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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 2 【1】
46/62

見知らぬ国で


 大きい岩にもたれかかりながら、彼女は伸びをした。ふと見上げれば、空が見える。夕焼けに染まる空の中に、星が見え始めていた。


 ここは大衆浴場。屋敷に住む者が使える少し贅沢な広さの露天風呂だ。

 彼女、シエルも屋敷の主に厄介になっていて、時々こうして身体を癒しに来ていた。


 湯を柔らかいと表現するのは、本当にそれが滑らかな肌触りだからだ。その液体の中には傷を癒すものが含まれていると聞いている。


 美容にもいいと言っていたが、シエルはそこまで気にしてはいない。

 それを言うと、

『若い奴の言葉は、ほんっとにグサッとくるね』

 などと国の統領ベティスカに睨まれたことがあった。それ以来、年齢の話を控えるようになった。


 だが、年齢を気にするほど老けていないように思う。見た目は三十歳くらいの女性だ。

 特にベティスカは、一日中働いているイメージがある。休んでいるところなど見たことがない。話すら、なかなか出来ない状況だ。


「ベティさんはいつ休んでるのかな」


 屋敷の一角にあるこの浴場は、みんなの仕事の関係で午前中の方が混み合う。本来なら清掃の時間になっているので、入る者は誰もいない。

 シエルはその時間を使わせてもらっていた。


 湯をすくうようにして身体を撫でる。左腕にあったはずの火傷痕は綺麗に消え去っていた。

 痕は残るとジュビアに言われていたが、不思議なものだ。


「時間か」


 いろいろと思い悩んでいる途中、この後の予定を思い出したシエル。慌てて湯から出て、裸のまま脱衣所に向かった。

 そこに用意してあったタオルに身を包む。柔らかい感触にほっとするのも束の間、ため息が出てくる。


「緊張するな、もう!」


 怒るように言ってから纏めていた髪をおろす。丁寧にタオルで拭いてから、シエルは服を着た。

 黒キャミソールと紺のショートパンツという簡単なものだ。


 そのまま脱衣所を出ると、褐色の肌、コバルトグリーンに髪を染めた少年がいた。

 灰色がかった緑色の瞳が見開かれ、シエルを見つめたまま固まった。


「ごめん、アル。待たせちゃったみたいね」

「シエル! そんな破廉恥な恰好で歩くとはどういうことだ!」

「破廉恥なんて久しぶりに聞いたわ」

「いいから早く着替えろ!」


 部屋の前で待っていたのはアルボル。十四歳の少年だ。


 シエルがズユー国に来てから、身の回りの世話をしていた。前髪を縛り立ち上げている髪型が可愛らしい。


「ほら!」

「なに?」

「着替え、持ってきてやったからさ。あと、髪乾かしてこいよ」


 年下のくせに生意気な口をきいてくれる。そう思いながらシエルは笑った。


「なにが可笑しい!」

「着替え、手伝ってくれる?」

「ばばばばば馬鹿なこと言うな!」


 少しからかってやると、慌てて彼はシエルを脱衣所に戻して外に出ていった。褐色の肌が邪魔をして、赤面するところが見られないのが残念だ。


「ほんと、面白い」


 ここは南に位置するズユー国。

 赤道に近いため、日中の気温は高い。シエルのように色白の肌は珍しく、見た目だけで他国出身者とわかってしまう。


「面倒だな」


 ズユー国の東側にある港町が、ボニート。今、シエルのいる町だ。


 漁を中心としていることは、海の様子でわかっていた。しかし、それ以上のことは知らない。


 気になるのは、ズユーは司法の国と言われている。ズユー大法廷が中心にあることをシエルは授業で知った。

 しかし、それは山の向こうにあるのか姿は見えない。


 司法の国には頭の固い人間が多いのだと思っていた。しかし、海にいるのは海賊ばかり。彼らの本当の仕事は何かをシエルは知らない。


「……まともな仕事じゃなさそうだけど」


 シエルはキャミソールの上に、アルボルが持ってきた白いシャツを着た。三つほどボタンを留める。ショートパンツや髪は面倒だったので、そのままだ。


「これでいい?」


 アルボルに呼びかけると、ドアの向こうで待っていた彼が顔を出す。


 そして、

「さっきと変わってねえし!」

 と叫んだ。


「ちゃんとシャツ着たよ?」

「ああ、もう!」


 アルボルは着ないままシエルの手にあった、薔薇の刺繍が美しい青い巻きスカートを出す。青はシエルの好きな色だ。


 何ヶ月も世話をしているからだろう、シエルの性格も扱い方も慣れている。こうやって好みのものを出してくれるのも度々だ。


「せっかく渡したんだから、着ろよ」


 シエルの部屋にあるクローゼットには、様々なロングスカートが用意されていた。ズユー国、特にボニート町はロングスカートが流行っている。

 アルボルが持ってきたのも、流行りの巻きスカートだ。


「アル」

「なんだよ」


 ショートパンツの方が動きやすくて好きなのだが、恥ずかしそうにするアルボルの顔を見ていたら着替えないわけにはいかなかった。


「ありがとう」

「い、いいから着替えろ!」


 シエルはその姿に、あの日の優しいマールを重ね合わせていた。



――――



 ズユー国に来るまでの記憶は曖昧だ。

 オステ国であったことは、思い出したくないほどに辛いものばかり。


 出会ったばかりで、お互いのことをほとんど知らないはずなのに、守りたいと思わせてくれたアキ。それはアキ自身も感じていたことなのだろう。

 しかし結局、守るどころか守られた。その上、逃げ出したのだ。合わせる顔がない。


 ロフロールに裏切られ、ずっと一緒だったジュビアたちにも裏切られた。いや、ジュビアたちには裏切られたわけではない。


 冷静になって考えれば、彼らはシエルと同じだ。たまたま出会い、目的が一致したために協力したのだ。

 それを最後まで信じられなかったことをシエルは悔やんでいた。


 ――どうして信じられなかったの?


 アキは仲間から逃げ出したと言った。聞いた時、アキに同情してルウたちが悪いと決めつけた。

 だからジュビアたちと一緒にいたことが許せなかったのだ。それが結果的に、悪い方向へ進んでしまった。


 ズユー国に来る前にシエルは一度、自殺をしていた。


 シエルがズユー国に来てから三ヶ月。もうすぐ四ヶ月が過ぎようとしていた。


 瀕死の状態のシエルを救ったのは、ズユー国統領のベティスカだった。


 海岸で倒れるシエルをたまたま発見した。

 身体は傷だらけ。長い間海の水に浸かっていたせいで肌はボロボロ。目も当てられないほどの傷もあった。


 回復するまでに三ヶ月かかった。そんな短期間で済んだのはベティスカのお陰だ。


 海岸で緊急治療を施し、次に意識を取り戻したのは二ヶ月後だった。しかしシエルは一部の記憶を失い、目も見えなくなっていた。


 だからと言って動かないわけにはいかず、無理を言ってリハビリを開始。

 アルボルに手伝ってもらいながら体力をつけ、リハビリをしているうちに視力も戻ってきた。


 やっと普通の生活が出来るところまで回復したが、そこでシエルは記憶を取り戻す。


 全てを取り戻したシエルが最初に言った言葉は、

『死にたい』

 だった。


 最近は精神が安定して普通に生活出来ていた。

 ただボニート町の者も、ベティスカの屋敷に雇われている者も、誰もシエルのことは知らない。


「入るよ」


 その時、シエルの部屋に背の高い女性が入ってきた。この地方では珍しい白い肌だ。


 黒に一部分だけピンクのメッシュ。煌びやかな飾りと一緒に結い上げた美しい髪。緩くポニーテールにして、両サイドの髪は縛らずそのまま流していた。


 黒のロングスカートに、白いタンクトップ。胸が大きく目のやり場に困るが、彼女はお構いなしにシエルの前に座った。

 テーブルを挟んで向かい合う。


「だいぶ回復したみたいだね」


 彼女、ベティスカは笑いながら言った。フローリングの床に胡座をかく姿は、相変わらずの彼女だとシエルは思う。


「お陰様で」

「まあ、楽にしなよ」

「無理。わたしの処遇を決めるからって言っていたのはベティさんじゃない」

「あはははっ。気にしてたのかい?」


 ハスキーボイスの彼女。笑うと口が大きいのが特徴的だ。いや、ベティスカという女は何もかもが大きい。


 身体的なものもそうだが、態度もだ。頭領であるのだから当たり前ではあるかもしれない。

 なぜなら、ズユー国に住む荒くれ者を纏めている統領だ。並大抵の努力では不可能だ。


「さて、処遇を決めるとは言ったけど。シエル、あんたの話も聞かなきゃならない」

「ここに来るまでのこと?」

「それもある」


 そう言ってベティスカはテーブルの向こうで目を細めた。


「今でも死にたいって思っているのかい?」

「……それは、もうないです。諦めました。いえ、目的を思い出しましたから」

「それはよかった。でも、何度か試したんだろう?」


 ベティスカはシエルの左手首を覗き見た後、ため息をつくように言った。


「なぜ、死ねないんだ。そう思っているね」


 これまでシエルは何度も自身を傷つけた。食事に使ったナイフを手首にあてたり、首にあてたりと危険とわかっていてやった。もちろん、死ぬつもりはない。ただの実験だ。


 痛みや苦しみはあるが、死ぬことは出来なかった。切り傷程度なら一瞬で塞がる。


「死ねないわけじゃない。ただ、ちょっと丈夫になっちまっただけさ」

「ちょっとじゃないわ」

「そう言うな。まだマシな方さ」


 不老不死になったわけじゃないのだから、有難い力だろうと笑う。シエルは笑えなかった。

 変わってしまった身体が、まるで自分のものではないようで、気味が悪い。


「アルボル。いるね?」


 ベティスカは部屋の外にいるアルボルに声をかけた。


「はい」


 スライド式のドアは閉まったまま、アルボルの声が響いた。


「これから大事な話をする。何人も入れてはならない。二番目のドアを閉め、そこで待て」

「御意」


 この部屋は地下にある。窓はなく、外から話を聞かれることはない。

 そしてアルボルに伝えた二番目のドアとは、地下に行くまでにある階段前にある。奥まった地下階段を使う者はおらず、他に部屋はない。よって秘密の話をする際に使われる。

 シエルという存在も、今のところは秘密の一つなのだ。


 やがて、ドアが閉まる重厚な音と鍵の音が響いた。


「さて、シエル。あんたに起きていることの全てを話すよ」

「この身体のこと?」


 ベティスカは頷いた。


「あんたの血と、アタシの血。それから、大事に守られてきた予言の話だ」





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