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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 2 【1】
50/62

回想―アルボル―



 二年前。

 アルボルは弟のシーナと他愛もない毎日を過ごしていた。


 親のいない二人は縁があってベティスカの屋敷に住んでいた。仲の良い兄弟は、両親がいなくとも元気に友達と遊ぶ普通の少年だ。


 世話を焼いてくれるベティスカの力になりたいと思い始めたのは、自然なことであった。

 そんな想いからアルボルは十二歳になる年、普通学校からズユー国唯一の魔法学校オプファーに入学することに決める。シーナは七歳だった。


 オプファー魔法学校に通うということは寮生活になる。だからアルボルはシーナと別れて過ごさなければならなかった。


『なにも問題ないよ、兄貴』

『わかった。一年後、会おう』


 必ず叶うとわかっている約束。特に惜しむことなく、二人は別々の生活を始めた。


 アルボルはオプファー魔法学校で勉学に励んだ。様々な知識を得てこんなに面白いことがあったのかと、入学してよかったと心から思えた。


 そしてシーナもいずれ魔法学校に通うつもりだと話していた。現在、普通学校で必死に頑張っているはずだ。

 普通学校の成績によって、魔法学校への推薦入学があるからだ。アルボルもそれを使い、全額免除で魔法学校に通うことが出来ていた。


 一人残されたシーナが、どう過ごしているのか知ることは出来ない。しかし、それを想像すると思わず笑みが零れる。きっと楽しくやっているだろうと思っていたからだ。


 そして一年後、雨季が始まる前。オプファー魔法学校が長期休みになり、アルボルはボニート町に帰ることになった。


 本格的な雨季がくると、最東端にある魔法学校から町へ行くことが難しくなる。災害が増えることも予想され、各町に人手が必要になる。そのため、帰ることを義務付けられていた。

 アルボルも例外ではない。

 オプファー魔法学校から船が用意され、アルボルもそれに乗るはずだった。しかし、不具合や天候で出航は五日後。とても待ちきれない。


 アルボルは別のルートを使うことにした。

 山賊の町クヴァレまで列車を使い、そこから徒歩でボニートへ向かう。途中、シュバム大森林が厄介だが、町の裏からすぐに屋敷に入れる。順調に行けば、一日早く着くはずだ。

 シュバム大森林は本来、子供だけで通ることは禁止されていた。

 アルボルにはオプファー魔法学校に通っているという自負があり、殺人魔獣キル・ビーストの倒し方も知っている。大丈夫だと高をくくっていた。


 そして予想通り、割と早めにシュバム大森林の前にたどり着いた。ここを抜けさえすればシーナに会える。そう思ってわくわくしていた。


『わかってるんだろうな?』


 滝の音に紛れて恫喝するような声が響いたのはその時だ。ちょうど大木の陰になっていて、アルボルには気づいていない。声の主は男だ。


『言ったよな? 二度と学校に来るなって』


 頬に落ちてきた雫にアルボルは驚いた。雨季になるにはまだ早い。しかし、その雨は叩きつけるような強さだ。たまに降るような柔らかな雨ではない。こんなにも早く雨季になるとは予想外であった。


『ごめんなさい』


 空を見上げていたアルボルの耳に懐かしい声が届いた。シーナだ。

 だが、嫌な予感しかなかった。いつも元気だったシーナの声は尻すぼみになり、震え、滝の音にかき消されそうだ。


『ベティスカの所にいるからって、いい気になってんじゃねえのか?』

『そんなことっ』

『意味わかんねえよ。なんでお前とアルボルは特別扱いなんだよ!』

『そんな。特別だなんてこと……』


 信じられない言葉だった。泣きそうな声に、アルボルは出るタイミングを失った。


『ベティスカの屋敷に住むだけじゃなく、アルボルの魔法学校の金まで出してもらってんだろ?』

『それは違う!』


 初めてシーナが反抗する声をあげた。


 改めて見ると、シーナと話をする男はアルボルと同じくらいの青年。しかし知らない顔だ。

 アルボルがオプファー魔法学校に通い始めてから知り合った人物らしかった。


『なにが違うんだよ』

『兄貴は実力で魔法学校に行ったんだ。全額免除の特待生だ』

『気に入らねえな』


 全て上手くいっていると思っていた。シーナは学校に通い、友達と楽しくやっているだろうと思っていた。

 人付き合いの下手なアルボルでも、魔法学校で上手くやれていたのだ。あのシーナが言い争いをしているなど考えられない。


『アルボルが戻る前にケリをつけてやるよ』

『どういうこと?』

『お前ら兄弟が来た日から、ボニート町はおかしくなったんだ』

『そんなこと、言われても……』


 アルボルは動けなかった。相手の言い分も、シーナが狼狽える理由もわからない。アルボルだけが知らないのだ。


 ――いつから、そうなった?


 ふと思った。いつからベティスカの屋敷に住むことになったのか。

 前にはどんな場所に住んでいたのか。

 なぜ、両親がいないのか。死んだのか、捨てられたのか、何も知らない。

 自分が何者なのかをアルボルは知らなかった。


『本当の話を俺は知っている。お前ら兄弟、ズユー国に居場所はねえよ』

『待って。兄貴はっ』

『人殺しが魔法学校なんかに入って、世のために働く? 許せねえんだよ!』


 雨の中、突き飛ばされたシーナが水たまりに落ちた。泥に汚れた服もそのままに起き上がる。


『どういうことだ?』


 人殺しという言葉に、アルボルは姿を現した。


『兄……貴っ』


 水量の増えてきた滝が声を隠し、雨に打たれた姿に惑いはしたが、シーナは彼がアルボルだとわかった。


『何を隠してる、シーナ』

『言えないよ。言ったら、兄貴は――』

『言えよ!!』


 何もかも知っていたはずだった。覚えていたのだ。

 ただ、あまりにも未熟だったその頃のアルボルには精神を守る術が他に見当たらなかった。だから、記憶を消した。

 言われなくても頭の中に残っていたのだ。脅える両親の顔を覚えていた。幼いシーナの目に映る鬼のような顔もだ。


『ぼくは犯罪者』


 両親を殺した過去。暴走した雷魔法が両親を殺した。

 そして全てを思い出したアルボルは――。



――――



 気づいた時、アルボルは部屋の中にいた。懐かしい部屋の光景に、悪い夢でも見ていたのではないかと思った。

 まだ魔法学校などに行ってはおらず、ベティスカの屋敷にいるのではないか、と。しかし、布団から出した自分の手には乾いた血があり、夢ではないことを突きつけられる。


 その時、血相を変えて部屋に入ってきた少年がいた。シーナとよく遊んだ友達だ。


『アルボル! 起きたか!? すぐに、ベティスカ様のところへ行け。離れにいる。早く!!』


 急かされるように言われ、アルボルは走った。嫌な予感はどんどん膨らんで落ち着かない。

 そして、ノックもせずにベティスカがいる部屋に飛び込んだ。


 血に濡れた顔。無数の傷がある身体。それでもアルボルには弟シーナだとわかった。


『シーナ。シーナ!』

『違う……兄貴は、悪くない。守って、くれたよ?』

『シーナ』

『殺してないから……ね。殺してな……っ』

『シーナ。頼むから、頼むからっ』


 生きて欲しい。

 だが、その願いは叶わなかった。

 全ての家族を失ったと知ったアルボルはこの日、魔法を捨てた。



 ◇ ◇ ◇



 アルボルの魔法が暴走した時、その光はボニート町にも見えた。ベティスカが数名を連れてシュバム大森林に向かい、三人を発見した。

 血に濡れたシーナを抱きしめたまま倒れるアルボル。シーナを責めていた彼は遺体で発見された。


 こんなことは繰り返してはならないと、アルボルは自ら魔法を捨てる決意をした。それにベティスカも協力した。


 アルボルの首には黒く光る金属の首輪のようなものが付いている。魔力抑制装置だ。それはベティスカにしか解除出来ない仕組みになっていた。


「どうした? アル」

「いえ、別に」


 リオと共に山道を行きながら、まだ起き上がる気配のないシエルを盗み見る。


『出かけたいんだけど。一緒に来てくれる?』


 人魚の血がベティスカに流れていると知ったのは、あれから間もなくだった。


『一週間分の用意してよ』


 殺した罪を棚に上げ、シーナだけは助けてやりたかったという強い想いがアルボルを支配した。

 ベティスカを恨んだ。シエルを憎んだ。そしてリオに協力しようと思った。


『案内してよ、アル』


 二人きりになるこの日が、チャンスだった。だからリオに知らせた。

 もう、後戻りは出来ない――。




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