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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 1 【1】
4/62

校長先生にジョークは通じない。

 アイレと話している間に校長に見つかってしまい、そのまま連れられてきた校長室。

 なかなか来なかったのは校長の方なのに、どこへ行っていたと怒られるのは理不尽だ。シエルがムッとしたまま執務机前に立つ。


 深々と椅子に座る校長に、

「遅かったですね」

 と声をかけるが、大して気にせずに持っていた書類を机にしまう。そしてシエルの顔を見るなり渋い顔をする。


「シエル。わかっているのか?」


 校長室に来るのは初めてではない。そのほとんどが指導ではあったが。目を合わせると諦めたような顔をする。


「一度はちゃんと校長室に来ましたよ」

「そのことはもういい。卒業式のことを言っている」

「なにか問題あります?」


 シエルを一瞥してため息をついた校長。禿げた頭を抱え込む。


 話したいことなど、校長の表情や態度からだいたいの検討はついている。悪いことだとは思うが、楽しいからやってしまう。


「お前は人気があるし、頭もいいし、剣術もなかなかのもの」

「ありがとうございます。剣術は苦手なんですけどね」


 クスっと笑うシエルだが、校長は真剣な表情で続ける。


「魔力も凄い。魔法のテクニックも驚くほどだ。だが性格をなんとかせんか!」


 ついに校長が怒り出す。机を叩きながら叫ぶ校長に対して、シエルは涼しい顔をしたままだ。


「性格、ですか?」

「アイレのことだ」

「アイレ?」

「どうして喧嘩ばかりする。しかも今日の挨拶は、アイレを挑発したのだろう。魔法研究所はアイレが入学した当時から――」

「はい、すみませんでした」


 シエルは反省の色を全く見せずに、取りあえず謝る。


「どうして魔法研究所にこだわるの?」

「そりゃ――」

「大企業だから。自慢出来るから。一度入れば将来安定。他になにがありますか?」


 シエルが言うと校長は黙る。

 シエルには関係ないのだ。魔法を活かせない場所は生き地獄と変わらない。


「そんなつまらない企業のなにがいいのよ」

「シエル」

「そんなところに就職なんてしたくなかった。なんで、わたしだったわけ? 勝手に決めないで欲しいわ!」


 言いたいことを全て吐き出し、校長に咎めるような視線を投げる。

 しばらく二人は目を逸らさず、静かな時間が過ぎる。やがて口を開いたのは校長だ。


「気が済んだか?」

「ええ。少し、スッキリしました」


 シエルは初めから魔法研究所を希望した訳ではない。魔法学校と魔法研究所の深い関わりがあり、仕方なくシエルが行くことになったのだ。


「もう決まったことだ」

「そう。だからアイレを虐めたくなりました。すみません」

「シエル。その性格、いつか後悔することになるぞ」

「はーい」


 話は終わったとばかりに、勝手に歩き出してドアに手をかける。


 ドアを開ける直前、

「待ちなさい」

 慌てて校長が呼び止める。


「まだ、なにか?」


 あからさまに嫌な顔をして振り向くシエルに、校長はため息をつく。


「お前、なにしに来たんだ」

「なにって。指導じゃないのですか?」


 校長は窓際にあった棚に歩いていく。綺麗な細工を施したそこから、小さな水晶玉を出す。

 それは手の平に納まるほどのもの。窓から漏れる太陽の光に反射して燦爛として美しい。


「なんですか?」


 それを聞いて校長はまた落胆する。

 知らないにもほどがあると、ブツブツ言ってから椅子に座る。シエルも元いた場所に立つ。


「お前、首席だろ!」

「そうらしいですね」

「"祈りの儀式"のことを忘れたか?」

「講堂で――」

「それは首席以外! シエルは外に行き、ちゃんとしたところで祈りを捧げる。それが"祈りの儀式"だ。その時に必要なのがこの宝玉」


 シエルはしばらく考えて、

「あ……ああっ!」

 と、わかったような返事をする。


 記憶を辿るがシエルだけ外で"祈りの儀式"をするというものはない。

 校長にはわかっていたようで、深いため息をついて頭を抱える。


「シエル。"祈りの儀式"についての講義は――」

「サボりました」

「校内の訓練施設に行って詳しく聞いてきなさい」

「えっ」

「早く!」

「それ、サボっちゃ駄目?」

「駄目!!」


 ふと見れば校長の顔も頭も真っ赤になっている。さすがのシエルも危険を察知。本当の雷が落ちる前に、渋々だが返事をする。


「今すぐ行きます」

「よろしい」


 校長は宝玉を赤い布袋に入れて、シエルに手渡す。それを彼女は無造作に制服のポケットに突っ込んだ。


「失礼しました」


 ドアを閉めて校長室を後にする。

 日の入り方から、昼を過ぎていることに気づく。

 校長には早く行けと言われていたが、昼食を食べてからにしようと思ったシエルだ。



 ◇ ◇ ◇



 卒業式が終わると、しばらく騒がしかった校内もあっという間に静かになった。夕方になる頃には人の姿は見えない。

 その中を一人、シエルは歩いていた。


 正門から入ると正面に校舎。右に魔法訓練施設、左に学生寮がある。

 迷わず魔法訓練施設に向かう。中に入ると古い建物の中は薄暗い。天窓から入ってくる明かりだけであるが、誰もいないことは一目瞭然だ。


「相変わらずこの建物古い。建て直ししないなんて、よっぽど金欠なのね」


 財布の中を覗く校長を思い浮かべて笑うシエル。


 明かりをつけることもせず、しんと静まり返った魔法訓練施設に足を踏み入れる。

 そして、屋内競技場のように広いその真ん中に立つ。


「さて、と」


 シエルは精神統一をするように目を閉じた。


 魔法訓練施設は、訓練の場としてだけでなく有事の際に使われる施設だ。町で何かあった時に施設長が能力を見極めて派遣する。実践に慣れるためでもある。つまり自警団の役目もしていた。


 そのためか、その場所に立つと緊張と共に感覚が研ぎ澄まされる。シエルは深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。


「身を貫く華麗なる火剣(スパーダ・フオーコ)の舞」


 呪文をとなえると、シエルの手から火が生まれ、鋭いナイフのような火が壁に当たる。


 特別な作りをしている訓練施設は魔法くらいではびくともしない。逆に跳ね返って、シエルに火のナイフが襲ってくる。


身を守りし火炎の盾(スクード・フオーコ)


 今度はシエルの身長ほどの炎の壁が出現。見事にナイフを呑み込んだ。


「血肉を求める連続炎剣の(スパーダ・フィアンマ)乱舞!」


 更に形を変え、シエルの前にあった壁から炎のナイフが無数に飛び出す。


猛り狂う憤怒の業火(ヴォルテ・フィアンマ)!」


 次はシエルの回りを竜がいるかのように炎が渦巻く。炎によって起こる熱風でシエルの髪は上空に舞い上がり、橙色に照らされた鋭い瞳は、本当の魔女を思わせる。


「やめろ、やめろ!」


 後ろからの声にシエルは炎を消し去る。振り向けば知った顔が入り口前にいた。


「施設長!」


 魔法訓練施設の長、エストレジャだ。扉の前で腕を組んで仁王立ちをする姿は、まるで鬼のよう。


 まず、何よりも目立つのは筋肉だ。盛り上がった筋肉がシャツを破きそうなほど。浅黒い肌が筋肉に似合い、魔法というより力で敵をねじ伏せてしまいそうな三十四歳。


「卒業式だろ。帰ったんじゃなかったのか?」

「ま、ちょっとね」


 黒い短髪。口を一周するように生えた髭が彼を老け顔に見せる。


「で? なんで魔法の訓練を?」

「うん。なんつーの? ウォーミングアップ的な」

「的な、言うな!」

「魔法訓練施設だからいいでしょ?」

「こんなところでヴォルテ使うな!」

「みんなやってんじゃん」

「お前の魔力は桁外れ! 施設が壊れる! 外でやれ!」


 外でやっても怒るくせに、とシエルはエストレジャを睨む。口を尖らせて抗議するも、諦めろと言う。


「じゃあもっと立派な施設建てたらいいじゃない」

「お前なぁ」


 エストレジャは仁王立ちをやめて近づく。目の前に立つと長身の大男で、一瞬たじろいでしまうシエルだ。


「施設長?」


 と、突然エストレジャはシエルの金髪頭をがしがし撫でる。


「首席で卒業か! よくやった!」

「や、やめてっ」


 シエルは髪をぐちゃぐちゃにされて怒る。しかしエストレジャはやめない。シエルは一歩下がって、その手から離れる。


 ――脳筋はこれだから嫌い!


 加減を知らなすぎるとぶつぶつ言いながら、手ぐしで髪を整える。


「施設長。話があるんだけど」

「話?」


 そこでシエルは"祈りの儀式"のことを話す。

 首席が行くことも、外に行くことも、そもそも"祈りの儀式"のことを校長から初めて聞いたことを伝えると、エストレジャは項垂れてしまう。


「あれ? そんなに有名な話?」

「当たり前だ」

「知らなかった」


 エストレジャはため息をつきつつ、

「詳しく話す。とにかく、座って話そう」

 そう言って歩き出す。

 シエルは大人しく彼についていった。



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