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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 1 【1】
3/62

ライバルは気難しい風魔法使い。


 無遠慮に開け放たれた講堂の扉。そこにいた全員が振り向く。

 気分がいい。シエルは不敵な笑みで歩き出した。


「やっと来たか」


 すでに卒業式は始まっていて、校長は壇上にいた。ちょうど校長の長い挨拶が終わったところらしい。


 ふと見ればマールは下を向いている。


「どうかした?」

「も、もう在校生の席に行きますね」

「もしかして、恥ずかしい?」

「い、言わないでください!」


 注目されているのが本当に恥ずかしいらしく、耳まで真っ赤にしている。その姿が可笑しくて笑うシエル。


「卒業生代表挨拶!」


 なかなか来ないシエルにしびれを切らして、校長がマイクに向かって叫ぶ。


「挨拶……」


 シエルは目を泳がせる。


「先輩?」

「あー。よし、これでいこう」

「文章、もちろん考えてきて――」

「――るわけがないでしょ?」


 シエルは焦るマールにニコっと笑ってみせる。


「適当にやれば大丈夫だって!」

「……大丈夫かな」


 マールは不安そうに在校生の席に走っていく。残されたシエルは壇上を目指して歩き出す。


「……チッ」


 壇上近くまで来たところで、舌打ちに気づく。横目で見れば、事あるごとに何度も顔を合わせている同級生。風魔法使いの女だ。


 ――名前、なんだっけ。


 シエルは月に一度くらいのペースで決闘を申し込まれている。だが、その全てに勝ち、負けることはなかった。


 グリューン魔法学校には決闘というものがある。実力が全ての弱肉強食の世界。自分の実力を知るため、実践で腕を磨くため、ランクを上げて成績を残すため。様々な理由で決闘をする。


 彼女はシエルに次いで二番目の実力者。ついに勝てないまま卒業で悔しいのだろうと思い、シエルは勝気に笑う。


「……馬鹿みたい」


 講堂は正面の舞台から、扇形に広がった形をしている。外から見ると円形の塔のような建物だ。

 卒業生が約五十人。在校生はその倍程度。全員が集まると講堂は狭くて暑く感じられる。


 卒業式とはいえ、家族が校内に入ることは許されない。それも伝統である。


「卒業生代表、シエル」


 改めて名前を呼ばれ、シエルは返事もせずに舞台に上がる。風魔法使いと目が合い、悪戯な笑みを浮かべるシエルだ。


「わたしたち卒業生は本日、この学校を卒業します」


 目の前にあるマイクに向かって喋ると声が講堂に響き渡る。

 このマイクも魔法研究所が造った科学の道具なんだな、と喋りながら違うことを考える。これから待っているのは研究や事務の仕事になるのだろう。そう思うと卒業は辛いものだ。


「思い出の校舎や講堂、校庭ともお別れです」


 シエルはニヤリと笑う。それを見た風魔法使いが睨みつけてきたが気にも止めない。


「わたしはオステ国の魔法研究所に行きます。ぜひ来て欲しいと頼まれたので。本当は嫌だったけど、あのオステ国の魔法研究所の所長が直々に!」


 シエルの言葉に風魔法使いが顔を引き攣らせているのがわかる。いい気味だと思うとシエルは饒舌になっていく。


「魔法研究所所長がわたしのところに来て頼み込んだのです。その気はなかったけれど、人生とは不思議なものですね」


 魔法研究所で働くことを夢見ていたのは風魔法使いの方だ。彼女は上手くいかず、魔法研究所で働くという夢は叶わなかった。

 だからわざとシエルは挑発している。もちろん風魔法使いもわかっていて、表情が引き攣っていく。


「わたしは来週からオステ国に行きます。こうして別れや出会いがあるのは、寂しくもあり嬉しくもあります」


 校長を含め何人かの先生はシエルの嫌がらせに気づく。止めようとする姿が目に入り、慌ててシエルは真面目な表情を生徒たちに向ける。


「これまで優しく、時には厳しく指導してくださった先生方に感謝します。これからはその教えを胸に、わたしたちは自分の道を歩いていきます」


 まともな挨拶に切り替わったことで、先生たちの動きが止まる。シエルはぺろっと舌を出す。


「卒業生代表、シエル」


 シエルは一礼して壇上から降りる。途中、風魔法使いを見下ろす。身体を震わせて拳を握りしめる姿に、いい気味だと嘲笑った。


 シエルが席に座ると、それまで凍りついたように静かだった講堂内が再び動き出す。淡々と卒業式が進められていく。


 卒業式が終わったといっても、それで終わりではない。明日から三日間は"祈りの儀式"がある。

 講堂に集まり、これからの自分たちの成功を祈る。時間にして約一時間。それを三日続けることが"祈りの儀式"だ。

 グリューン魔法学校で必ず行われる伝統だ。


 ――伝統、伝統って。本当に窮屈だわ。


 無駄な時間だ。成功するかどうかなど実力と運次第。祈ったら成功出来る保証などどこにもない。


 ――休んじゃおうかな。


 卒業式を終えれば後は本人の自由。早めにオステ国に行くのも有りだ。

 そんなことを考えながらシエルは目を閉じる。


 別れを惜しんで泣き始める生徒がいる中で、シエルはうとうとしている。それを咎める者はいない。



――――



 卒業式は午前中に終わって解散となった。ただシエルだけは呼び出されて、まだ学校だ。


 卒業生代表挨拶で風魔法使いを挑発。式の途中で眠る。

 目に余る行動をしたシエルを放置する校長ではない。


 だが、マールに急かされるまま校長室に来てみるも不在。呼び出しておいていないとは失礼だと、乱暴にドアを閉めて出てきた。


 マールは別の用があるからといなくなり、からかう相手もいなくて途端に暇になる。暇を潰そうと、一度中庭に行ってみることにしたシエルだ。


 西にある校長室や教師たちの部屋がある指導者棟を出ると、すぐ右に先程いた講堂。左には図書館がある。

 その中央が中庭になっている。手入れされた花壇の中には創設者の像。東側を見れば使い慣れた校舎が目に入る。


「疲れたな」


 穏やかな陽気にまた眠気が襲ってくる。シエルは欠伸を噛み殺し、校舎のもっと先にある魔法訓練施設で体を動かそうと考える。


 一歩を踏み出したところ、

「待ちなさい!」

 鋭い声に呼び止められる。


 知った声。シエルはいい暇潰し相手が見つかった、と笑顔で振り向く。


「なにか用? 風魔法使い」


 卒業式でシエルが馬鹿にした風魔法使い。両隣にいつもの取り巻きが二人。


「わかってるはずよ」

「さあ、わからないわ」

「あなた……!」

「ところでさ、名前なんだっけ?」


 綺麗な肌に青筋を立てる彼女。何度も戦った相手にも関わらず、名前さえ覚えない。そんなシエルが許せない。


「……アイレよ」

「名前、アイレだったっけ?」


 アイレは腕を組んで息を吐き出す。黒髪をアップにした髪型は六年間変わらない。まるでアイレの性格を表したようで、シエルは気に入らない。真面目すぎてつまらないからだ。


「あなた、今日の代表挨拶なんなの? あたしを馬鹿にしてるの?」

「してるよ」


 言った途端、アイレの深緑色の瞳が揺れる。表情がどんどん変わっていく。

 美人なのに怒った顔ばかりをして勿体ないとシエルは思う。


 ――ま、わたしの方が可愛いと思うけど。


 シエルは笑う。それが余計にアイレを刺激していることに気づいていない。


「最後の決闘を申し込むわ!」

「いいわ。相手になってあげる」


 この決闘でアイレが勝てばナンバーワンの座に立てる。在学中、残り三日のチャンスだ。アイレは全力でぶつかってくる。


「勝負は魔法のみ。場所は魔法訓練施設前」


 勝敗は申し込んだ生徒の担任が見届けることになっている。


「決闘は二日後の正午よ! いいわね?」

「恥をかくだけよ」

「あたしは勝つわ!」


 言い終わるとアイレは取り巻きを連れて指導者棟へ向かう。決闘の日時を担任に知らせに行ったのだろう。

 シエルはそれに冷たい視線を送った。


「懲りないんだから」


 シエルがアイレに出会ったのは入学式。

 まだ知り合い程度だった二人がライバルになったのは、能力テストでたまたま戦ってからだ。


 シエルはノルデ国からグリューン町に来たので知らなかったが、アイレは町で評判の実力派魔法使い。それをシエルは簡単に打ち負かして、

『そんなもんか。あーあ、つまんない!』

 などと言ってアイレのプライドを傷つけた。

 負けたことも町の噂になって、当時は相当恥ずかしい思いをしたと聞いている。


 そしてアイレは変わった。シエルだけに敵対心を持ち、お洒落や恋に夢中になる年頃に、アイレはひたすら腕を磨いた。シエルを倒すことだけを考えて。

 シエルはそんな気持ちなど知りもしない。


「あ。決闘のせいでオステ国行きが遅くなるじゃない」


 シエルは項垂れ、アイレのいなくなった方を睨む。


「面倒なことになったな」




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