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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 1 【3】
37/62

ミュッケ大都市




 野宿が確定した。

 その悲報はその場にいた全員を凍りつかせた。


 長い時間を列車で過ごし、疲れきった時に飛び込んできた情報。誰もがホームにあるベンチに座って脱力した。


 ただ一人、ロフロールだけが舌を出して謝っていた。


「その、うっかり忘れてました」

「君の頭はどうなっているんだい? 列車の切符を手配してくれたことには感謝している。しかし、ロフロール。君は確かにこう言ったよ」


 ジュビアがロフロールの頭をポンポン叩きながら、ため息混じりの説教を始めた。


「ホテルのことも気にしなくていい。予約するから、と。で? あれは嘘だったのかい?」

「ち、違います!」


 ロフロールが焦りながらジュビアの手を払いのけた。


「あの、コロッと忘れただけです」

「こんな大事なこと、普通忘れるかい?」

「たまにはミスをします!」

「看護師という職業でありながら、ミスとは有り得ないな」

「今はプライベートです!」


 言い合いが長く続きそうなので、シエルは駅のホームを観察することにした。


 アーマイゼ港町からミュッケ大都市まで、約三日。

 出発前に宿泊の予約を入れておけば、野宿は避けられた。フェスティバル真っ最中の夕方に、いきなり泊まりたいと申し出て叶うはずがなかった。


 ――予約出来る宿屋があるっていうのは、やっぱり大都会ならではかな。


 少なくとも、シエルの知った限りでは予約を入れられる宿屋などなかった。


「シエル、どうした?」


 ベンチに座っていたエストレジャが心配そうに顔を覗き込む。


「ん、別に」

「酔いは?」

「うん。揺れはあまりなかったし、馬車とか船よりマシよ」


 駅に着いてすぐには動かず、ある程度の人が下車してから行動しよう。

 そう配慮してくれたのはロフロールだった。

 確かに、オステ国に慣れていない三人はすぐに動けなかった。


 列車から降りる人の波を見て、どこにこれだけの人が隠れていたのかと目を見張るばかり。驚きで、すぐに街に出る余裕はなかった。

 シエルは人混みに酔ってしまい、これから街に出るのだと思うと気が重かった。


 ミュッケ・フェスティバルは五日間ある。

 今日は三日目で、しかも一番盛り上がる夕方とあって人の数は増える一方だ。


 人がまばらになったところでホームから離れようと動いた。そこでホテルの予約を忘れていたことが判明。そして現在に至る。

 慌ててアーマイゼ港町を出てきたから、何かを忘れていても不思議ではない。


『今ならまだ間に合います』


 ロフロールがそう言っていた意味を聞きそびれていたシエルだが、フェスティバルの日程を聞いて納得した。


 すぐに出発すれば、あと二日は楽しめる。

 ロフロールがいきなり決めたのも、出来るだけ早くミュッケ大都市に行くためだ。


 ――ロフロールさん、フェスティバルで見たいものがあるのかな?


 駅構内は建物の中で外が見えない。

 ドーム状の天井も壁も窓はなく、ミュッケ大都市がどのような場所なのか見当もつかない。


 外に出るには、階段を降りていかなければならないと、すでに列車を降りた人々の行動で知った。


「おい、シエル! ちょっと来てみろ!!」


 エストレジャに呼ばれて、シエルは振り返る。

 いつの間にかホームの端にいて、手を振っている。

 早足で近づいていくと、エストレジャがニヤリと笑った。


「外の様子が見えるぞ」

「え?」

「ここ、小窓がついてる。見てみろ」


 言ってエストレジャが壁から離れた。途端に明かりが小窓から洩れてきた。


「なに、これ……っ」


 昼間ではないかと思うほど、眩しい街に驚きを通り越して茫然自失。煌びやかなネオンが頬を照らし、街のどこを見ても木や草は見当たらない。


 建物が道に沿って建てられ、室内の明かりが外に洩れていた。驚くのはその高さだ。駅も三階ほどの高さにあるが、それよりも高い建物の数々。


「今はフェスティバル中だから、車が走れないみたいだな」


 エストレジャの言う通り、道路を埋め尽くしているのは人だった。派手な恰好をして、騒いでいるのがわかる。

 音は聞こえないが、雰囲気だけは伝わってきた。


「上の方を見てみろ」

「上?」


 空がなかった。

 見えるのは人工的に造られた道だ。その隙間から光が目に飛び込んできた。

 それは車の往来。様々な色が走り去る。


「上に道路?」

「そう、高速道路だ」


 空が見えない世界があるなど信じられないシエルは、ただそれを見つめるしかなかった。


 駅からずいぶん離れた場所にタワーがある。

 ロフロールの話では、そのタワーのある場所に高いビルなどが密集している。

 そこを中心に商業地域が広がり、更に周りを人々が暮らす住宅街が埋め尽くしていた。


 ヴェス国のように、町から町までの街道に人がいないなどありえない。

 言うなれば、市街地がずっと続いている。オステ国はそういうものだと聞いていた。

 それでもやはり信じられないシエル。


「シエル、感想は?」

「感想?」


 エストレジャがシエルの驚きようを見ながら聞く。


「まるで違う世界に来たみたいだろう」

「……同じエーアデなのにね。違いすぎて、ちょっと怖いかな」


 声のトーンが落ちていくシエル。その頭をエストレジャが撫でる。


「マール、オステ国にいるかな?」

「マールらしき人物が列車に乗ったという話があっただろう」

「うん、聞いた」


 列車に乗る前に駅員に話を聞いていた。

 駅員が目撃したのが本当にマールであったのかどうかは定かではない。

 しかし船は出ておらず、それ以外の移動ルートは現実的ではない。

 シエルはそれを信じてミュッケ大都市に行くことを了承した。ロフロールの押しも強かったが。


「大丈夫、うまくいく」

「適当なこと言わないでよ」

「適当じゃないぞ」

「だって、すでに今日の宿で揉めてるじゃない」


 シエルが振り向くと、まだ言い合いをする二人が目に入る。まるで痴話喧嘩だ。


「いざとなれば――」

「酒場は遠慮するわ」

「まだなにも言ってないだろ!」

「違うの?」

「まぁ、間違っちゃいないけどな」


 シエルはため息をついた。


 フェスティバルの関係か、元々そうなのかはわからないが、今日はホームに列車は入ってこない。

 だからか、そこには仲間四人しかいなかった。


 ドーム状になっている天井のせいか、広すぎる駅ホームの作りのせいか、二人の言い争う声が反響する。

 その声に紛れて、足音が聞こえてきた。まだ人がいたのかとシエルは振り向いた。

 階段を降りることなく、真っ直ぐにこちらに向かってくる男性。


「誰かいる」


 シエルが言うとエストレジャも振り返った。

 ゆっくりと歩いてくるその人物を見て、エストレジャもまた彼に向かって歩き出した。


「え、なに? 知り合い?」


 その質問には答えなかった。


 程よく日に焼けた褐色の肌。オールバックにした黒髪。

 赤いタンクトップに、フード付きの黄色いパーカー。ピンクのパンツ。

 ファッションセンスに少々問題のある派手な印象の男だ。


 ただ、パーカーを着ていてもわかる筋肉の盛り上がりに、シエルは嫌な予感がした。

 いや、エストレジャと同じ空気を感じた。


 お互いが手を伸ばせば届くという位置まで来て、二人は同時に上着を脱ぎ捨てた。


 次の瞬間、ガシリと音がしそうな勢いで抱き合った。



 ◇ ◇ ◇



 情報収集は酒場からという話をどこかで聞いたことがある。


 どんな世界でも酒というものは魅力があって、一度口にしたら癖になる。国によっても酒の種類は違うし、弾む会話や知らなかった人物とも意気投合出来る楽しさが魅力。


 だからこそ、うっかり口を滑らせる人がいて情報が仕入れられる。


 エストレジャは駅で会った男性とバーに来ていた。


 名前はガラ、四十歳。四十歳にしては素晴らしい仕上がりの肉体に惚れ惚れする。


 上着を脱ぎ捨て、抱き合ったエストレジャとガラ。その後、力比べを始めた二人。

 素晴らしい筋肉の持ち主に、お互いの気持ちが溢れ、抱き合い、上半身裸になっていたところをシエルに怒られた。


 普通、筋肉を見たら触りたいだろうと話しても、理解されることはなかった。


 お互い知らない人物だと言えば、信じられないと更に怒り出すシエル。ジュビアもロフロールも唖然とした顔をしていたのが忘れられなかった。


 だが、意気投合した二人のお陰で野宿は免れた。一人暮らしで部屋は空いているから好きに使って構わないというガラの申し出だ。


 会ったばかりの者にそこまでしてもらうのは気が引ける。そこでエストレジャは働いて返すことにした。その話にガラがのった。


『おれは雇う側の人間でな。仕事があるんだ。人手が足りなくてな。フェスティバル終了までの二日間、やってくれないか? 宿付きと思ってくれたら、気持ち楽になるだろ。どうだ?』


 ミュッケ大都市に来たのはフェスティバルを楽しむだけではない。人探しと、仕事をして金銭の確保をするためだ。

 ガラの提案は悪いものではなかった。


 何もかもに甘えてしまい、申し訳ないと思っていた。だがガラはガラで、直前で人手を確保出来たことにほっとしていた。


 仕事のことは明日に話すということで、二人はバーへ。みんなは先に休むことになった。


 ミュッケ・フェスティバルの三日目が終わり、夜も更けてきた頃。興奮さめやらぬ客があちらこちらの席で酒と会話を楽しんでいた。


 カウンターにはカップル。フェスティバル中にナンパしたようで、彼女に夢中。


 更に一人で酒を楽しむ男性。


 入口に一番近いテーブル席。派手な衣装を着た団体だ。フェスティバルでパフォーマンスを披露。その成功祝いをしている。


 更に奥の仕切られた場所では賭け事をしている団体。羽振りのよさそうなスーツの男女と、飛び入りの若者たち。

 揉め事が起きそうな予感がしていた。


 そんな騒がしい店内。バックで流れる音楽はまるで聴こえない。

 グラスや食器の音に混ざって様々な会話や笑い声が雰囲気を壊してしまっていた。


 せっかくのお洒落なバーが、ただの居酒屋となっている。店員も機嫌が悪そうな顔つきだ。


 その中でエストレジャとガラは上半身裸でいた。

 お互いの肉体に触ったり、ポージングしたり、テーブルの上の酒には手をつけないまま一時間が経過していた。


「ところで、あんたらオステ国出身じゃないだろ」


 それまで明るく話していたガラの目が突然、光り出す。どこでどう知ったかはわからないが、ガラにはわかったようだ。


「ガラ。俺はなにも言わねえよ」

「ほう。つまり、人には言えない理由でオステ国に来たのか。誰かの依頼か」


 ガラは目がチカチカしそうな色合いの服を着ているが、なかなか頭のキレる人物だ。

 筋肉だけではない。多少なりとも侮っていた自分を恥じたエストレジャだ。


「ただの人探しだ」

「ただの人探しでオステ国に来るなど普通じゃないな」

「そうか?」


 なかなかに鋭い。言葉の一つ一つに噛みつかれるようだった。


「おれは情報通だぞ。ヴェス国の禁書を狙った盗賊。中央都市プルプの焼失。関係あるだろう。どうだ? エストレジャ」


 表情を見てニヤリとしたガラ。それに対してエストレジャは黙ったままだ。

 まさか、ここでヴェス国の惨事を聞くことになるとは思わなかった。


「図星か?」

「……かなわないな。だが、こんな場所て出来る話じゃない」


 エストレジャが頭を掻きながら笑った。


「そりゃ、悪かった。すまんな。ちょっと気になってな」

「構わない。ただ、情報通だと言うなら教えて欲しいことがある」


 言葉を区切り、温くなった酒に口を付けたエストレジャはガラを睨むように見る。


「仕事を探しに来た人物の中で、怪しい奴はいなかったか? 例えば、子供連れの男性二人……とか」


 ヴェス国グリューン町で現れた盗賊。

 中央都市プルプでの大火。

 オステ国アーマイゼ港町でジュビアが見た三人の男。


 彼らは近くにいる。もし見つけることが出来れば、旅は楽になるかもしれない。


 だが、ガラは首を横に振った。


「プライバシーってやつだ。雇った人間のことは教えられない」

「……そうか」


 そう上手くはいかないとわかっていても、やはり落ち込む。

 掠るように、撫でるように、彼らの存在が近くにある。だが、どうしても掴めない。

 苛立つエストレジャ。そんな彼の胸をガラは優しく叩いた。


「そんな顔をするな。出来れば協力したいが、秘密なんだろう」

「……すまん」

「いいってことよ。それよりも明日、国の筋肉自慢が集まるイベントがあってな――」


 話を続ける二人。


 そんな中、一人の男性が立ち上がって店を出ていく。


 誰がやって来て、誰が出ていくかなど、騒がしいバーで気づく者はいない。その男がバーにいたのも偶然。すれ違ったのも偶然だ。


「エストレジャ、か」


 そう呟きながら店のドアを閉める彼、ルウがいたことに二人は気づいていなかった。





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