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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 1 【2】
24/62

魔法騎士のままで




「お姉ちゃん、歌うまいっ」


 歌ったのは何回目だっただろうか。完璧に覚えたのではないかと思うほどだった。


 ただ、この状況での子供の笑顔、笑い声は誰にとっても癒しだった。いつしかシエルの周りにはヌエスだけではなく、子供たちが集まっていた。


 だから、何度せがまれてもシエルは拒否しなかった。嬉しくなって自然と笑顔になり、ヌエスとも打ち解けたような気分だった。


「じゃあ、本当にもう一回だけよ」


 そろそろ喉が痛くなってきたと苦笑いをしたその時だった。

 今まさに運ばれてきた人物に、人々がざわめき始めた。


「……どうしたのかしら?」


 シエルの声に、ヌエスが腕を引っ張った。


「あの鎧、あの紋章……っ」


 ヌエスが指さしたのは、簡易担架からダラリと垂れ下がる右腕。鎧の肩には太陽の紋章が描かれていた。


「太陽の紋章はね、魔法騎士団長しか付けることを許されないの。だから……」


 ヌエスの言葉は、シエルを絶望の淵に追いやった。


 シエルを人さらいから救い、気持ちを落ち着かせようと様々な話をしてくれた。

 手当てをしながら笑いかける彼は、本当にジュビアを見ているようだったことを思い出した。


「ロシオ様」

「ロシオ様っ!」


 人々が集まり出した。

 魔法騎士団長ロシオの右腕が上がり、担架を降ろすように指示をしたようだった。


「兄さん!!」


 悲鳴のような叫びが聞こえ、その場にいた全員が驚いた。人々を掻き分けて現れたのはジュビアであった。


 ちょうど近くにいたマールも立ち上がって、それを見守っていた。


「シエル」


 今にも泣き出しそうになっていると、後ろから肩を叩かれた。悲痛な面持ちでジュビアを見るエストレジャだった。


「最後まで街の中を駆け回って、無理をして脱出が遅れたらしい」


 今までエストレジャも街の近くにいた。

 顔は灰などで黒くなっていて、身体にもいくつか傷があった。


 ロシオのこともそばで見ていたのだと、言葉には出さなくてもシエルはわかった。


「……助かる?」


 シエルの言葉に返答はなかった。


 見上げると、エストレジャは横を向いたまま小刻みに震えていた。

 周りにいる子供たちに気を遣って言わなかったのだ。


 エストレジャの様子に、全てを悟ったシエル。

 急激に鼻の奥がツンとして我慢していたはずの涙が溢れ出した。


「嘘、でしょ……?」


 昨日会ったばかりの他人だ。よく知らない。それでもジュビアの兄だと知っている。

 しかし、シエルが思うのはそういうことではなかった。


 ほんの何時間か前に笑って話をしていた彼が、再び出会えた時には瀕死の状態だということ。


 必ず来ると思っていた朝が来なかった。

 当たり前だと思っていたものが、そうではないと現実を突きつけられた。


 そんな時、人は単純に恐怖を感じる。


 シエルはただ、その光景を見ているしかなかった。


「兄さん、とにかく鎧を――」

「待て……ジュビア」


 辛うじて出された声は、シエルの知っている声ではなかった。


 炎に巻かれ、煙を吸い込み、喉をやられたのだ。だからか、周りに集まる人々は静かにロシオとジュビアを見守っていた。


 地面に怒りをぶつける者、泣く者、悔しそうに抱き合う者、神に祈る者。

 街にとってなくてはならない者を守れなかった魔法騎士団の者たちも、悔しそうに下を向いていた。


 そんな人々の姿に、ロシオがどれだけ慕われていたかがわかる。


「しかし鎧を外さなければっ」

「頼む。魔法騎士のまま……逝かせてくれ」

「しかし、まだ望みは――」

「お前は医者だ。わかってる……はず、だろ。無理だって……」


 ジュビアの瞳が揺れた。鎧にかけていた手は小刻みに震わせながら膝に置かれた。


「王と、姫は……?」

「無傷だよ。自ら手当てに走っているよ」

「……全く。王族、らしくない……」

「兄さん。姫はどうするんだ!」


 ロシオは笑った。心配するジュビアの頬をそっと撫でた。


「さあ……なんのことか、わからないぞ、弟よ」

「兄さん……っ」


 彼は荒い呼吸の下から言葉を紡ぎ出す。

 もう聞き取るのが困難なほどに小さな声だった。


 しかし、次の瞬間には魔法騎士団長らしい強い声で叫んでいた。


「中央都市プルプは、必ず再建される。あんな炎になど……負けない! 魔法騎士団は必ず犯人を捕まえる……必ずだ! だから悲しむな、怒るな、冷静に未来を見据えろ! 笑い溢れる町は必ず、未来に……っ」


 彼は力一杯、こぶしを突き上げた。瀕死とは思えないほどに力強く、驚くほど辺りに響き渡った。


 誰もがロシオの言葉に胸をうたれ、それに答えるように一人、また一人と同じようにこぶしを天に突き上げた。


 それを見届けたロシオはふっと笑い、目を閉じた。


「本当に、良い街……良い民がいる……」


 ジュビアが倒れそうになる腕を支えた。


「神はいたな」

「兄さん?」

「最期に、肉親に看取られること……これほど幸せなことは、ない」


 薄ら笑ったロシオの口が、別れを告げた時。

 その腕は力なく落ち、再び目が開けられることはなかった。



 ◇ ◇ ◇



 中央都市プルプを焼き尽くした炎を人々は『プルプの大火』と呼んだ。




 プルプの大火から一週間後。


 街一つが燃えた影響か、昼間だというのにどこか薄らと曇っていた。


 避難場所として使われていた馬車停留所は、厳粛な雰囲気の中にあった。

 祈りと共に執り行われている弔いの儀。シエルが最初にいた丘には大勢の人が集まっていた。


 中央都市プルプのために働き、大火で命を落とした魔法騎士団の者たちが埋葬されるのだ。


 彼らの働きによって城にいた王族や貴族たちに犠牲はなかった。だからこそ、王は中央都市プルプが見渡せる場所に墓を作ることに決めた。


 ちゃんとした墓地は中央都市プルプの中にあったのだが、プルプの大火によって崩れた。


 そして再建も始まっていない今の状況で、中に入るのは危険だった。二次災害だけは避けなくてはならない。


 魔法騎士団の埋葬が終わると、他の犠牲者も丘を囲むようにして葬られる。


 牧場のように広いその場所が、隙間なく犠牲者が眠る墓地となる。

 そのことに生き残った彼らは、悔しい思いでいっぱいになっていた。


 弔いの儀には、各地から人々が集まった。


 その中にはグリューン町の町長、グリューン魔法学校の校長や教師もいた。

 他国からもリーダー的立場にいる者たちも参列していた。


 弔いの儀は関係者とプルプ王に呼ばれた者たちだけで行われる。だから、シエルは遠くからそれを眺めることしか出来なかった。


 ちょうど丘にいるジュビアの姿が見えて、シエルは悔しさに唇を噛んだ。

 あの日の光景が今でも蘇る。忘れることが出来なかった。


『中央都市プルプは、必ず再建される。あんな炎になど……負けない! 魔法騎士団は必ず犯人を捕まえる……必ずだ! だから悲しむな、怒るな、冷静に未来を見据えろ! 笑い溢れる町は必ず、未来に……っ』


 再建はまだ始められていない。


 中央都市プルプの全てが燃え尽きるという事態に、どう動くべきかを考えあぐねている状態だ。


 再建とは言っても、一から街を作らなくてはならない。

 しかし、未だ行方不明となっている人々もいるために、同じ場所に街を再建することは不可能であった。


 中央都市プルプの惨事に、他の町から人々が駆けつけた。


 特に親交の深い東のヴァイス港町は、いち早く物資を届けに来た。

 プルプの大火から三日後には、外ではあったが食事を摂ることが出来た。


 新しい衣服や薬は南のロート町が届けてくれた。グリューン町からも作物が届けられ、再建の目処が立ち次第、北のゲルプ町から木材が届けられる予定だ。


 だが、しばらくは中央都市プルプを離れ、別の土地で暮らすことになるだろう。弔いの儀が終われば、各々が旅立っていくはずだ。


「先輩!」


 中央都市プルプの方へ行き、出来る範囲で中を調べていたマールとエストレジャが戻ってきた。


 プルプの大火で中断していたが、目的は大図書館だった。

 マールが見つけた大図書館の印があったという本の一部。それを確認したくて中央都市プルプまで来たはずだった。


「駄目でした」


 どうだったかなどわかっていたはずだが、やはりマールのその言葉に肩を落とした。


「当然よね」

「ただの魔法じゃなくて、かなりの実力者らしいですけど。捜査は魔法騎士団が中心でするらしいですから、詳しくは教えてくれませんでした」

「……でしょうね」


 魔法騎士団は要となる人物、つまり魔法騎士団長ロシオを失ったのだ。

 自分たちの手で犯人を捕まえたいに違いない。


 道を絶たれたような絶望感だった。


「落ち込むな、落ち込むな!」


 エストレジャが一人元気に笑っていた。

 腰に手を置き豪快に笑っている。少しは空気を読んでほしい、とシエルは思っていた。


「それで? エストレジャの方は?」


 ため息混じりに聞いてみると、なぜかマールの方が驚いた声をあげた。


「呼び捨てですか、シエル先輩!」


 マールが目を丸くした。何がいけないのだと不思議な顔をするシエル。

 首を傾げてマールのくりっとした茶色い瞳を見つめると、ぽかんと口を開けてしまった。


「だって、施設長――」

「本人がいいって言うんだから、いいんじゃないの? ねっ」

「マールもそう呼べ! 俺が許す」


 エストレジャは怒らず、マールにも呼び捨てを勧めた。


「無理です。エストレジャさんでいいです」


 丁重にお断りして、マールは話を元に戻した。


「盗賊は生きていたんですか?」

「わからん」


 エストレジャはきっぱりと言った。

 あの大混乱で生き残った罪人は半数。残りは死亡したか、逃走したか。身元確認も難しい。


「お前たちには話したっけな? 盗賊の中には子供がいたんだ」

「子供?」

「そうだ。けど、今回の犠牲者の中に同じ年頃の子供はいなかった。見つかっていないだけかもしれんがな」


 犠牲になったか、逃げているか。それすらもわからない。お手上げ状態だった。


 エストレジャは腕を組んで唸った。


「ぼくたちはどうするんですか? 盗賊を追うんですか。『勇者の日記』の道を行くんですか」


 しかし盗賊の生死も、逃げた場所もわからない。


 マールもエストレジャも考え込んでいる中で、シエルは目を細めていた。

 それに気づいたエストレジャは組んでいた手を解いた。


「どうした? シエル」

「なんか、おかしくない?」


 シエルはチラリと周りを見遣る。聞いている者がいないかを確認してから口を開いた。


「盗まれた禁書は罪人として捕まった時に取り上げられたのよね?」

「ああ、それは聞いたから確かだ」


 グリューン町のものとはいえ、調査が終わるまでは返却出来ない。そう魔法騎士団に言われていたと、エストレジャが言った。


「盗まれた禁書は中央都市プルプのどこか。しかも伝説の大戦のものである可能性が高い。それにわたしたちが探そうとしていた召喚幻獣の本は大図書館にあったはずなのよ。それが全て燃やされた。もしかして、犯人は……」

「確証はないぞ。考え過ぎだ」


 即座にエストレジャが否定する。

 しかしエストレジャもシエルの考えを全て否定しているわけではなかった。


 顔半分を覆うように手で押さえる姿に、悩んでいることが容易にわかる。


「でも」

「だとしたらグリューン魔法学校の図書館だって燃やされたはずだ」


 シエルは召喚幻獣のことが書かれた本を含め、伝説の大戦に関するものが消されているような気がしていた。


「これから、グリューン町が狙われるかもしれないわ」

「……まだ確信出来るほどの証拠がない。だが、校長の耳には入れておこう」

「……うん」


 また同じようなことが起こるなど考えたくもなかった。未然に防げるのなら、それに越したことはない。


「放火犯は、伝説の大戦の記録を消してる……か」


 シエルの心配事を口にするエストレジャ。唸るように息を吐き出し、また腕を組んだ。


「ぼく、よくわからないですけど。とにかく進むしかないんじゃないですか?」


 悩みながらもマールは自分の意見を言葉にした。


「もしかして……」


 シエルは急に座り込んだ。俯いたその顔は青ざめていて、手が震える。


「じゃあ勇者様や姫巫女様の記録も……」

「狙う可能性はあるな」


 シエルの様子に二人は首を傾げた。

 マールもその場に座ると、やっとシエルは顔を上げた。


「ねえ。その『勇者の日記』、一度忘れてもらっていい?」


 エストレジャもシエルの隣に座る。


「どういうことだ?」

「エストレジャが持っているのはコピーだし、召喚幻獣や勇者に関して大したこと書かれてなかったし、安全よね」

「多分な」

「じゃあ、原本は?」

「……シエルの考え通りなら、危ないだろう」


 シエルは深く息を吸い込んだ。それをゆっくり吐き出してから二人に向き直る。


「お願い。どうしても行きたい所があるの」

「行きたい所? どこだ、シエル」

「それは――」

「道を外れるんですか?」


 そんな二人の会話に割って入ってきたのは、もちろんマールだった。


 しかし、いつものマールらしくなくて、シエルは俯きがちに顔を覗き込んだ。

 どこか怒っているようにも感じられた。


「マール?」


 いつも以上に低い声に不安になったシエル。エストレジャも様子を見守る。


「ごめんなさい……っ。少し、混乱して……。あの、すぐに戻ります」


 しかし、何かを言おうとしていたはずのマールは急に立ち上がった。

 顔を隠すようにシエルのそばを離れていった。


「マール!!」


 呼んでも振り返らず、返事すらしてくれなかった。


 それが寂しく追いかけたくて立ち上がったシエル。

 しかしマールが何かに悩んでいるのだと思うと、それを見送ることしか出来なかった。





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