは前を見られなかった。


「そう緊張しなくてよい。僕に会いに来てくれたのだろう?」

「カルマ様!」


 すかさずリオがカルマを叱る。しかし、カルマはリオを制するように目で合図をした。リオは何かを言いかけて黙る。


「どうなのだ? シエル」


 じっと見つめられて、逃げられない雰囲気にシエルは頷いた。


「全て知っていました。アルとリオが会っていたこと。その目的も、わたしを狙うであろうことも」

「知ってたのか!!」


 驚いた声を出したのはリオだ。しかしカルマは構わずに質問をした。


「知りながら、わざと捕まったというわけか?」

「いえ。捕まったのはわたしの不注意です。いずれにせよ、カルマさん。あなたに会うつもりでボニート町を出ました」

「では、話を聞こう。だが、その前に食事を済ませてしまおう」

「はい」


 リオが準備した食事。しかし一人分多いことが気になる。


「ああ、すぐに来るはずだよ。アルボルくんは君に謝りたかったみたいだしね」

「アルが?」


 シエルの隣。まだ誰も座っていないそこに笑いかけた。

 まだ話していないことがある。顔を見て、とにかく安心したかった。


「ところでリオ。野菜が多すぎる。僕は肉が食べたい」


 カルマがぼやくように言った。座りかけていたリオは勢いよく立ち上がる。


「どいつもこいつも、肉、肉! バランス考えた飯だぞ! 今日は何が何でも全部食べてもらうからな!」

「えー」

「料理長。落ち着いて」

「落ち着いてられるか!!」



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