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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 1 【3】
38/62

初仕事とフェスティバル



 時刻は午後八時。


 驚くほど派手な野外ステージ。暗いはずのそこは様々な色のライトに彩られている。動き回る光のダンスに目が回りそうだ。


 シエルは激しい音を奏でる空間に魅入っていた。

 シエルの知っている音楽とは違い、テンポが早く大音量。更に、歌手も何を歌っているのかがわからなかった。

 まるで世界の違う音楽を聴きながら、シエルは盛り上がる観客たちを見つめる。


 その日、シエルとエストレジャは特設ステージで行われるライブイベントの警備をしていた。

 しっかり制服も着ている。蛍光ピンクのシャツに黒のパンツ。

 シャツの好みはガラだろうと予想したシエルだ。

 耳には無線通信機器のイヤホンと襟元には通信で使うマイクもつけている。


 シエルにとっては初めての仕事で、少し緊張する。


 盛り上がる人々に目を向けるが、マナーの悪い観客はいない。おかげで楽に仕事をこなしていた。

 ただ、あまりにも大きな音に頭が痛くなる。


 ステージをバックにして立つと、観客たちの楽しそうな表情がよく見える。

 シエルがいるのはステージ脇の右側。ちょうど反対側にエストレジャがいる。


 ガラは祭りを盛り上げるために日程を組んだり、内容を決めたりする、いわゆる実行委員をしていた。

 特にガラはステージイベントの責任者をしていた。

 ガラが手伝ってほしい仕事とは、ステージイベントに関することだったのだ。


 提示された報酬も驚く金額で、逆に大丈夫なのかと聞いてしまうほどだ。

 グリューン町の宿屋であれば、食事付きで十日はいられる。


 科学の発達により、他国に技術を売ることで金銭的な余裕があるから、お金の価値も多少違うのだろうとシエルは思った。


 仕事は午後四時からだったので、それまでの間は街中を歩いて人探しをした。

 しかし大した成果はあげられず、すぐに仕事になってしまった。


 ミュッケ大都市に慣れていないせいもある。

 地理にも詳しくないし、ミュッケ大都市がどんな場所かもまだほとんど把握出来ていない。


 大まかにロフロールが地図を示しながら、今朝教えてくれていた。


 ミュッケ大都市の中央にはミュッケ・タワーがそびえ立つ。シンボルのような存在だ。

 そこを含めた商業地域を中心街と言う。


 タワーを中心にして、西側には緑豊かな公園がある。商業地域にぽつんと現れる公園は、人々の癒しの空間となっていた。

 現在、ステージイベントが行われているのがそこであった。


 東側には遊園地がある。今はミュッケ・フェスティバルがあるので営業していないという話だ。

 遊園地など見たことのないシエルだが、遠くから見た巨大な輪には興味津々だ。

 機会があったら行ってみたいと思うが、子供扱いをされそうでジュビアたちには言っていなかった。


 そしてタワーの南側、商業地域中程に駅がある。


 問題は北側だ。タワーから真っ直ぐにのびる北通り。ブイーオ信仰会と政府軍が睨み合い、争いの多い場所だと言う。


 通るなら昼間に、少なくとも二人で行動することを強く言われていた。


 ロフロールの話では、黒いフード付きの衣服を着ているのはブイーオ信仰会。

 上下揃いのグレーの正装に星のピンバッジを付けているのは、政府軍。


 政府軍は街を守ることを念頭に活動しているため、ブイーオ信仰会を厄介者としている。

 しかし、それ以上に他国の人間と知られると危ないと言う。


『彼らが守るのはオステ国。他国のいざこざには関与しませんし、敵意を向けているのでなにをするかわかりません』


 ブイーオ信仰会、政府軍には出来るだけ関わらないこと。それがロフロールが注意したことだった。


『政府軍……戦争もしてないのに?』

『オステ国民。特に政府は、まだ許せないのです。軍という名前を使い、他国を威嚇しているだけです』


 ぼんやりとロフロールの話していたことを考えながら、また客席に目を向ける。

 ロフロールの言っていたブイーオ信仰会や政府軍らしき人物がちらほらと見受けられた。


「あれ……?」


 思わず声をあげたシエル。

 目線の先にいたのは子供だ。保護者も近くにいない。

 夜の八時に、しかもライブイベントで子供が一人でいるなどおかしい。


――もしかして、赤い髪の少年?


 そこにいる少年がどんな髪色をしているのか、ライトの加減でわからない。


「エストレジャ、聞こえる?」


 襟についたマイクに口を近づける。


《どうした?》


 シエルは少年から目を離さないように話しかけた。


「気になる少年を見つけたわ。少し、持ち場を離れる」

《ま、待て! それはアキか!?》

「わからない。でも……」


 先を言おうとして、少年と目が合った。


 シエルはやはりおかしいと感じた。彼は歌手を全く見ていない。楽しんでいない。

 ふわりと笑った彼は、人混みに紛れるように走り出した。


「あ、待って! エストレジャ、わたし行くから!!」

《待て!!》


 視界の端に、追いかけようとするエストレジャが見えた。しかし、身体の大きさが邪魔をして進めない。


「ごめん、エストレジャ」


 アキだったとしたら、もしかしたらマールの手がかりも掴めるかもしれない。


 シエルは人の波を掻い潜り、少年を追いかけた。

 姿勢を低くして、盛り上がる観客たちをすり抜ける。何度もぶつかって睨まれたが、構ってなどいられなかった。


 やっとのことで、観客の波を抜け出して立ち止まったシエル。


 大音量で聴いていた歌のせいで、耳がおかしい。膜でも張っているかのように聞きづらい。


 集中して、公園の隅々、人々が行き交う通りに目を凝らす。

 やっと見つけた少年は、早足で公園を出て行くところだった。


 急いで公園を離れ、大通りに飛び出した。

 カフェやお洒落な飲食店が並ぶそこは、かなりの賑わいだ。


「待って!!」


 行き交う人々が振り返る中で彼だけは構わずに歩いていく。


 後ろ姿は金髪の少年だ。赤い髪ではない。


 しかし、ジュビアが髪色が変わったと話していたことを覚えていたシエルは、とにかく追ってみることにした。



――――



 どのくらい走っただろうか。

 シエルは息を切らせて、さすがに歩き出した。

 少年の姿も見えなくなり、見失ったことに落胆する。


 ――つ、疲れた……。


 さすがに仕事を放棄した形で出てきてしまい、申し訳ない気持ちになる。素直に謝るかと、筋肉二人組を思い浮かべるのだった。

 無駄とはわかっていたが、襟についたマイクに話しかけてみる。


「聞こえる?」


 反応はない。無線通信機器が使えるのは、せいぜい公園内だ。繋がるわけがなかった。


「…………」


 呼吸を整えてから、辺りを見回したシエルは固まった。

 フェスティバルが行われている中心街をずいぶん離れていたことに気づく。


 先程とは打って変わって静かだ。

 人もあまり歩いておらず、家の明かりもついていない。不気味な雰囲気に、シエルは唾を飲み込んだ。


 それも厄介なことに、北へと走ってきた。

 ここがブイーオ信仰会と政府軍が睨み合いをする北通りだと、言われなくてもわかった。


「まずいわ……非常にまずいわ」


 振り向くと、Y字の道が続いていてどちらから来たかわからない。


「どうして一本道じゃないのよ。道がありすぎて訳が分からない!」


 怒り散らしてみても、その声は空に消えていくだけだ。


 シエルが辺りを見回していると、急に手を引かれた。転びそうになりながら、引かれるがままに歩く。


「こっち」

「え? え! あなた、もしかして!!」

「いいから!」


 少年は急いで近くの裏路地に入った。

 そこに座るように言われ、訳がわからないまま首を傾げるシエル。


「ねえ、あなた……っ」

「バカだよね、あんた」

「は?」


 生意気な言葉に腹を立てたシエルだが、太い男の声がして押し黙る。


「我らの聖域に誰か来たか?」

「姿は見えぬ。周辺を探してみよう」


 黒いフード付きの服が闇に紛れていた。それがブイーオ信仰会であることは一目瞭然だった。

 先程までシエルのいた場所で会話を交わす。その内容に背筋が凍る。


 彼らが歩き去ってから息を吐き出し、少年が振り返った。


「あんた、バカだね」

「バカってなんなのよ!?」

「大きい声、出さないでくれる?」


 やけに冷静で大人びた少年にペースを乱されて、シエルは怒りがおさまらない。


「ブイーオ信仰会に気をつけなきゃ。知らないの?」

「見つかったらまずいってこと?」

「ここはあいつらの本拠地。妙な宗教に入りたい?」


 歩き去ったブイーオ信仰会の様子を思い出して寒気がした。


「…………わかった。助けてくれてありがとう」

「わりと素直なんだね」

「……ムカつく」


 会話がかみ合っているようでかみ合わない。

 不思議な少年は、やはり金髪で黒い瞳を輝かせていた。


「危なっかしくて助けちゃったよ。ねえ、名前は?」


 少年は無邪気な笑顔をシエルに向けた。

 だからこそ、シエルは疑ってしまった。人違いであって欲しいと思っていた。


「名前、聞かせてよ」

「シエル……だけど」


 少年は立ち上がった。

 赤を基調としたオーバーチェックのシャツに黒いベスト。グレーの膝丈のパンツを着た、やはり大人びた恰好だ。


「オレの自己紹介はいらないよね」

「じゃあ、やっぱりあなた――」

「アキだよ」


 驚いた表情をしていると、アキは笑いを堪えながら言った。


「あんたのこと、気に入ったよ」

「え?」

「とにかく、ここから離れよう」


 言っている意味がわからない、とシエルは曖昧に笑った。


「オレ、シエルが好きだ」

「な、なに言ってるの!?」


 顔を赤くして慌てるシエルをまた可笑しそうに見るアキ。そんな少年にまた腕を引かれて歩き出した。


 生意気で、子供なのに大人びていて、話に聞いていた少年とはまるで違う。

 それでも彼はアキだと言う。その事実を知っても、シエルはアキを嫌いにはなれなかった。


 きっと何か理由がある。

 そう思うのだった。





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