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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 1 【3】
30/62

◆アキ◆



 意識ははっきりしている。ふわふわと身体が浮くような感覚は、病気や怪我のせいではない。頭がおかしくなった訳でもない。


 そんな風に自分の状態を分析しながら、アキはただ周りの景色を眺めていた。


 雑木林の中。目の前で話す二人をただぼんやりと眺める。

 深刻な顔をして木の根元に座るルウ。相変わらずの癖毛と緊張感のない顔だ。


 少し離れた大木にもたれ掛かるのはヴァンだ。女性を虜にする容姿。特に特徴的な切れ長の瞳はルウを見つめていた。


 アキは丸太に座っていた。心ここにあらずという感じで、乱れた金髪も直さない。

 自分の手を見つめたまま動かない。


 ――何も覚えていない。二人は信じてくれる?


 手のひら越しに二人を見つめる。月明かりだけが彼らを照らしていた。


「ところでルウ。怪我は?」


 ヴァンが木にもたれたままで問いかけた。


「背中を強打しただけだから。そんなに気にしなくて大丈夫だよ、ヴァン」

「我はもう、怪我人を背負っての旅は遠慮願いたい」


 不満をもらすヴァンをルウは笑った。


「悪かったって。出来るだけ早くあの国を離れたかったからね」

「……無茶をしたんだ。もう少し入院していればよかったものを」

「追っ手が迫っている。グズグズしていられないよ」


 彼らはヴェス国を何とか脱出。ノルデ国を経由してオステ国に渡った。


 中央都市プルプで傷を負ったルウはしばらく治療のために、アーマイゼ港町の診療所にいた。


「治療費は置いてきたし、大丈夫」


 今日、日が落ちると同時に勝手に退院してしまったルウ。動けるのだから大丈夫だという自分判断だ。

 そして隠れるように雑木林に入り、今後のことを話していた。


「オステ国か。あまりにも危険すぎると思うが?」

「ヴァン。もう逃げるわけにはいかないよ」

「目的のため、か」


 ヴァンは煙草を取り出した。マッチで火をつけると、真っ直ぐに煙が上空へ伸びる。

 全く風のない夜であった。


「ルウ。わかっているだろうが、そろそろ金が尽きる」

「うん。とにかく都会に出よう。ミュッケ大都市なら、仕事があると思うんだ」


 ルウの提案にヴァンは渋った。


「我々は追われている身だ。難しいのではないか?」

「なんとかなるよ」


 ルウは楽観的だ。

 呆れた顔をすると、ルウは困ったように頭を掻いた。ヴァンは考えるかのように腕を組む。


「まあ、我が言える立場ではない。ルウに任せよう」

「……ヴァン。たまには一緒に働かない?」

「我はアキを見ていなくてはならないのでな」

「そうやってまた逃げる」


 ヴァンはこれまで働いたことがない。

 人一倍金遣いが荒いのだが、性に合わないと言い張り稼ぐのはいつもルウだ。


「一応、怪我人なんだけど」

「もう治ったのだろう?」

「さっきと言ってることが逆」

「ここまでルウを背負ったのだ。我はすでに働いた」


 ああ言えばこう言う、といったやり取りが続きルウは折れた。

 結局、働くのはいつでもルウである。


 そんな二人を眺めるアキは先程から何も喋らない。虚空を見つめたままだ。


 ルウはため息をした。


 アキの様子がおかしいとわかったのは、ヴェス国を離れた頃だった。


 中央都市プルプで合流出来ただけで奇跡だった。それを無駄にしないようにと、必死で国を離れた。


 普段からあまり話をする方ではないアキだったから、喋らなくても特に気にならなかった。

 特にルウは怪我を負っていて、気遣うことが出来なかった。


 しかし、彼は変わろうとしていた。どんなきっかけがあったかは二人にはわからない。わかっていることは、本来の"アキ"に変わろうとしていることだけだ。


「……ヴァン。やっぱり、アキは……」

「さあ、我にはわからぬ。ただ、少なからずあの事件に関わっていたと考えるのが普通であろう」


 亜麻色の髪を掻き上げ、ヴァンはため息と一緒に煙を吐き出した。


「信じたくない気持ちはわかるが――」

「わかってるよ!」


 ルウは怒りをぶつけるように地面を叩いた。


「……わかってる」


 ルウはルウで葛藤していた。

 聞かなくても答えはわかっている。ただ、怖くてたまらなかったのだ。


 ルウは乱れる髪もそのままに、拳を握りしめる。


 アキの保護者となった時に決めたはずだ。

 アキが真っ直ぐ、真面目に、良い方向に向かうと信じたから。どんなことも背負い、共に歩き、彼を守るのだと誓ったはずだった。


 恐怖に動けなくなってどうするのか。保護者として失格だ。

 ルウはかつて誓った時のように、気持ちを奮い立たせる。


「アキ。ずっとその調子だけど、僕のことわかる?」

「……わかるよ、ルウ」


 アキに歩み寄ったルウは、心配そうにその顔を覗き込む。


 彼の髪は金色だ。しかし、時々それが変わるのを何度かルウは見ていた。

 ぼんやりした表情。まるで微睡まどろみの中にいるかのように、目は閉じかけている。


 質問されたことに答えた後、アキはクスリと笑った。


「アキ?」

「ルウは疑ってるんでしょ? オレが、中央都市プルプを破壊したんじゃないかって」


 二人の会話を聞いているだけのヴァン。

 話に介入するつもりがないのか、ふぅっと煙を吐き出した。


「……いや。本当に知らないんだろう?」

「あの日のことは、わからない」

「僕が疑ってるのは君じゃない。出てきて欲しい。話がしたいんだ、アキ」


 ルウは話がしたいと、アキの体を揺する。

 知らない者が見れば、頭がおかしいと馬鹿にされるところだ。


 しかしルウの言いたいことがわかっているのか、アキはまた笑いながら答える。


「無理だよ、ルウ。今はオレがアキなんだから」

「……そうか……」


 ルウはアキの頭に銃を押し当てた。


「どういう……つもり?」


 さすがにアキはルウを驚愕の表情で見る。

 しかし動じることはなく、引き金に指をかけた。


「ルウ」

「止めないでよ、ヴァン。大事なことだから」


 ヴァンはため息をついた。

 八歳の少年に銃を向ける光景に目を細める。


 ルウの横顔から何かを読み取ったのか、ヴァンは慌てることをやめて煙草をくわえ直した。

 助けることも、加勢することもせず、傍観者でいるヴァンに、アキは冷めた目を向ける。

 だが、すぐ視線を戻し、ルウを上目遣いに睨む。


「本気?」

「僕はいつでも本気だよ」


 即答したルウは驚くほど冷たい目をしていた。そんな目をするルウをアキは知らない。


「殺すつもり?」

「あの日、中央都市プルプにいたアキと話がしたいだけだよ」


 直感で、殺されると思ったアキは諦めたかのように目を閉じた。

 しかし、すぐに目を開ける。銃を向けられていることを忘れ、ヴァンの後ろの茂みに目を向けた。


「アキ、僕は……」

「ねえ、待ってよ。ルウ」

「え?」

「お客さんがいる」


 心臓が跳ね上がった。

 誰かが会話を聞いていたと、アキは言う。


「いつから……っ」


 焦ったルウはそちらに銃を向けた。ヴァンは素早く守るようにアキの前に立った。


「誰?」


 ルウの低い声が闇に溶けるように響く。同時に草を踏みしめる音が近づいてくる。


 ほとんど明かりのない雑木林に潜んでいた目的を考える。いや、考えずとも答えは出ていた。


「取り込み中、すまない」


 茂みを掻き分けて顔を出した人物。

 銀髪の青年だ。


 ゆっくりと銃をおろして、彼の言葉に耳を傾ける。


「聞きたいことがある」


 立ち聞きしていたことを弁解することなく、ストレートに聞いてきた青年を不審に思う。

 表情にも出ていたのか、彼も警戒した。


「こんな夜更けに散歩ですか? 目的は?」


 ルウも彼に合わせてストレートに質問した。

 遠慮なんてものはなくなった。


 銀髪の青年が睨みつける。その目線の先にいたのはアキだった。


「君たちの罪は盗みだけかい?」


 青年の鋭い問いかけに、周りの空気がピンと張り詰めたものに変化した。


 彼は知っている。グリューン町での盗み。

 中央都市プルプでの大火。

 そのどちらにも居たのが、彼ら三人であることを知っている。


 お互いの感情を探ろうと、目を逸らさず、動かない。


 沈黙が続いた。


「もう、いいよ」


 そんな沈黙を破ったのはアキだった。


「どうして邪魔するの?」

「君はなにか知っているのかい?」


 強い口調で問いかける青年。


「消えてしまえばいい」

「え?」


 次の瞬間。


 アキを中心に風が巻き起こる。

 金だった髪が赤くなっていくのを見て、青年は目を見開いた。


「君は……!!」

「死ねよ」

「駄目だ! アキ!!」


 冷たいアキの声と眩しい光が同時だった。


 間に合わない。そう思いながら、アキを止めようと二人は動いていた。


 ルウは銃を捨てて、炎を纏うアキを後ろから抱きしめていた。

 ヴァンは青年を守ろうと一歩を踏み出した。


 しかし、物凄い力に身体が浮いた。


「な……っ」

「伏せて!!」


 ルウの叫び。

 別の力がアキの炎に激しくぶつかった。


 何が起こったのかわからないまま、それぞれが爆発に巻き込まれた。



――――



 林の一角で大爆発が起こった。


 炎と煙が上空に舞い上がり、アーマイゼ港町では時が止まったように静かになった。


 もう夜も更け、大半が家の中にいた。

 しかし、その振動に誰からともなく窓を開けた。ドアを壊すかのように開けて外に飛び出した者もいる。


「ありゃ、なんだ?」

「火事!」

「大変だっ!!」


 恐ろしい炎に震え、叫び、慌てる。


 誰かが大変だと言い走り出したのをきっかけに、町は混乱と共に動き出した。




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