オステ国悲話
オステ国に伝わるそれは、真実かどうか調べる術はない。逆に言えば嘘である証拠もない。
親から子へ、先祖から子孫へと伝わっていった話。
魔王が倒され、やっと取り戻した平和に世界中が喜んだ、その後の話だ。
魔王討伐という大きな戦いが終わり、残された人々は二度と同じようなことが起こらないようにと願った。
魔王によって多くの犠牲を出した。その怒りや悲しみは、やがてオステ国へ向くことになる。
勇者はヴェス国出身、姫巫女はノルデ国出身。そして魔王はオステ国出身だった。
魔王は人外の存在などではなく、普通の人間。信じ難い事実だ。
しかも魔王がどのように生まれ、闇魔法がどのようにして身についたのかは解明出来ない。
尚のこと人々はオステ国を毛嫌いするようになった。
オステ国民は魔王を擁護する。魔族の血が流れている。いつかまた、同じように魔王が生まれる。
そうやってオステ国を遠ざけていった。
魔王は封印されているから大丈夫だと言われても、信用することが出来なくなっていた。
ヴェス国とノルデ国は、魔王の国オステの閉鎖を求めた。
一方、オステ国は苦しめられたのは我々も同じだとして、閉鎖を拒んだ。
それぞれの国が睨み合いを続ける中、南のズユー国が名乗り出た。当事者である三人とは関係のない我が国が決めようと言い出したのだ。
ズユーは傍観の国と言われるほど、何が起こっても動かない。自分たちの国を守ることを優先して行動を決める。
そのような国であるから、勇者に協力することも魔王に協力することもなかった。
そればかりか、魔王がズユー国を狙うことも滅多になかったのだ。
ただ、今回の争いは再び戦乱を起こしかねない。そうなれば火種がズユー国にも飛び火する恐れがある。
それを懸念してズユー国は重い腰を上げた。
公平という点で、ズユー国は適任である。両者はズユー国が決めることに異論はなかった。
それぞれの国の最高権力者たちが集まり、意見を言い合った。
自分たちの正当性ばかりを主張して、オステ国を責める二国。オステ国は反論し、一番被害を受けたのは自分たちだと主張。
会議の間もオステ国民は国から出ることを許されなかった。もちろん、他三国がオステ国に入国することも禁止された。
そして一年の後にようやく決着が着き、ズユー国は決断を下した。
『封印された魔王はズユーの者が地中深く、オステ国に埋めること。魔王の出生や闇魔法についての謎が解明されるまでは、オステ国は閉鎖する』
研究を重ね、わからなかった場合でも最長二千年。オステ国は閉鎖されることになった。
もちろん、決断が下った後もオステ国は引き下がらなかった。二千年も閉鎖されるなどとても納得出来ない。
しかし、事件をきっかけにオステ国は従うことになる。
ズユー国の司法に楯突いたとして、オステ国の最高権力者が捕らえられて処刑された。
国の要となる人物を見せしめるように殺されて気づいた。
オステ国の味方はどこにもおらず、すでに孤立していることに。敵意という殺意が向けられていることに。
そしてオステ国民ごと、国を壁が囲んだ。
それは魔法とは違い、今はすでに失われた道具。魔導具が使われた。
オステ国を取り囲むように海の底深くに埋められた十の魔導具が、見えない壁でオステ国を閉じ込めた。それは結界だった。
直後、自分たちのことをわかってもらいたくて、早く閉鎖を解除してほしくて、平和を願ってのフェスティバルを始めた。
『もう充分だ』
そう言ってほしくて始めたフェスティバルだったが、オステ国民の声が届くことはなかった。
そして魔王のことを調べるために研究施設が作られた。
だが封印された魔王は隠されて研究は捗らない。それでも必死に調べるが、わからないまま終わることになる。
オステ国は諦めなかった。魔導具の破壊を試みたが、オステ国でトップクラスの魔法使いでも歯が立たない。
オステ国は更に考えた。
魔力も乏しい彼らに出来たのは物作りだった。それがオステ国自慢の機器開発。運良く、資源は豊富にあった。
魔王を調べるために作った研究施設であったが、機器開発から魔法研究のための場所となった。それが魔法研究所である。
時だけが残酷に過ぎていった。
人々は自国しか愛さない。他国に対して反感を持ち続けた。
自分たちを苦しめた他国を信じることはなく、恨みは勇者や姫巫女にまで向けられた。
そして一部が魔王を崇拝し闇魔法に魅力を感じる集団、ブイーオ信仰会となった。
二千年が過ぎ、すぐにでも結界が解かれると思っていた。しかし、彼らの願いは叶うことはなかった。
結界から解除されたのは、今から五百年ほど前。彼らは約二千五百年もの間、苦しんだ。
――――
魔王が封印されているという話は、あまり伝わっていない。大抵の人は"魔王が倒された"と言う。
封印の話がオステ国で伝わっていることが、不謹慎ではあるがシエルは嬉しかった。姫巫女の力のことはシュピナート村でしか知られていないと思っていたからだ。
「なんでその話、ヴェス国に伝わってないの? いくらなんでも、いつかはオステ国以外にも伝わるはずでしょ? エストレジャだって、ジュビア先生だって、オステ国で知ったんでしょ?」
それまで黙っていたジュビアが、沈んだ表情のロフロールを気遣いながら言った。
「愛国心の強いのがこの世界エーアデの特徴だ。自分たちの悪い話、信じたいと思うかい? どう考えても非があるのは我々三国の方だ」
「認めたくないってこと? 謝って済む問題じゃないのはわかるけど」
納得がいかない。シエルは不貞腐れるような顔をした。
「大人の事情というやつだよ。公的に認めれば、相手国に対して正式な謝罪とそれなりの慰謝料が必要になるだろう」
五百年前までオステ国を悪者にして結界で閉鎖していたが、それは間違っていた。
そう認めることが出来ないのは、ヴェス国だけではなくノルデ国やズユー国の立場もあるからだ。
「オステ国は今、大国に成長している。そこへ大金を出したらどうなる?」
「うーん。より、発展する?」
自信のない答えだったが、ジュビアは頷いた。
「そう。科学力では太刀打ち出来ないのはわかっている。更に発展した時に恐れるのは魔法以上の力を持つこと。つまり、武器の製造だ」
武器と言われてもピンとこない。
平和な世の中で、武器を製造するなんてことが有り得るのか、シエルにはわからなかった。
謝罪をすれば慰謝料を払う方向に話は進む。つまり恐れているオステ国の発展に繋がる。
だが、今のままで互いに睨み合っている状態ならその心配はない。自国しか信用しない今のままなら、話を聞いても嘘だと笑うだけだ。
「大人って難しい」
「ま、否定はしないがな」
エストレジャは苦笑した。
「じゃあ、なんで二人は信じたの? オステ国が閉鎖した話、どうして信じられたの?」
エストレジャは考える素振りをしてから、少し困ったような顔をした。
「なに?」
「隠すつもりはなかったんだが……」
「え?」
「俺はオステ国の人間だ」
「はあ!?」
まじまじとエストレジャを見つめるシエル。一番、驚いていたのはロフロールであった。
「エストレジャさん、どういうことですか?」
「言葉の通りだ。俺自身はヴェス国で生まれ育ったんだが、両親はオステ国の者だ。ヴェス国に渡った経緯はよく知らないが、オステ国閉鎖の話は聞いていたんだ」
他国を蔑む風潮がある中で、ヴェス国に渡ったというエストレジャの両親はすごいと、シエルは思った。
「エストレジャと同じで豪快ね」
「そうだろう、そうだろう!」
胸を張るエストレジャ。それを見てクスリとジュビアが笑い、場が和んだ。
「じゃあ、ジュビア先生がオステ国の話を信じたのは……」
「そう。私はエスの話を信じただけだよ」
ジュビアが窓の外を見ながら、呟くように言ってすぐに黙り込んだ。そのまま景色を眺め続けている。
しかしエストレジャもロフロールもそんなジュビアの言葉が嬉しくて、表情が柔らかくなった。
「でも、エストレジャの魔法は強かったわ。オステ国の人間だなんて思えない」
「俺は努力家の魔法使いなんだ」
「努力じゃどうにもならないでしょ」
「稀なケースってやつだ」
疑いの目を向けるシエルを無視して、エストレジャはパンッと手を叩いた。
「続きは俺から話そう。オステ国が解放された理由だ」
「解放された理由?」
話をはぐらかされた気がするが、話の続きも気になっていたシエルは素直に聞く体勢になる。
「突然、オステ国を解放することに決めたのはヴェス国。最終的な判断はズユー国だったがな」
魔王が封印され、大きな戦いはなくなった。
それにより深刻化したのは魔力の低下だ。その低下に伴い、魔法の種類も減っていった。
今は一つの属性につき、三種類程度しか残っていない。かつては十種類もの魔法を使い分けていた。
魔法の存在も軽視する傾向にあった。魔法以外の教養を身につけ、将来を見据えた選択をするように変わった。
このままでは魔法が失われると、危機感を募らせるヴェス国。魔法が失われることはどうしても避けたかった。
「それで、オステ国の科学力に目をつけたってわけだ」
「……なんか、ヴェス国が嫌な国に思えてきた」
「そう言うな」
酷い仕打ちをしておきながら、打算的考えで簡単に解放を考える。オステ国民にしたら腹が立って当然だ。
「科学力が欲しいってのが丸見え。そんなんでオステ国は了承したの?」
「したんだよ。オステ国も力が必要だったからな」
二千五百年の時を費やし、ようやくオステ国は解放された。
その背景にあったのは一つの協定であった。
ヴェス国・ノルデ国・ズユー国にある魔法学校から、各魔法学校の首席及び、一定のレベルを越えた優秀者をオステ国魔法研究所で働かせる。
そしてオステ国は魔法研究所で造られた製品を輸出。それ以外にも研究成果の一部を開示する。
その協定は、シエルたち今を生きる人々の知らないところですでに決まっていたのだ。五百年も前に。
優秀な人材を手放すのは惜しいが、それ以上に科学に魅力を感じていた三国。
そして新しい技術を与えることが気に入らないと思いながら、研究には優秀な人材が必要だと思うオステ国。
睨み合いながらもお互いに条件を受け入れた。
「オステ国側はこの悲劇を知っている。だが、他の国々は出来るだけ隠すようにしている」
「さっきの慰謝料の件で?」
シエルは眉を顰めた。
「それもある。シエルはこの話を聞いていたら、オステ国――魔法研究所で働きたいと思うか?」
「確かに、そうだけど……」
互いの土地を行き来する現在も、二千五百年もの壁はそう簡単に崩れることはない。
近年では、オステ国から人は他国に足を踏み入れることが少なくなった。
これが未だに閉鎖的と言われている原因だ。
オステ国は他国を白い目で見る。同じようにオステ国を蔑む風潮も残っていた。
大きな戦争は起こっていない。
しかし、いつ起こってもおかしくないほどに緊迫したものがあった。
オステ国閉鎖から始まり、許しを求めて始まったミュッケ・フェスティバル。
それはオステ国民が楽しむもので、過去を忘れないという強い気持ちそのもの。
どんなに盛大な祭であったとしても、オステ国が他国の者を呼ぶことはない。
もしも魔王が異界からきた魔物であったなら、オステ国が一番の被害者だとして手を差し伸べてくれたに違いない。しかし、彼はオステ国にいた普通の青年だったのだ。
だからこそ起きた悲劇だった。




