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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 1 【2】
21/62

豊かな街と見えぬ闇(2)


 北への大通りを歩きながら、周りに目をやる。本当なら夕焼けに染まり始めた街を楽しんでいたはずだった。

 何も考えずに外に出てしまった非はあるが、なぜ自分だったのかを考えると腹立たしい。


「仕方ない」


 シエルは何気ない素振りで雑貨屋に入った。女の子が好むような店で、彼は入ってこないだろうと予想した。

 思った通り彼は入ってこなかったが、店の外で待つように通りを見つめている。店からも出られなくなってしまったシエルは、恐怖よりも怒りが先立つ。


 ――なんなのよ、アイツ!


 シエルは店内の雑貨を手に取る。可愛らしいハートのキーホルダー。クローバーのメモ帳。星型の髪飾り。どれも可愛くて、こんな状況でなければ買っていたかもしれなかった。


「困ったな」


 通りにある街灯もつき始めていた。魔法騎士に助けを求めようかと悩んでいると、後ろから声がかかった。


「どうかしましたか?」

「ごめんなさい。あの……」


 悩んだ末に、シエルは目の前に立つ若い女性店員に相談した。妙な奴がいて帰ることが出来ないと話すと、女性は棚の隙間から通りを窺った。


「あの男ね」

「はい。外に出られなくて」

「いいわ。助けてあげる」


 女性が手招きをするので、シエルは後についていった。レジカウンターを通って裏側、バックヤードに来た。様々な雑貨が乱雑に置かれているのが少し気になるが、今はそれどころではない。


「ここよ」


 女性は一番奥にあったドアを開けた。外の空気が流れ込んでくる。


「従業員専用の出入り口なのよ。とにかく、あいつから離れた方がいいわね」

「はい。ホテルの方向は、わかりますか?」

「だったら、そこを左に曲がれば見覚えのある場所に出られるはずよ。道なりに行けば迷わないから」


 外に出ていた時間は短いと思っていたが、いつの間にか薄暗くなっていた。裏道だから余計に暗く、僅かに入ってくる街灯や店の明かりが道を照らす程度だ。

 それでも今は、表通りを行くよりは安全だ。


「すみません。いろいろとありがとうございます」


 頭を下げると、女性は首を横に振ってシエルの肩を軽く叩いた。


「いいのよ。あなた可愛いからね。気をつけなさい」


 女性はじゃあ、と手を振ってドアを閉めた。


「よかった」


 シエルは安堵の声を出す。そしてすぐに歩き始めた。

 細い通りだと思っていたが、徐々に道は広くなっていく。シエル以外の人は歩いていない。知らなければわからない抜け道。混んでいる大通りを嫌う人にはよさそうな道ではあるが、ほとんど知られていないようだ。


 すぐにホテル近くに抜けられそうだと思い、知らず早足になっていた。今度、雑貨を買いに行って、改めてお礼を言いたいと考えていたシエルだ。


 緩くカーブした道を歩く。そろそろ抜けるだろうと思って、正面を見たシエルは足を止めた。


「嘘……」


 高い壁がそびえ立っていた。周りを見ても、抜けられる道はない。途端に背筋が凍るような不安感に襲われる。


「どうも」


 不安が的中した。その声に唇を噛み締めて、シエルは振り向いた。


「あなた……」


 あの青年だった。上手くやり過ごしたと思っていたが、それは気のせいだったとわかる。

 シエルが歩いてきた方向から、何人もの男が顔を出す。ニヤニヤとシエルを舐めるように見ては笑う。


「どういうこと?」


 人の少ない裏路地に入ってしまったのは不正確だ。しかし、行き止まりだとは思わなかった。あの女性店員が教えてくれたからだ。

 そこまで考えて、シエルは青ざめた。


「助かりましたよ」


 軽く後ろを振り返った青年が声をかけたのは、あの女性店員だった。


「後でしっかり代金払ってよね」

「ええ、もちろんです」


 女性店員も青年の仲間だった。お店を持っているからと、いい人だと思っていたことが悔しい。簡単に騙されてしまったことに怒りを覚える。


「あなた、誰? なんなのよ」


 やっと出てきた疑問に、青年は楽しそうに笑った。


「おれはアグラード」

「そういうことじゃないわっ!」


 声を荒らげると青年、アグラードは楽しそうに笑った。


「プルプに来たばかりのあなたを見かけました。それでホテルから出てくるのを待っていたんですよ」

「待っていた?」

「グリューン町のエリート魔法学校の制服を着ている。つまり優秀な生徒さんだ」

「そうとは限らないわ」

「いや。入学出来るだけでも相当なものですよ」


 シエルは後退る。後ろには壁しかないとわかっていたが、気持ちがこれ以上前に進みたがらない。

 シエルは恐怖を感じて冷たい壁に身体を預けていた。


「なにを考えてるの?」

「ちょっと頼まれてまして。人が必要だから、さらってこいと」

「……なによ、それ」

「普通に考えて女性の方がやりやすいでしょ?」

「だからって、なんでわたし?」

「……優秀な人間が欲しいから」


 震えを悟られないようにゆっくり話す。しかしアグラードにはわかっていたようで、ケラケラ笑い出した。


「強がる女性は嫌いじゃありません」

「ふざけないで」

「抵抗するなら、それなりに覚悟をしてくださいよ」

「甘く見ないでよ」


 背筋がゾクリとした。

 魔法が使えたら、こんなに恐怖することはなかった。魔法が使えたら、攻撃して逃げられたはずだった。

 そんな想いがシエルを追い詰める。

 自分は今までと同じではない。魔力がない。魔法が使えない。言葉では理解していても、全くわかっていなかった。


 ――どうしよう。


 魔法が使えないということが、どれほど危険なことなのか。それをこのタイミングで思い知ることになった。

 もっと真剣に考えていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。


『……危険だから』


 そう忠告したジュビアの言葉をしっかり覚えていたなら、何も起こらなかったかもしれない。

 考えれば考えるほど、後悔しか出てこない。失敗したことに、フォローの余地もなかった。


「怖くて動けなくなった?」


 俯いていたシエルの肩に手が触れた。


「嫌!!」


 それをきっかけに、アグラードの手を払い、人を掻き分けるように走り出した。


「無理ですよ」


 これだけの人数を前に逃げられないことは百も承知だ。それでも何もしないまま、相手の言いなりになってしまうことが、シエルは嫌だった。

 ただのプライドだ。


「離してっ!」


 逃げようとする足を、腕を、頭を押さえられ、冷たい地面に顔を押し付けられる。それでも必死に藻掻もがいた。


「無駄だとわからないのですか?」


 いくつもの手に押さえられ、完全に身動きが取れなくなった。誰かが上に乗っているのか、苦しさで声も出せない。


「魔法を使われたらどうしようかと思いましたが。なぜ、使わないんですか?」

「それ、は……っ」

「まあ、いいでしょう」


 アグラードが手で合図をすると、シエルは仰向けにされてまた押さえられた。


「さて、感想でも聞きましょうか?」

「……最低」


 近づいてきたその顔を思いきり睨みつけた。しかし目頭が熱くなる。もう駄目だと思い、目を閉じると涙が溢れ出た。


「とても素晴らしいよ。その表情」


 シエルを押さえながら、クスクス笑う彼ら。アグラードの笑う顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 恐怖で震えが止まらなくなる。体を硬くした時だった。


「何をしている!!」


 突如、響き渡った声にシエルは目を開けた。驚いて涙が止まる。


「クソ! 邪魔者が来たな!」


 薄暗い通りに現れたのは、白い馬に乗る一人の魔法騎士だった。


 ――魔法騎士団。


 シエルを押さえていた手が緩んだ。それを逃さず立ち上がるが、アグラードに髪を引っ張られて倒れた。

 あっという間に彼の腕に捕らえられていた。


「人さらいか。大人しく捕まることをお勧めする」


 シエルを押さえていた人さらいたちは魔法を使う態勢に入った。


「引け! この女が死ぬぞ!」


 アグラードの怒声に魔法騎士は眉を顰めた。シエルは首に冷たいものがあたり息を呑む。


「ナイフか」


 魔法騎士は動かなかった。アグラードの手に力が入り、無理やり立たされたシエル。


 ――このまま逃げるつもり?


 何も出来ない自分にがっかりする。いや、出来ないと誰が決めたのかと、ふとシエルは考える。


 ――やろうとしないだけ!


 シエルは恐怖を忘れ、首にあるナイフの刃を握り締めた。

 痛みに顔を歪めるシエル。両手が熱く焼けるような痛みに力が抜けそうになるが、アグラードがどんなに動かしても離さなかった。


「離せ! なんだ、お前――」

「今だ!!」


 魔法騎士が手を挙げると、頭上の方から音がした。いつからそこにいたのか、屋根の上、塀の上から何人もの魔法騎士が現れる。


「血肉を求める連続氷剣スパーダ・ギアチャーレの乱舞!」

「体躯を抉る狂気の竜(ヴォルテ・ヴェント)巻!!」


 一斉に魔法を唱え、様々な魔法が入り乱れた。魔法騎士の魔法は強く、人さらいらは逃げ惑う。

 それは予想通りで、すでに包囲されている裏路地。次々に人さらいたちは捕らえられていく。驚くほど見事な連携攻撃だ。


「彼女から離れろ!!」


 アグラードが隙を見せた。その途端、いつの間にいたのか魔法騎士が剣をアグラードの喉に押し当てていた。


「さて。同行願おうか?」

「クソ!」


 人さらいと魔法騎士団の戦いはあっけなく幕を下ろした。魔法騎士団に連れられていく彼ら。

 アグラードが去っていく後ろ姿を見て、やっとシエルはナイフを手放す。同時に座り込んだ。


「立てるか?」


 魔法騎士はシエルの前で手を差しのべる。支えられて立ち上がると、やっと助かったのだと実感出来た。


「君がシエルさんだね」


 驚いた表情を見せると、魔法騎士は優しく微笑んだ。


「捜索を頼まれた。ホテルで親しい仲間が待っている。そこまで送ろう」


 親しい仲間と聞き、ほっとしたのか急に涙が流れてきた。また恐怖も蘇り、座り込みそうになるところを力強く支えられる。


「大丈夫だ。もう、あいつらはいない」

「……ごめんなさい」

「それは弟に言ってやってくれ」


 言われてシエルは彼を見た。

 透き通るような青い瞳。強くて、優しい眼差しと、感じたことのある雰囲気。

 目を細める笑い方は、ジュビアそっくりであった。

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