表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 2 【1】
49/62

人魚伝説



 三日ほど前。シエルとベティスカが大事な話をするため、地下室に入った夜のこと。

 アルボルは鍵を閉めるように言われて部屋を離れた。




「シエルが……」


 アルボルの中で妙な感情が湧き上がった。


『なぜ、死ねないんだ。そう思っているね』


 ベティスカの言葉を思い出して、かつて自分が感じていた悔しさが蘇る。


「クソ……っ」


 ガチャリと重い音が響く。扉の施錠を確認し、鍵を首から提げた。服の中にそれを仕舞い込み、そこに立ったままでいた。


 夜も更けてきた。多くの者は明日の仕事に備えて、すでに寝ている。先程まで騒がしかった声も今は聞こえない。


 遠くで微かに聞こえてくるのは食器の音だ。まだ海に出ることを許されない使用人として働く若者が後かたづけをしている。

 アルボルもその中の一人だ。


 使用人同士、励まし合いながら船に乗ることを夢見ている。ただ、最近はシエルのそばに付きっきりで不審がられていた。

 理由を話せるはずがなく、ベティスカに違う仕事を頼まれているとはぐらかしていた。


「よう、アル!」

「へ?」


 考え事をしていたアルボルは、急に話しかけられて素っ頓狂な声をあげていた。


「なにビクついてんだ」

「リ、リオさんじゃないですか!」


 地下室があるのは屋敷の離れだ。本館から長い廊下で繋がってはいるが、ほとんど人は来ない。

 特に今は夜。このような時間に人が通るなど、考えられなかった。それも、ここにいるはずのない人物だ。


「あっちの使用人の奴に聞いたらよ、離れで仕事してるって聞いたからさ」

「そうなんですか」

「湿気た面しやがって。で、ベティスカ様は?」

「……仕事です」


 リオは山賊の男だ。

 山賊の拠点、西側の山間部の町クヴァレに住んでいる。

 彼も罪人の一人。ズユー国から出られない罪人のほとんどが山賊として生きていた。


 山賊とはいえ、服装はきっちりしている。どちらかと言うとお洒落だ。


 獣を追い、人を襲い、金品を盗んでは酒場で暴れ回っていたのは過去の話だ。それも勇者がいた頃。


 今では自然の恵みを頂いては暮らしている。時にズユー大法廷の護衛をしたり、様々な力仕事の依頼を受けたり、物作りに精を出したり、ズユーに山賊は欠かせない存在となっていた。

 大半は殺人魔獣キル・ビースト討伐の仕事をしている。


 その中心にいる山賊の頭領カルマが美形だという話は知れ渡っていた。

 ファッションのセンスも、彼が中心になっているという話だ。


 リオも荒い言葉遣いではあるが、海賊の領地に足を踏み入れるということで、スーツ姿だ。

 紺色の上下だが、盛り上がった筋肉のせいでボタンが留められない。着崩した恰好ではあるが、それも様になっていた。


 しかし、日が沈んだとはいえ暑い。そんな時にスーツを着ているリオの額には汗が滲んでいた。


「スーツ、暑くないんですか?」

「夜だから大丈夫だ」

「嘘ですよね?」

「ああ」

「……脱いでもいいですよ?」


 そう言うとリオは無言で上半身裸になる。


 どんな恰好がいいのかわからずに、スーツを着てきたのだろうとアルボルは見破っていた。


 濃い茶髪に鋭い目つき。肩から胸にかけて切り傷の痕がある。悪さをしていた時に、失敗をして深手を負ったとアルボルは聞いていた。

 見た目だけで判断すると近寄り難い。


「ベティスカ様に会いたいのなら、明日にしてください。今日は――」

「いいんだ」


 ベティスカに用はないと言うリオに、アルボルは不審感を抱いた。


「なぜ、ここへ? 約束の日はまだですよ?」

「わかってる」

「カルマ様は知っておられるのですか?」

「いや、知らん」

「リオさん!」


 核心を話さず、山賊頭領カルマの命令でないことをさらっと言ってのける。


 リオは単独でボニート町に来たのだ。勝手な行動で罰を受けるとわかっていて、それでも来る理由があったのだ。


 アルボルは嫌な予感がした。


「アル、お前に話がある」

「待ってください。今はここを――」

「話だけだ。ここで構わない」

「なぜ、ぼくに?」


 それはわかり切った質問であった。


 使用人が頭領であるベティスカに近い場所にいるのは本来なら有り得ない。

 ただ、アルボルは特別であった。使用人でありながら、ベティスカの秘密を知っている唯一の人物。


 本人に直接言えないことをアルボルを通して言ってもらおうという考えだ。

 橋渡しなどごめんだ、とリオを睨みつけた。


「無理にとは言わない」

「信用出来ません。ベティスカ様に直接交渉なさってはどうですか?」

「……いや」


 今はシエルの世話をしているのだが、それは言わないでいた。まだシエルは秘密にしておかなければならない。特に、海賊以外の者に知られてはよくない。


「話だけでも聞いてくれ」


 そう言いながらもリオは困った顔をしていた。


「なにを言われても無理です」

「人の命がかかってるんだ。頼む……助けてくれ!」

「命?」

「人魚の力を……頼む! アル!」


 アルボルはリオに肩を掴まれ揺すられた。


 ――人魚……人魚伝説……。



――――



 その血を飲めば不老長寿を手に入れられよう。その肉を喰らえば不老不死を手に入れられよう。


 人魚の血肉を取り込んだ者は、その血が特効薬となることを知るがいい。長き人生で救いたい一人だけに与えるとよい。一度だけ願いは叶えられるであろう。ただし、不死を失う覚悟で飲ませろ。


 願い叶いし時、海に決別をしなくてはならない。力のない人魚の偽物は、海に入れば泡となろう。



――――



 人魚伝説。

 ズユー国、特にボニート町に伝わる話である。


 伝説の時代に人魚は大きな役目を担い、全てが終わってから姿を消した。何もかもが曖昧で、何をしたのか、どんな人物であったのかは伝わっていない。

 伝説の人。勇者たちと同じであった。


 アルボルが人魚伝説とベティスカのことを知ったのはたまたまだった。ベティスカの元を訪ねてきた客人との会話をたまたま耳にしてしまったのだ。


 本来、他に聞かれてはならない会話は地下室で行う。しかし、ベティスカもそのような会話をするとは思わなかったのだ。


 本館の客間に茶を運ぶ途中だった。


『アタシの力は使えない』

『なぜですか。あなたの子孫なのですよ』

『だからだ。この力は身内には使わない。お前には話したはずだぞ。世界を終わらせるわけにはいかないのだ!』

『しかし――』

『ならん! 人魚の力に頼るなどどうかしている。この力は三千年以上も前に――』


 アルボルは驚いて茶を落としていた。足が濡れていることにも気づかないほどに動揺し動けない。


 子孫、三千年、世界の終わり、人魚。

 様々なワードが頭の中で回転していた。


 その会話こそ、ベティスカとリオのものだった。


 人魚伝説とベティスカの話を今、奥の地下室でシエルは聞いているはずだ。


 ベティスカは三千年前、人魚の血肉を喰らい不老不死の身になった。

 そしてシエルを救う。どんなに願っても、助けを求めても使わなかったものをシエルに使った。

 不死を失ってまで助けたのは、ズユー国の者ではなかった。


 人魚の力は人を惑わせ、時に争いをも生む。彼女の力を知る者は、どうしても頼りたくなる。リオも、アルボルも、そしてベティスカ自身もだ。


 再びリオは現れ、また失いかけている命を助けたいと求める。

 彼はまだベティスカがすでに力を使ってしまったことを知らない。


 ――でも。シエルは今……。


 ふと、アルボルはかつて悔しい思いをした自分自身と、目の前で懇願するリオを重ね合わせた。

 助けたいと願うことは普通だ。何も悪くない。


 シエルだけ生きることを許される。燻っていた感情が爆発しそうで、アルボルは強く拳を握った。


 そんな自分の気持ちをわかっていて、シエルのそばにいさせたベティスカのことも許せなかった。


 だから、仕返しのつもりだったのだ。


「それで、誰なんです?」


 知れば戻れないとわかっていて、アルボルは聞いていた。

 過去に助けられなかった命を思い出すと悔しさがこみ上げる。今度こそ、リオの助けになりたかった。


「助けが必要なのは、誰なんですか?」



 ◇ ◇ ◇



 シュバム大森林、滝の前。

 リオがシエルのそばに立った時、驚きも慌てもしなかった。ずっとついてきているのを知っていたからだ。


「話をしないか?」


 仕返しだ。

 アルボルはシエルを売ったのだ。リオに全てを話した。人魚の血のことを。


『ごめんね、シーナ』

『ごめんね、アル』


 アルボルは首を振った。感情に左右される自分の弱さが嫌になる。シエルの優しさも、リオの歯痒さもわかる。


 ――でも、ぼくは……。


 他に誰もいない時を狙って、リオはシエルに長剣を突きつけた。どちらの味方にもつけず、アルボルはただ見ているしかなかった。


「なんのつもり?」

「あんたの血が欲しいだけだ」


 シエルは押し黙る。"血"の意味を理解して、だからこそ黙っていた。

 やがて前を見据えたまま言葉を紡ぎ出す。


「人魚のことを知っている。あなたがリオさんね」

「話が早くて助かる」


 シエルは小さく息を吐き出した。落ち着いた様子だ。


「わたしがベティさんに助けられたことも知ってるのね」

「だからここにいる」

「なるほど」

「時間がない。すぐにクヴァレ町に来てもらうぞ」


 言いつつ、シエルはリオが突きつけた長剣の刃を掴む。流石に驚いたリオだ。


「人魚の血が流れる者は、傷の再生力もすごいの。なぜかわかる?」

「……いや」

「血を零さないためよ。知らないうちに、不老長寿になられたら困るもの」


 刃を掴んだシエルの手は、何事もないように見える。強く握っているはずなのに、血は流れてこない。


「そう簡単には使わせないわ。それに――」

「関係ねえよ!」


 リオは長剣を振りかぶった。

 シエルはわかっていたとばかりに、振り下ろされる直前で避ける。


「大振りすぎ。それじゃ隙だらけよ」

「ふざけるな!」


 リオが両手で長剣を持つのを確認して、少しずつ後退する。上から、右から、時には下から切りつける攻撃を難なく避けた。


 シエルが下がれなくなったところで、気合いの一撃をリオが繰り出す。が、地面を転がったシエルが逆にリオの背後を取る。


「魔法でやられてるところよ? 真面目にやってよ」


 冷静なシエルに対して、リオは焦り始めていた。

 月明かりの中で見づらい状況なのはお互い様だ。それでもシエルが優勢に見える。


 リオが弱いのではない。彼の動きに無駄はなく、剣に長けている。太刀筋は悪くない。

 ただ、シエルの目はリオの無駄な動きを逃さない。それほどにシエルの戦いはすごかった。


 リオの間合いに入り、長剣を足で弾く。あっという間に長剣はシエルの手にあった。


「リオさん」


 アルボルはやっと動く決意をする。

 それを手に取る。全体的に冷たく、恐ろしいものに見えた。しかし、魅力的でもある。


 使ったことはない。見たのは一度だけだ。


 油断し、背中を見せるシエルに魔法銃を向ける。気づいたリオが一瞬、驚いた表情を浮かべた。


 リオが離れ、シエルが振り向くのと同時。


 魔法銃から放たれた風魔法。

 嵐のような突風がシエルを水面に飛ばした。浅い場所でとどまり、膝を着いたまま目を丸くする。


「アル……っ」

猛り狂う憤怒の迅雷(ヴォルテ・フルミネ)!!」


 すかさずリオが雷魔法を放つ。シエルを掠めて滝つぼの中に吸い込まれる。

 電気を纏った渦が水に落ちた瞬間、近くにいたシエルは跳ね上がる。

 水際で仰向けに倒れる。そばに長剣も落ちた。


「リオさん」

「すまない。やり過ぎだとは思うが、手加減出来なかった」


 水の中、激しい電流を浴びたシエルはぴくりとも動かない。


「悪かったな。俺の事情に巻き込んじまって」

「いえ。ぼくはリオさんを手伝うと、自分で決めましたから」

「ありがとな、アル」


 笑うリオの額には汗が滲んでいた。短く刈り上げた茶髪が光っているのも汗のせいだ。


 リオはシエルが倒れる場所に歩いていく。アルボルは荷物を取りに戻った。

 しかしその途中、滝つぼの中の花束が目に入る。


「シーナ。ぼくは間違っているのか?」


 ゆっくりと沈んでいくそれ。答えてくれるはずもない。しかし、責められているような感覚に囚われる。


 ――シーナを救いたかった……。


 シエルのリュックに魔法銃を返し、必要最低限のものだけを持つ。待っていたリオの背にはシエルがいた。


 いつまでも疑問が渦巻く。黒い感情が自分を責める。

 それは、リオの魔法を見てしまったからだ。アルボルと同じ雷魔法を。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ