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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 1 【3】
31/62

守りたいもの(1)



 入院し始めて、何度目かの朝。


 彼は病室や外に人がいないことを確認してから、窓の外に飛び降りた。

 衣服を整えてから、ゆっくりと歩き出す。


 辺りはまだ薄暗く、朝と言うにはまだ早い。町が動き出すのはもう少し先だ。

 風が草木を揺らす音。静かに鳴く虫の声。波の音も微かに聞こえ、潮の香りが届いた。

 海風が身に染みる。


 久しぶりに外に出たせいもあるのだろう。看護師に頼んで買ってきてもらったカーディガンを羽織る。


 ジュビアは町を観察しながら、目的の場所に急いだ。


 オステ国。アーマイゼ港町。


 かつては様々な国からの観光客がこの町を利用していた。

 宿屋や飲食店が充実した場所だったが、最近では船の数が減って寂れていた。


 海沿いにある町であるのに閑散としていて、少し物悲しい雰囲気だ。早朝であるから余計にそう感じる。


 港から町中へ入ると、市場通りがすぐにある。賑わっているのはそこだけで、全体的に物静か。


 ジュビアのいた診療所は市場と真逆の東側にある。東側は町を囲むように雑木林があり、一本道が外へと繋がっている。


 ジュビアの目的地はその雑木林だった。

 弱りきった身体に無理をさせてでも、動かなければならない理由があった。


 中央都市プルプを離れ、行方がわからなくなっていたマールのこと。

 そして中央都市プルプで捕らわれていた二人の盗賊と少年。


 雑木林の北東辺り。そこでジュビアは彼らに出会い、そしてマールに助けられた。


 ――マールくんがいなければ、きっと今頃兄さんに会っているな。


 迫り来る赤い炎。

 避けられない恐怖。

 一瞬で熱くなる身体。

 乾く目。

 風に揺れる木々。

 爆発音で一瞬、無音になる空気。


 ――防御すら出来なかった。


 ジュビアは怪我を負った。骨折や打撲だ。それだけで済んだことが奇跡だと言える。


 包帯の巻かれていた右腕や足、胸はすでに回復した。

 魔法での傷は確認されなかったため、回復は早かった。あれだけの炎を前にして、魔法傷がないとは本当に奇跡である。


 ジュビアの怪我は風圧で吹き飛ばされたせいだ。

 乱雑に転がっていた枝や石を巻き込みながら、まともに大木に衝突した。


 思い出して顔をしかめる。


 ――エスに笑われるな。


 枝を踏みしめながら木々をすり抜けていく。

 やがて枝葉や石のない広い場所に出た。あの場所だ。

 大爆発の影響で直径三十メートルほどが燃え尽きた。


 アーマイゼ港町の人々の力で、町に火が移る前に消し止められたものの、凄まじい力が働いたことは一目瞭然だ。


 灰と化した木が痛々しい。手を触れた木は砂のように消えていく。

 普通の炎ではない。魔法の力で燃やされた証拠だ。

 普通の炎ならば炭の状態。だが、触れば無くなってしまうほどの強力な炎は魔法でしか有り得ない。


 しかし、術者の少年は呪文を唱えていなかった。

 突然、眩しい光に包まれた。あの色や勢い、熱さは間違いなく魔法の炎だった。


「呪文のない魔法」


 呪文がなければ油断して当然だ。ジュビアが攻撃をまともに受けた理由はそこにあった。

 魔法騎士トルエノが言っていたことと一致する。


「アキ。それにルウとヴァンか……」


 会話していた内容を思い出し、ジュビアは残っていた木にもたれかかる。


 彼らの会話は信じられないことばかりで、ジュビアを混乱させるばかりであった。



『少なからずあの事件に関わっていたと考えるのが普通であろう』


『ルウは疑ってるんでしょ? オレが、中央都市プルプを破壊したんじゃないかって』


『僕が疑ってるのは君じゃない。出てきて欲しい。話がしたいんだ、アキ』


『無理だよ、ルウ。今はオレがアキなんだから』


『あの日、中央都市プルプにいたアキと話がしたいだけだよ』



 そんな彼らの会話からわかること。


 アキと言う少年が大火に関わり、中央都市プルプを崩壊させた原因。ロシオの命を奪った炎は、その少年である可能性が高い。


 シエルではない。彼女には魔力がないのだ。呪紋じゅもんのこともあるが、今は三人のことを調べる必要がありそうだった。

 そして、ルウの言葉から少年の人格が一つではないことがわかった。


 ――人格はわかる。しかし、あの髪色はどういうことだ。


 一瞬だった。ジュビアはアキの人格が変わるのを目撃した。


『消えてしまえばいい』


 同時に、髪色が金から赤に変わった。

 薄暗がりの中でもそれはよく見えた。手の中から溢れるように出現した炎によって露になった赤。


 ジュビアは深呼吸をして木から離れた。

 何日かぶりに体を動かしたせいか、ちょっとしたことで息があがり体が重く感じられた。


「少し無理をしたかな」


 思い出すことに集中していたせいか、頭痛がしてきた。


 わからないことだけではない。これまであったことを並べると、一つの答えが浮かび上がる。


 グリューン魔法学校校長の依頼。エストレジャが話した盗賊の特徴。二人の大人と一人の子供。

 似ている人物がアーマイゼ港町にいた。


 そしてトルエノからの依頼。中央都市プルプの大火の原因である放火犯の子供。


 胸の中。どこかで疑っていた。もしかしたら同一人物ではないのか、と。


 ――盗賊の金髪少年と、プルプで目撃された少年は同一人物……。


 ただ、確実にそうだとは言いきれない。だからこそ無謀だとわかっていても、彼らを追求したかった。


 しかし、それは叶わなかった。


 それに助けてくれたはずのマールの手がかりが一つもない。マールに繋がるものがなければ、捜し出すことは不可能だ。


 ――手がかりなら、あるか……。


 しかし、それをシエルに伝える勇気はなかった。

 姫巫女の出身地、シュピナート村に行くと言ったシエル。


 少なからず関わりがあるはずだとジュビアにはわかっていた。だから尚更、マールのことは言えない。


「言わなければならないだろうが……」


 出来ればシエルを傷つけることはしたくなかった。

 マールがいたからこそ、彼女は再び立ち上がることが出来たのだ。


 ジュビアは考え込み、目線を下に向けた。


「あれは!」


 その時、木の根本に光るものが見えた。

 ただのガラス片かもしれない。

 しかし、今のジュビアにはそれが手がかりではないかと思った。


 急ぎ、葉や石を払い退け、根っこに挟まっていたそれを無理やり引っ張り出す。


「これは……銃?」


 南のズユー国には銃というものが古い時代から存在している。

 今は亡き両親が話し、見せてくれたこともあった。だからジュビアも知っていた。


 しかし、見つけたそれは構造や素材などが全く違う。見たことのないものだ。


 銀色に光り、持ち手の部分は赤く輝いている。両手の平に収まるほどの大きさ。それに驚くほど軽かった。


「オステ国のものだろうか」


 考えてもわからない。とにかく調べてみようと立ち上がった。


 だいぶ空が明るくなってきたことに気づき、

「看護師に怒られてしまうな。そろそろ戻ろう」

 そう呟いてジュビアはすぐ立ち上がった。


 勝手に外に出たとわかれば、看護師に説教されてしまう。

 そんな光景を思い浮かべ、くすっと笑った。


 ジュビアは銃を手に歩き出した。

 が、すぐに止まる。何かが動く気配がある。


「……なかなかいいタイミングで現れてくれるな」


 町からは離れている。逃げることは不可能だ。

 それにまた町の人々を危険にさらすわけにはいかないと、ジュビアは唇を噛んだ。


「いいだろう。久々に身体を動かしたかったんだ」


 これから始まるであろう戦いのため、邪魔になる銃を元の場所に置いた。


 すぐに構え、目の前の倒れた樹木の向こうを見据えた。


 生暖かい空気。

 ジュビアに向けられる殺気。

 空気を揺るがす気配。


 ピリピリと張り詰めた緊張感はジュビアの五感を研ぎ澄ます。


 それはすぐに姿を見せる。

 睨みつけるその瞳は、燃え上がるような赤い色をしていた。




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